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玲子たち

 スペシャルドラマ「丘をこえて」の舞台となるのは北海道のほぼ中央に位置する美瑛町(びえいちょう)です。美瑛は故前田真三氏の風景写真で一躍全国に知られるようになった美しいパッチワーク模様のアンジュレーションが連なる“丘のまち”です。美瑛町は東京23区内とほぼ同じ広さがあると言いますから、その広大さが分かろうというものです。ヨーロッパの田園地帯を思わせる日本離れした風景は北海道の中でも特にユニークなもので、この風景に心の癒しを求めて年間145万人もの観光客が押し寄せます。ですが、ここで暮らす人々にとっては単なる美しい土地では済まされません。傾斜のある土地は雨で肥料が流れ易く、作物を育てるには難しいだけでなく、時には土砂流となって作物を台無しにしてしまいます。トラクターの横転事故も少なくなく年間10件程度の作業中の事故があるそうです。主力作物は馬鈴薯、小麦、豆類などを組み合わせた大規模畑作ですが、農家の後継問題はここでも深刻です。 「美瑛の美しい風景は農家の苦闘のあかし。だから決して普遍のものではないし、移り変わってゆく風景の一瞬を見ているだけ」・・・美瑛町で伺ったこの言葉がこのドラマのモチーフになりました。

  この美しい丘の町を舞台にして、家族の物語をファンタジックに描きたい。この風景の力がそれを叶えてくれるのではないだろうか・・・。その意味で、美瑛町の風景は、もう一人の優れた役者と言えるものです。 地方局がコストの合わないドラマ作りに挑むのは、東京一極集中になってしまっている現状へのアンチテーゼでもあります。デジタル時代こそ本当の意味での地方の時代であるべきです。北海道はその点、ドラマの舞台装置として非常に恵まれています。北海道の良さは、そのローカリティの多様性にあるからです。地方都市に舞台を求め、題材はもちろんのこと、地元の匂いや雰囲気を取り込んだ作品作りこそ、東京では作れない地方制作ならではのものだと考えています。
  1年に1作品で偉そうなことは言えませんが、丁寧に本を作れば応えて下さる俳優さんがいらっしゃる。そのことは私たちスタッフ全員の大きな励みになっています。

 同時にドラマは人間関係の普遍性を描くもので、その意味からも「今」という視点での現代性も求められると思います。このドラマが描くのは、娘の死というトラウマから逃れられずに苦悩する家族が、ある夏の日にイリュージョンとして現れた娘を通して、互いに見つめあい、癒され、再生してゆく姿です。そこには「家族とは、努力しなければ家族ではいられない」というテーマが隠されています。一緒に一つ屋根の下で暮らしているだけでは家族とは言えません。家族とは、親として、夫として、妻として、子として、思いやり、理解しあって、日々の葛藤と向き合っていくことを指しているように思えてなりません。昨今の言葉を失うような数々の事件の背景には、この家族であることの崩壊が潜んでいるのではないでしょうか。

  “家族の絆”とは本来もろいものだと思います。もろいからこそ、家族全員が支えあい、愛し合って紡いでいかなければならない。そういう思いをこのドラマに込めたつもりです。


HTBドラマプロデューサー 四宮 康雅

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