(05月14日掲載)
「春動く」(9)

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《カプセルに入るる手紙を書きしころ二十一世紀に希望託しき》(沢口芙美)
5月の連休明けまでは消えないと思われていた当別の豪雪は、4月下旬の気温上昇で、一気に消滅した。一階の窓をも塞ぐほどの、あの雪はどこへ消えたのでしょうかと少し不思議になるほどだ。太陽の力って凄い、と子供のような感想しか出てこない。
雪が消えて、新緑が萌え、福寿草やクロッカス、ヤチブキ、エゾエンゴサクから桜まで一気に開花するのが北海道の春で、この時期が好きだという道民も多い。
他方で、否応なく目に付くのが道路脇に捨てられたゴミの数々。ポイ捨てからまとめて捨てていく確信犯まで、その人の品性を疑ってしまう。
当別町内で見ていると、捨てやすい場所というものがあることが判る。
その一つ。街中から医療大学へ向かって走ると、金沢橋がある。橋を越えて直ぐ左折すると、小高い丘の切通しを抜けて茂平沢地区へと道は続く。金沢の雪捨て場もある。この沿線が毎年ゴミ捨てのスポットになっている。町で道路沿いの草を刈り、ゴミ回収をしても、その綺麗な所にゴミを捨てていく。
そこに今年、子供たちの手書きの立て札が立った。「ゴミを捨てないで」「小さな街 小さな地球(ほし)」。金沢子供育成会の子供たちが作ったものである。そうか、子供たちも心を痛めていたのか。
福島原発事故を起こした今の大人世代には、一切弁解は許されない。究極のゴミ(原発)を無くすために動くこと以外には、未来の子供たち世代に謝罪する方法はないのである。それは、足元の小さなゴミを拾うことと繋がる。
よもや、この立て札の側に、ゴミを捨てていく大人はいないだろう、と信じたい。(清水 三喜雄)
(当別新聞 第578号)
澤内律子さんの「刺繍展」開催中!

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太美在住の澤内律子さんの「刺繍展」が、四月二十九日(日)から五月二十六日(土)まで、FIKAで開催中である。
二十六点が展示されているが、会場のスペースが狭いからで、作品はたくさんある。刺繍歴四十年だそうだから。
クッションの刺繍などオーソドックスな作品もあるけれど、澤内さんの作品の特徴は、明るくて可愛いところだろう。黒い布バックを背景に三枚のワンピースが風に揺れている作品のタイトルは、「星空のお洗濯」と洒落ている=写真1。
未(ひつじ)年生まれで七〇代の澤内さんの、このクッションも明るい茶目っ気がよく出ている=写真2。フォークダンスが趣味という澤内さん、民族衣装を着けて、ちょっと片足を上げて踊っている姿を刺繍したものが、さりげなく描かれている。自画像のようだ。会場に行ったら探してみてください。
(当別新聞 第578号)
「弥生さくら館で、さくら祭り」

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当別町の高齢者マンション「弥生さくら館」(高木馥美・典子夫妻)が、毎月開いている高齢者の食事会は、平成十五年五月から始まって、月三回(第一、二、三火曜日)をメドに開かれてきた。食事ボランティアのメンバーが、少ない予算をやり繰りして毎回、丁寧に作った「家庭の味」は、高齢者たちに好評だ。皆で食事が出来ることを心待ちにしている人も多い。
毎年五月には、ささやかながら「さくら祭り」を開いてきた。
九周年を迎えた今年も、五月八日(火)に開かれ、三〇数名が参加して、いつもより少し豪華な昼食をみんなで頂いた。五目ちらし、うま煮、ソーメン汁、モヤシの辛みそ和え、デザートにぜんざい。毎年、当別で採ってきた旬の山菜が一品添えられているのも、さり気ない配慮だ。昨年は新フキ、今年はコジャク(ヤマニンジン)で、セリとミツバが合わさったような香りと味がして、春の息吹がさっと口の中に広がる。
食事の後は、和楽器の演奏を楽しんだ。
さくら館の高木典子さんと中川ひさえさんの筝(こと)に、清水秀瑞さんの大和胡弓が添えられて「さくら さくら」。毎年さくら祭りにちなんで「さくら さくら」の様々なバージョンを演奏している。三人による筝の合奏では、春のせせらぎが聞こえてくるような「はや瀬」という曲。「コトの音は、やっぱりいいね」と感心しきり、高齢者たちは楽しそうに聞き入っていた。
(当別新聞 第578号)
「当別町週間行事予定」
- 十三日(日)
- ワークショップ「語り・朗読の魅力」(ふれあい倉庫 午前十時)
町民スポーツの日・総合体育館無料開放(午後九時十五分まで)
- 十四日(月)
- おはよう町長室(応接室 午前八時半)
- 十六日(水)
- バス送迎検診(ゆとろ 午前七時五十五分)
絵手紙と布絵で綴る(ふれあい倉庫 午前九時)
親子エンジョイパーク(総合体育館 午後一時)
チャレンジヨガ(全久寺 午後七時)
- 十八日(金)
- バランスボール教室(総合体育館 午前十時)
- 十九日(土)
- 青少年スポーツの時間・総合体育館無料開放・町内小中高生(午前中)
(当別新聞 第578号)
《 資料 》 「脱原発をめざす首長会議」設立
全国の市区町村長七〇人(うち元職六人)が参加した「脱原発をめざす首長会議」が発足した。世話人と呼びかけ人は別掲の通り。会員には、上田文雄市長(札幌市)、河村たかし市長(名古屋市)、保坂展人区長(東京世田谷区)らが名を連ねている。
四月二十八日(土)開かれた設立総会の会場は、吉原毅理事長が鮮明な「脱原発」を宣言した城南信用金庫本店(東京)である。
「住民の生命財産を守る」ことが第一の責任である自治体首長が結集して、原発ゼロをめざす新たな動きとして注目される。今後、年二回の会合で会としての「提言」をまとめる。
《別掲》
<規約の目的とテーマ>
「脱原発をめざす首長会議」の規約に盛り込まれた目的と取り組みのテーマは次の通り。
▼目的
脱原発首長会議(以下、「当会」という)は住民の生命・財産を守る首長の責務を自覚し、安全な社会を実現するため原子力発電所をなくすことを目的とする。
当会は、脱原発社会をめざす基礎自治体の長(元職も含む)で組織する。
脱原発社会のために以下の方向性をめざす。
(1)新しい原発はつくらない
(2)できるだけ早期に原発をゼロにする
▼取り組みのテーマ
(1)原発の実態を把握する(福島原発事故の実態を把握、原価、核燃料サイクル、最終処分場等)
(2)原発ゼロに至るまでの行程を明確にする
(3)地域での再生可能なエネルギーを推進する具体策を作る
(4)世界との連携を通じて情報を共有する
(5)子どもや食品など家庭生活に直結する問題について積極的に支援を行う
(6)福島の支援を行う
<世話人と呼びかけ人>
▼世話人
三上元(湖西市長・静岡)、桜井勝延(南相馬市長・福島)、村上達也(東海村長・茨城)
▼呼びかけ人
上原公子(元国立市長・東京)、保坂展人(世田谷区長・東京)、加藤憲一(小田原市長・神奈川)、石井直樹(下田市長・静岡)、鈴木望(元磐田市長・静岡)、松本昭夫(北栄町長・鳥取)、石井俊雄(長生村長・千葉)、鈴木健一(伊勢市長・三重)、田中勝己(木曽町長・長野)、岡庭一雄(阿智村長・長野)、田村典彦(吉田町長・静岡)、笹口孝明(元巻町長・新潟)、根本良一(元矢祭町長・福島)
(当別新聞 第578号)
<映画の紹介>
オタール・イオセリアーニ監督『汽車はふたたび故郷へ』(フランス・グルジア合作映画 2010年)

