あれは、3年前の秋・・・
「オーロラを見たい!」というひとりの男の夢をかなえるため、4人の男が、アラスカにあるコールドフットという町へ向かいました。
ジムとナップという陽気なおじさんが猥談に興じながら案内する車は、途中、一本の橋を渡りました。
眼下には、少し濁った、ゆったりとした大きな流れがありました。
オーロラを見たい男と、「眠たい、眠たい」と文句を言う男、そしてカメラを持った男には、別になんの変哲もない、一本の極北の川でしかなかったはずです。
しかし、ひとり、ヒゲを生やした男だけは、何故か感慨深げに、
「でかいなぁ・・・」
誰に言うとでもなく、騒ぐでもなく、実にしみじみとした口調で、そう言ったのでした。
車は、橋のたもとにポツンと建った、小さなドライブインに停まりました。
猥談のアメリカ人に連れられて、3人の男は、ドライブインへと入って行きました。
しかし、ヒゲの男は、ひとり列を離れ、その濁った川の川岸へと歩き出しました。
そして、ゆったりと流れる、その水面を眺め、それから腰をかがめて、水をすくうと、とてつもない冷たさが、指先から全身へと伝わってきました。
「うわっ!・・・こりゃぁ、落ちたら2分で死ぬなぁ・・・」
そして、すっくと立ち上がると、声には出さなかったが、そのゆったりとした大河に向かって、こう言ったのでした。
「いつか、下ってやるからな!待ってろよぉ!ユーコォーンッ!」
ヒゲ男の愛読書に、こんな本がありました。
カヌーに犬を乗せて、あちこちの川をのんびりと旅をする・・・そんな本でした。
そこには、カヌーの上で気持ち良さそうに昼寝をしている著者の写真がありました。青空の下、ゆったりとした川の流れ。至福の時間が、その写真からは、にじみでていました。
「こんな幸せな場所が、世界にはあるのか・・・」
幸せな場所。
それが・・・ユーコンだったのです。
3年後・・・。
ヒゲの男は、オーロラの夢破れた男と、相変わらず文句の多い男、そしてカメラの男とともに、カナダにやって来ました。
猥談のおっさんにかわって、今度は、よくしゃべる日本人女性と、よく笑うカナダ人女性が、いっしょです。
町のメインストリートの突き当たりまで来ると、よくしゃべる女性が、こう言いました。
「ユーコン川を見ますか?」
「見ましょうかッ!」
間髪入れず、ヒゲが叫びました。
そうです。彼は、夢をかなえたのです。
再び、ユーコンへとやって来たのです!
そして、そのユーコン川をカヌーで下るために!
3年前の、あの小さなドライブインがある橋からは、ずっと上流のカナダ・ホワイトホースという町。
ヒゲ男は、はやる気持ちを押さえて、川岸へと向かいました。
青い空!
至福の時間!
ゆったりとした大河!
ゆりかごのように、ぼくの体を揺らす、優しい流れ!
そして遂に!目の前に!あの!ユーコンが姿を現したのです!
「うわっ!速えぇッ!」
ヒゲ男からは、驚嘆の声が上がりました。
おかしい!ユーコンは、オレが想像していたユーコンは、こんなじゃない!
3年前に見た、あのユーコンは、ゆったりとした大河だったじゃないか!
なんだこの川は・・・ちょっと・・・見た目恐いじゃないか!
野田知佑さん。あなたが、ユーコンの流れに揺られて、酒を飲み、昼寝をし、釣り糸を垂れながら、のんびりとカヌーで旅をした、そんな姿に憧れていました。
でも!しかし!野田さん!ぼくの目の前にあるユーコンは、昼寝なんかしようものなら、あっという間に艇はコントロールを失い、行ってはいけない方向へ突き進んで行きそうです。釣り糸は垂れるどころか、マグロのトローリング漁法のように、勢い良く後方へ流れ去るでしょう。酒は・・・酒はどうやって飲めばいいんですか!
ヒゲ男は、その夜、夢を見ました。
ユーコンのその川岸で、ふたりの男が、カヌーに乗り込む・・・
その瞬間を、カメラ男が撮影しています。
ふたりの表情はよく見えません。ただ、髪がモジャモジャした男の方は、明らかに不機嫌なのが態度でわかります。
ふたりは同時に、ゆっくりとカヌーに腰を下ろしました。
するとその瞬間!モジャ毛の男が短く叫びました!
「速えぇっ!」
振り返ると、モジャ毛は、もう米粒のようになっていました。
それっきり、カヌーに乗ったふたりの男は、夢に出てきませんでした。
あとは、カメラの男といしょに、延々とふたりを追って急流を下って行く・・・そんな不思議な夢でした。
さぁ!いよいよ「ユーコン川160キロ」がスタートしました。
誤解なきよう、これだけは言っておきます。
「私の夢であったユーコンは、やはり素晴らしかった。」
ただし、他の3人がどう思ったのか、それは・・・今後の放送を見てあなたが判断して下さい。