唐突だが、私は「魚類」が好きだ。
子供のころ、故田中角栄氏が和服姿で広大な自宅の敷地にしつらえた池の前に立ち、インタビューかなんか受けている映像をテレビで見たことがある。インタビューを終えた角栄氏は、テレビに向かって軽く右手を上げたあと、池に向かって、パン!パン!と手を叩いた。すると、何十という池の鯉が、わっさわっさと飛沫をあげて氏の前に寄って来た。
それを見て、「ぼくは政治家になる!」と真剣に思ったほどだ。
政治家になれば鯉が寄ってくる。魚類が好きな私は、そう思ったのだ。
一番遠い「魚類」の記憶は、幼稚園のころである。
親の目を盗んでは、玄関先に置いてあった金魚鉢に手を突っ込み、金魚をかわいがっていた。かわいがり過ぎて、必ず、死なせてしまった。
小学生時代は、一時「鳥類」に心奪われた。
夏休みになると手乗り文鳥、手乗りインコを育て上げ、しまいにゃ、手乗りニワトリまで仕立て上げるほどに入れ込んだが、中学に入ると、再び「魚類」に回帰した。
中学時代のぼくは、ラグビー部に所属し、だから、周辺の友人たちには、まぁ言うなれば「ちょっと不良ぶったスポーツ系人気少年団」の類いが多かった。しかし、ぼくには、それとは全く相反する「まじめ帰宅部系不人気ネオ中年団」の友人も多くいた。中に、寺田君と佐藤君という「中学生中年」がいた。
彼らの共通の趣味は「金魚」だった。
趣味というか、彼らの場合「愛好家」という域にまで達していた。
一匹何千円もする「らんちゅう(頭部の肥大した高級魚)」」を飼い、「色揚げには、どんなエサ使ってる?」なんて玄人な会話を、昼休みのたびに繰り返していた。
その会話に堂々加わっていたのが、中学時代のぼくだった。
「寺田君!オレ弥富(愛知県の金魚の産地)まで行って東錦(金魚の種類)買って来た!」
「へぇ!すごいがね」
ネオ中年団は、輪になって、金魚話に盛り上がった。
人気スポーツ少年団の「おまえ、誰が好き?」「言えんがやそんなこと!」「なに照れとるんだって!」「うはははは」なんてのには、ほとんど興味は無く、ぼくは寺田君たちとの「好きな金魚選び」の方に、熱くなっていた。
しかし、ある日のこと。
佐藤君が、なにやら「最近の寺田君は金魚愛好家としては不可解な行動を取っている」というマル秘情報を持ち込んだ。
「寺田君が、小赤(金魚すくいに使われる安い金魚)を大量に買い込んでいる」
という謎めいた情報だ。
金魚すくいの「小赤」など、我々「頭部肥大系金魚愛好家」の収集対象ではない。
「なんだ?寺田君、らんちゅうはやめたんか?」
「わからんて」
困惑する佐藤君と共に、ぼくらは二人して、寺田君を問いただした。
「寺田君!どうした!小赤なんか買って!」
問い詰めると、彼は
「実は、最近ピラニアを飼い始めて、金魚はエサにした」
と、驚愕の事実を打ち明けた。
以来、ぼくらの「金魚熱」は急速に冷めてしまった。
遠い少年時代の、失恋にも似た、しょっぱい思い出である。