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愛すべき小品である。
特に、映画監督を目指すニコラス役(ダド・タリエラヴィリ)の青年が、とてもいい。この映画の淡々とした基調を表現している。
飄々として、声を荒げることもなく、優しく線が細く見えるけれども、実は映画作りでは妥協を許さない。ピアノ線のように細いけれども強靭な線が貫かれている役。
旧ソ連の一共和国だったグルジア(一九九一年独立)で、何度も作った映画が検閲を受けて上映禁止になっても、口笛を吹きながらすり抜けていく、やなぎ腰のような柔軟なイメージとも重なり合って、映像に何とも言えない風が吹き抜ける。
◇
嫌気が差してニコラスは、パリに「亡命」して映画を作るが、ここでも過度に娯楽や面白さを求める映画会社の介入で、フイルムはズタズタにされる。
一方では「社会主義」を標榜する国家の管理下の検閲の問題、他方では営利を追求する商業主義的自由という名の下での検閲という問題。《両者の理念と思惑は異なっているが、主人公の撮ったフイルムに対してやることは同じである。》(村山匡一郎「中心と周辺」)
そこには、デビュー作から検閲を受けて何度も当局から上映禁止の処分を受け、活動の拠点をフランスに移したイオセリアーニ監督の半生も投影されているだろう。
ただ、この監督は、悲壮感を漂わせて体制と闘うという肩肘張った描き方は決してしない。
グルジアの珠玉の名作『ピロスマニ』の絵を髣髴とさせるグルジアの風土のなかでの少年時代から映画好きの青年時代まで、むしろ淡々と説明抜きに描かれていく。民俗的な習慣も色濃く描かれていく。見ている方はよく分からないが、それを抜きに、この青年がグルジア人として「自分自身であること」を育むことは出来ない。
当局から圧力がかかっても、さらりと身をかわしていく(尤も、出自の良さから当局が手加減しているフシもあるが)。
誰が味方で、誰が「敵」なのかよく分からないまま淡々と描かれていて、特に劇的なシーンがあるわけではない。しかし結局、押し出されるようにして、パリ「亡命」を余儀なくされる。
◇
ことは、「体制vs表現の自由」という図式で語れるほど単純ではない。
検閲によって抑圧されていた表現の自由を取り戻すことによって、では「亡命」後の作家・音楽家・芸術家たちが、それ以前より優れた創作活動を展開したのかといえば、そうとも言えない。ここが一筋縄では捕らえられないところだ。多くの亡命者たちには、自分たちを育んできた文化や風土から根を抜かれてしまった「退廃」が漂う。
ミラン・クンデラの亡命後の小説よりは、チェコ検閲下で書かれた小説のほうが、ずっと深く衝撃的である。
生活や文化、歴史を浮かべる風土から引き抜かれた作家精神などというものがあるだろうか。
この映画で印象深いのは、パリに「亡命」したニコラスが結局、故郷へと戻っていくラストシーンだ、まさに「汽車はふたたび故郷へ」である。
そこに、故郷に戻ることなくフランスを拠点に映画を作り続けるイオセリアーニ監督は、どのような思いを込めていたのだろうか。意外に、苦味の利いた作品である。
ディノスシネマズ札幌劇場で上映。 (S)
(当別新聞 第578号)