嬉野雅道連載企画「ぺのおじさん 鯨森惣七のダラララーな日々」

もくじ

第5回 おじさんは言う、ニンゲンは、アホーなのよ

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おじさんと海に行った。
焚き火をしに。

海に着いてみると、浜は、ゴミでいっぱいだった。

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ゴミは、海から流れて来て打ち上げられたか、

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はたまた誰かが捨てて行ったか、

この何年かですごくゴミが増えたんだよね。
おじさんは、そう言った。

振り返ると、おじさんが停めた車だってゴミに見えた。

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焚き火にくべる薪は、おじさんが、どっさり家から持ってきた。

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車には、椅子が二つ積まれていた。

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あぁ好いねぇ、浜で椅子に座れるんだ。
そう。
こら楽で好いわ、楽しくなってきたなぁ。
ふふふ(^^)

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砂浜に、波が寄せる。

クジラさん、波ってさ。
うん。

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おじさんは、薪を割りながら聞いている。

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波ってさぁ。浜に寄せちゃったのが引き返す時にね、後から寄せてくるやつにぶつかってさ、寄せて来たやつが返すやつに乗りあがって白く波立つんだよね。
そうだろうね。

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どうでも好いような質問だったが、おじさんは、薪を割りながら答えてくれた。

自分でも、海という自然を前にして、あまりにもどうでもいぃー話題だったので、そのあとに何を話していいのかわからなくなって黙っていた。

黙っていると、ざぶん、ざぶん、と波音がする。

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いつまでもやまない波の音を聞きながら、
少しもうるさくないことに、ぼくはやっぱり驚いた。

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砂浜の砂に、砂漠の風紋のようなひだひだ模様ができている。
視線を上げていくとおじさんがいた。

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いつの間にか、おじさんは、波打ちぎわで流木を拾っていた。


おじさんは、砂の上に拾ってきた小枝を積み上げて

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風をよけながらライターで火をつけた。

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紙の着火材に火がつき、小枝が燃え出した。

これで大丈夫。もう燃える。

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おじさんは、そう言って椅子にすわった。

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日もだいぶ落ちてきた。
おじさんは毎年、二度ほど焚き火をしにこの浜に来るらしい。

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焚き火に来るのは春と秋ね。春と秋は海の色がきれいなのよ。
あぁそうなんだ。でもさぁ、クジラさんは、どうして焚き火なんか始めたの?
身体が、なんかを感じるんだろうね。
感じる…?
火を見てるとさ、飽きないし、身体が浄化されるような気がするのさ。

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確かに、ゆらめく炎は見ていて飽きることがない。
そして何よりこの暖かさだ。
北海道の五月の浜には、まだ冷たい風が吹く。
それでも焚き火のそばは熱いくらい。
それだけでホッとしてね。
そう、焚き火のそばにいると、人間は、ホッとするんだね。

人間は、ホッとして、初めて、あれこれと考え出すのかもしれない。
そうして、胸の奥からいろんな想いが勝手に湧き上がってくる。
「楽しかったことより、嫌だったことの方が多かったなぁ」とか。
「なんであの人とうまくいかないのかなぁ」とか。
好いことも悪いことも、いっしょくたにポコポコと溢れてくる。

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それでも、浜でそんなことを思い出しても、焚き火のそばは暖かくて、
目の前には海が見えて、黙っていると波の音がいつまでも聞こえてくる。

焚き火の炎が暖かさを運んでくるから、吹き抜けていく冷たい風が心地好く感じる。
身体が心地好いと感じるものが、いっぱいいっぱい自分の中に入ってくる。
新たに入ってくるものがあると、それまで溜まっていたものは出て行くしかないから。
確かに、浜で焚き火にあたっているだけで、
知らない間に人の身体は浄化されていくのかもしれない。
そして、そのうち意味も無く、
なんか、生きてるって、好いのかもなぁと、思えてくる、のかもしれない。

