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めぐみ横丁

2014年10月22日(水)

こんにちは (^^) 
札幌もそろそろ初雪! 風邪、ひかれていませんか? 

さて、前々回のブログでお伝えしましたが、
「もらったお題=漢字1字」 をテーマに
ゆる~く、断続的に、コラムを10回執筆する企画、再開します。
6弾のお題は、「心」。  
長い文章なので、お時間ある時におつきあいくださいませ。

*           *           *     


「心」 




 秦祐子(はたゆうこ)さんと出会ったのは、およそ5年前の2009年秋。
コスモス畑が一面ピンク色に染まる頃だった。


入社3年目、当時アナウンサーと報道記者を兼務していた私は、
あるドキュメンタリー番組に、ナレーター・ディレクターとして、
制作に携わることになった。


「ピンクリボンつながる ~乳がんと生きて~」


自ら乳がん患者でありながら、乳がんの早期発見を啓発する
ピンクリボン運動に取り組む秦さんとご家族、仲間のみなさんを通して
検診の大切さをお伝えする、という番組である。 


番組を制作するにあたって滝川の自宅に1人でご挨拶に伺うと、
帰り際、「遠慮しないで何でもきいてね」と、柔和な笑顔で声をかけ、
姿が見えなくなるまで手を振って見送ってくれた。
答えたくないことだって、たくさんあるはずなのに。 
はじめてカメラを向けた時も、そこにカメラがあるのが
当たり前であるかのように、身構えることも、取り繕うこともない。
言葉や顔つきが、実に自然で、素朴で穏やかな中にも力が宿っている。 
全身から愛情があふれていて、「あ、伝わる」と思った。
心が震えた。興奮してその日はうまく眠れなかった。

 それからおよそ3か月間、秦さんとたくさんの言葉を重ねた。 


34歳の時に右胸に2センチのしこりが見つかり、全摘出したこと。
3年後の20094月にがんが再発したこと。
週に3回札幌の病院に夫と通い、抗がん剤治療を受けていること。
副作用で髪が抜け、カツラを被っていること。
治療費などを捻出するために仕事を始めたこと。
その職場で出会った友人とのランチが楽しみであること。
家族の存在が何よりの支えになっていること。
家族の応援もありピンクリボン活動で自らの体験を語っていること・・・。


いつ、どんな時も、秦さんは笑顔で、こちらが元気をもらっていた。 
秦さんや、仲間のみなさんの想いを
伝えたい、いや、伝えるんだ、という想いが、日に日に募っていく。

 取材を重ねる中で、常に考えていたことは、
この質問をすべきか否か、聴くならどの場面が適切かということだ。
何をきいても良い、という言葉をかけてくれたとはいえ、
至極当然のことながら、額面通り受け取ることはできない。
本当に必要なシーン? そのシーンで何を伝えたいか? 
取材にうかがう前に、慎重に、頭の中で反芻していた。


それでも、心の中で葛藤が続く場合もある。

 
カメラ取材も終盤、雪が深く降り積もり、
クリスマスを目前に控えた時のことだった。
リビングでは、クリスマスツリーがどっしりと鎮座し、その茂みで、
白ひげをたっぷりたくわえたサンタクロースや小人がほほえんでいる。


サンタクロースたちの目線の先にあるのは、
絶え間なく笑い声がきこえてくるキッチンだ。
秦さんと旦那さん、秦さんのお父さんお母さん、二人の小学校のお子さん、
家族総出で夕飯のカレーと餃子をつくっている。
慣れない手つきで餃子の具を皮で包む子どもたちのうしろから、
秦さんが、そっと手を包みこみ、一から作り方を教える。
「いただきまーす!」一家団欒。幸せな時間が流れている。


その食卓が、静寂に包まれた。
秦さんのお母さんに、娘さんの病気について、その心中をうかがうと、
言葉を詰まらせ、静かに涙を流されたのだ。 
秦さんのお母さんの気持ちはうかがいたかった。後悔はしていない。
物理的に、この日、この時しか聞けなかったのも事実だ。
しかし、幸せなひとときを、私の一言で台無しにしてしまった。
カメラを置いた後に頂いた、秦家特製の具だくさんのカレーは、
バナナが隠し味で甘口だったけれど、心中はとてつもなく苦かった。
秦さんは、「これからも遠慮しないで何でもきいてね」と、
眼鏡の奥で目じりをさげながら声をかけてくれた。

 およそ3か月間の取材を終え、
原稿を執筆、編集やナレーション収録をして作品が出来上がり、
2009年暮れに番組が放送されると、大きな反響があった。
ディレクターとして反省すべき点は多々あるものの、
秦さんの想いは、観てる人の心に届いたと感じている。 


あの場面は、番組でも重要なシーンとして放送した。
日本人女性の16人にひとりがかかると言われる乳がん。
家族で検診について考えるきっかけになってほしいという思いからだった。
放送後、お礼を伝えると、ありがとう、と
穏やかな口調で語りかけてくれた。何だか救われた気がした。

 さらに季節が何度か巡り、ひなまつりが近づく頃、
がんが全身に転移、秦さんは、旅立っていった。
病室で、家族1人1人に、愛しているよ、と語りかけながら。


今月はピンクリボン月間。
夜になると、札幌駅が、ピンク色の明かりをまとっている。
この明かり、天国の秦さんは、静かにほほえみながら
どんな想いで眺めているのだろうか。



1.jpg日没後のJR札幌駅 


 *           *           *         


長い文章におつきあい頂き、ありがとうございます。 

秦さんや取材を受けてくれたみなさんには、感謝してもしつくせません。

そのうちのひとり、秦さんの娘・あやかちゃん。
出会った頃、まだあどけなくて、少し恥ずかしがりやの女の子でしたが、
今ではお母さんにそっくりな笑顔を見せる高校生に成長しました。

今月行われたHTBイチオシ!まつりの会場で、
当時の番組プロデューサーの発案により「いのちの教室」を開催。
秦さんの親友・柴田さんが検診の大切さをお話された後、
あやかちゃんが、お母さんが乳ガンを罹患してから
亡くなるまでを綴った作文を披露してくれたんです。 
将来は、「ピンクリボン運動をしながら、
患者さんの気持ちに寄り添える看護師になりたい」と話してくれました。


あやかちゃん、体に気をつけて、無理のない範囲でがんばってね。 


2.jpg中央があやかちゃん