スペシャルドラマ うみのほたる プロデューサー・ノート
駅に着く列車
 皆さんにとって、「家族」ってどんな存在でしょうか?安らぎや活力の場でありながら、葛藤や衝突の場でもある家族。一人の人間にとって、一番身近な他者であり、一番小さな社会、そして世界でもある家族・・・。でも、あまりにも身近で空気のような存在であるからこそ、普段はその大切さに気がつかないのかも知れません。悩みや葛藤を感じていても、家族に素直に救いを求められないのは、家族とは一番近しいものでありながら、同時に一番距離を置きたいものであるのかも知れません。時に不条理な存在である家族。家族だから・・・。50歳に手が届く年齢になり、両親の残された時間のことや、親元からまもなく旅立とうとしている子供たち、そして再び夫婦として向き合わなければいけない妻のこと・・・既に折り返し点を過ぎた自分の人生のこれから・・・家族って本当は一番しんどい“仕事”なのかも知れないなぁ―――HTBのドラマはいつも、自分自身を鏡に映して立ち上る、この「家族だから」という思いから出発しています

 今年のスペシャルドラマ「うみのほたる」は、昨年、映画「血と骨」で日本アカデミー賞を受賞するなど今一番熱い注目を集める脚本家・演出家の鄭義信チョン ウイシンさんと再びタッグを組んで描く家族の物語です。いつか北海道の夏の風物詩であるコンブ漁を舞台にしてドラマを作りたいと思ってきました。駒ケ岳の麓に開けた道南有数の港町・鹿部町の全面協力が得られ、鄭さんの描く世界の映像化に再び挑みます。鄭さんが書き下ろして下さった脚本は、人間の弱さやダメさに限りなく温かい眼差しを向け、決してバラ色ではない生きることの哀しみや苦さをユーモアに包んで、主人公の背中を少しの勇気で押してくれています。ドラマの主人公・光二が父に放つ台詞があります。「父ちゃんだって、助けてほしいときがあるだろう!許してもらいたいことだってあるだろう!」と。人生でこういう台詞を吐くことはどれほどの人が経験するか分かりませんが、こういう気持ちで見ていてくれる人が近くにいるからこそ、人は生きていけると思うのです。誰かに支えられて、誰かに必要とされて人は生きていく。普段はあまりにあたりまえの存在だからこそ気がつかない「家族」こそ、そういう存在であると。

 今年も素晴らしい脚本とキャストを得て、家族の物語を紡げることを何よりの喜びと感じます。ロケ地である鹿部町の皆さんには、この町でなければドラマは出来なかったと思うほど支えて頂きました。やはりドラマを救うのも人の絆であり、人が人を思う力なのだと改めて思います。この場を借りて心から感謝いたします。家族って決して美しいものじゃないし、きれいごとではすまないこともあります。でも家族という物語には希望があり、未来がある。どんな嵐が来ても、いつかは恢復するものだということを信じて―――――。

北海道テレビ ドラマプロデューサー
四宮康雅