


このドラマは、ひとつの風景との出会いから始まりました。
その風景とは、石狩川に浮かぶ小舟とその奥に見える古い工場のけむりでした。
2008年12月。
私は、今年(2009年)のドラマの舞台をどこに設定しようかと迷っていました。
その段階で決めていたことは、父と息子の物語を作ってみようということだけでした。
その父と子は、どんなところで暮らしていたのか。私は、その場所を探していたのです。
2008年に制作したドラマ「歓喜の歌」は小樽を舞台としました。
でも、監督とカメラマンは観光地として有名な小樽運河などはいっさい登場させず、南小樽の古びた情緒ある町並みや、海の見える坂など、地味な風景だけでまとめたので、道外の人が見たら、それが北海道の町であることさえ分からなかったかもしれません。それでも、どこだか分からないけれど住んでみたいと思わせるほど情緒に溢れた映像で綴ることが出来ていました。
その手ごたえから、今回は、北海道的な大自然や旅情を誘うエキゾチックな風景からは最初から離れて、札幌近郊に場所を求めていたのです。
そして、出会ったのが江別の石狩川でした。
手がかりは、江別に漁協があるという情報でした。
海の無い江別になぜ漁協があるのかという驚きが先に立ちました。
でもその驚きは、石狩川が在ることを教えられた瞬間に氷解しました。
明治の初めの入植当時から続いている漁法でヤツメウナギを採っている漁民がいるのです。
私の知人が、何日か前に偶然舟を見たというので、車で案内してもらうことにしました。
時刻はすでに夕刻になっていましたが、工場団地の通りを抜けて土手に出ると、眼下に川幅の広い石狩川が見えました。
その土手から河川敷に降りていくと、風景は、にわかに一変しました。
あたりには漠々たる葦の原が広がり、喧騒は嘘のように消え、どこまでもしんと静まっているのでした。
振り返っても土手の壁に阻まれて町の姿はもう見えませんでした。
川に向かって歩くと、やがて岸近くに漁師小屋のようなものが見え、その小屋の周りに、大きな鳥かごのような漁具らしきものが幾つも幾つも並べてありました。
さらに、川に向かって歩を進めていくと、
果たして、水路の上に漁師の小舟が浮いていました。
私は、水に浮く木製の小舟を見ながら、気持ちがほっとしていく自分に気づきました。
誰もいない河川敷の水路の上に小舟が浮いている。そして、なによりその舟は人の暮らしの証。その時、その景色の奥に、製紙工場の煙突から昇る白い煙が見えたのです。
その風景の中で、私は、この場所をドラマの舞台にしようと決めました。
父親は、石狩川で生計を立てる漁師。
息子は、息子の事情でその町を出て行き、以来、音沙汰を断つ。
それから長い時間が過ぎ、ある日、この息子は不意にこの町へ戻ってくるのです。
暮らしている環境は、ある意味で人の人生を決定づけるものです。
そう考えるなら、親子が暮らしたであろう場所にこそ、ドラマは潜んでいるのかもしれない。親と子の関係も偶然という運命が導いたものなら、どこに生まれ、どこでどう暮らしをたてるのかというのもまた、自分の意のままならぬ、運命の導くものだと思うからです。
ならば、その場所に潜んでいるドラマを脚本家はどう掘り起こすのか。
そう思うと楽しみになってきました。
その想いだけを持って、私は、劇作家の青木豪さんに、脚本を依頼しました。
青木豪さんは、「その風景を見てほっとしたという嬉野さんの思いに向けて、書いてみます」と言ってくれ、こうして今回のドラマ「ミエルヒ」の脚本は作られました。
青木豪さんは、蜷川幸雄さん演出の「ガラスの仮面」の脚本を書き、劇団☆新感線では「IZO」を書き、今、日本の演劇界では知らぬ者のない若手劇作家です。
この青木さんとの橋渡しをしてくれたのは、これまでHTBのドラマを多数手がけてきた四宮康雅です。
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