ミスターへ 嬉野雅道
10月28日、誰もが参加したいと思っただろう札幌での「ミスター壮行会」の席上でミスターは2千人以上のどうでしょう藩士の皆さんに熱烈に送られて最後に長い長いスピーチをしてくれました。
それはね、ある意味重い内容だったのかも知れないけれど、その場に居合わせた誰の胸にも深く深く届いて、それぞれの心に長く残る言葉でした。
それから数日経った11月1日にも、これはオフィスCUEさんが主催した私的な「ミスターの送別会」だったんだけれど、その席でもミスターは最後に長い長いスピーチをしてくれました。
そして、28日の「壮行会」でもそうだったように、そのスピーチでも話が娘のことに及ぶと、ミスターは溢れる感情を堪え切れなかった。ミスターは泣いちゃうんだよね。
その瞬間、何かにスイッチが入るように、ミスターの胸の中にいろんな感情が一時に込み上がってきてしまうんだろうね、だから自分でもその感情を制御できなくて泣いちゃうんだろうなと、ぼくなんかは、勝手に思って聞いていました。
だって、ミスターが人前で泣くなんて今まで見たことが無かったもの。
で、そのふたつのスピーチを聞いて、ミスターの深いところにある一面を突きつけられたような気がしたんです。
それはね、
「この人は、本当に全ての状況下で本気で闘ってきた人なんだな」っていう実感だったんです。
ミスターの人生は全て闘いだったんだなと納得したんです。
そのことに気づいた時、ミスターが背負って来た物の重さにぼくは敬意を表さずにはいられませんでした。
そして、なんで今まで気づかなかったんだろうと恥じ入りました。
ぼくの人生には闘いなんかなかったですからね。
でも、あの人は、きっとどんな状況下でも一歩も引かず、一人で闘い続けてきた人なんですよ。
そして「誰にも頼らない」それこそが相手を捕らえて放さないあの人の持つ人間的な魅力なんです。そう思いました。
だからね、今回の韓国行きもミスターにとっては闘いなんですよ。
今、韓国はあの人の中では戦場のはずです。
彼はこれから戦地に赴くんです。
今、ミスターはきっと大きな山をひとつ乗り越えようとしているのだと思います。そして険しい山の頂の、足場もないようなところにミスターは今立っているんじゃないのかな。
振り返ってみると切り立った崖が見えるはずです。
「あの険しい崖を登ってきたんだ」
今ミスターは、そう実感していると思います。
そしてこれから先ミスターを待ち受けているのもまた険しい崖なんだろうな。そういう状況にあの人はいるんだと思う。
そしてやがて現れてくるだろう広い荒野を目指してあの人はまた、あの切り立った崖を下っていくのだと思うんです。
そうじゃないですか、ミスター。
「それは嬉野さんの思い過ごしですよ」
そう、ミスターは言うだろうか。
でもね、ミスター。
ぼくには、そう思えてならないんです。
行ってらっしゃいミスター。
そして一年後、また会いましょう。
ぼくらは、待っています。
ミスターへ 藤村忠寿
壮行会の夜。
ミスターと遅くまで飲みました。その時ぼくは、あの人にこんな質問をしたんです。
「ミスターは、本当はどんなことが一番やりたいんだい?あくまで理想で構わないんだけど、例えば10年後、あなたはどんなことをやっていたい?やっぱ、映画かい?」
ミスターはね、こう答えました。
「僕はね・・・やめたいんです。今の仕事を全部やめたい」
「ほぉ・・・それで、なにをやるの?」
「ちゃんと、夫婦をやりたい。落ち着いて、あのカミさんとふたりで、もう一度、ちゃんと夫婦をやりたいんです。今はね・・・その時を、すごく楽しみにしてるんですよ」
ミスターが、まさかそんなことを考えているなんて、夢にも思いませんでした。
でも、
うれしかった。すごくうれしかった。
なぜって、僕自身、まったく同じことを思っているから。
今の仕事をやめて、子供たちも大きくなって、夫婦ふたりっきりになる日のことを、すごく楽しみにしているから。
別にカッコつけてるわけじゃない。ノロけるつもりなんか毛頭ない。第一、自分のことを愛妻家だなんて思ったこともない。ただ、今は出来るはずもない、二人だけで過ごすのどかな日々を、そう遠くない将来に夢見ているのだ。
「そのために今、死にものぐるいで仕事してんだよね!ミスター!」
「そうですよ!」
こんなことを言うと、「じゃぁ結局、映画は何なんだ」「番組はどうなるんだ」「何のためにやってるんだ」「今の仕事が好きじゃないのか」そう思われるかもしれない。
全く違う。
「だからこそ今」、本気で仕事が出来るんじゃないか。
自分に妥協を許せないんじゃないか。
仕事を趣味のように言う人がいる。そんな人間には、絶対に負けない。
こっちは家族のためにやってるんだ。好きで作ってるやつより、絶対にいいものを作ってやる。
いいものを作らなければ、今の自分たちのやっていることが、全て無意味なものに成り下がってしまう。
だからミスターは、一歩でも人より前へ進むために、韓国へ行くんだ。
今は自分にウソをついてでも、気持ちを奮い立たせて、前へ進んでるんだ。
あと10年か、15年か、わからないけれど、少しでも早く「その日」が来るように、そして、カミさんと子供の前で、自信を持って「その日」を迎えられるように、ミスターは今、無理やりにでも、前へ進んでるんだ。
こんなに強いものはない。
弱音は吐くけど、でも、絶対にあの人は負けない。
だって、家族のためにやってるんだから。
大変なことをわかっていながら、「行ってらっしゃい」と背中を押した、あのカミさんと、そして、いつも帰りの遅い両親を、じっと待っている娘の前で、あの人は負けるわけにはいかないんだ。
ミスター、娘に会えないのは寂しいけれど、でも大丈夫。
あんたの娘さんは、きっと良い子に育つよ。
じゃぁ、行ってらっしゃい。