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人間ってさ、自然から、いろんなパワーをもらえる能力を持ってるのよ。でもさ、都会にいると、そんな能力を持ってることさえ忘れるんだよ。経験する場所がないからさ。そういう力を持ってることに気づこうとしなくなるよね。こうやって日が暮れるまで浜で焚き火してるとさぁ、それだけで、帰る頃には身体が入れ替わっちゃってるんだよね。
おじさんはそう言って旨そうに煙草を吸った。
そして、こう続けた、

「ニンゲンは怖いよ」

不良だったおじさんが、そう言うのだ。ぼくは、不思議に思って聞いてみた。

でも、クジラさんはさぁ、不良でさぁ、
うん。
身体もデカクて、ケンカも強かったわけでしょ?
強かったね。
それでも、人間、怖いの?
いや、それはさぁ、そういうことと違うよ。おれ、子供の頃にさぁ、米屋にね、米を買いに行かされたわけ、母親に言われて。
うん。
でも、うち貧乏じゃない。
そうだね。
近所の米屋がさぁ、米を売ってくんなかったんだよ。
え?なんで?お金持っていかなかったの?
いや、金は持って行ったんだよ。
そうなの?
そう、でも、金だけとられて米はくれないんだよ。
あ、それはそのお米屋さんに、おかあさんはたくさん借金してたってことなんだろうね。
でも、そんな事情、子どもにはわかんないじゃない。
そらそうだ。
おふくろに、お米買って来てって言われて金持たされて買いに行くわけだからさ、それなのに金だけとられて米売ってくれないってされたらさ、子どもは怖くておびえるよ。
確かにそうだね。
そういうことがよくあったんだよ小さい頃。あったから、他人のとこへ行くのが怖くてさ。ほら、自分のこと嫌ってたり、いじめたりするニンゲンの前に行くのっていやだからなかなか足が向かないじゃない。犬だって苦手な人には近づこうとしないしさ、そんな感じさ、理由も分からないまま怖い思いするところになんか行くの嫌じゃない。だからおれは、なにが原因で怖いことされるのかが分からないって状況から人生が始まったんだよ。だからニンゲンとどうつき合ったら好いのかが、ずっと分からなかった。

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ほら、向こうの陸に白いもやが出てきた。
あぁ、きれいだね。
八丈でも、あんな色、見たんだよ。

おじさんは、二十代の前半、八丈島でダイバーをしていた。
海にもぐって魚をとったり、沈んだ船の引き上げをやったり。

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おれは、八丈で、一人で暮らしてた4年間で、いろんなことを海から教わったんだよね。

18で室蘭から東京に出たおじさんは、やっぱり目つきの悪さを買われて、
「おまえ、用心棒になりそうな顔つきだなぁ」と芸能プロダクションの社長に声をかけられ、新人歌手のマネージャーをやっていたそうだけど、
ある日、そういうこと全部に嫌気がさして、おじさんは、一人で八丈島に移住した。

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なんで八丈島だったの?
漁師の絵を描きたかったのよ。
あぁやっぱりそのころから絵心はあったわけだ。
そう。でも描けなかった。
なんで?
いや、漁師と話したり、めし食ったり、酒呑んだりするうちにさ、
うん。
ある時、気づいたわけよ。

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なに?
あの人たち、どんなに騒いでてもさ、
うん。
明日死ぬかもしれないってオーラ、出してるんだよ。
はぁ。

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すごい迫力なんだよ。
うん。
その迫力に気づいたら手が震えてさ、描けなかったんだよ。
なるほど。
あのオーラまではとてもじゃないけど描ききれないのさ。力が足りなかった。

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おじさんは、それで漁師の絵を描くことをあきらめたそうだ。
そしておじさんは、八丈島で免許をとってダイバーになる。
それから、浜に勝手に小屋を建てて住みはじめた。

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いくつで?
21から。
一人で?
うん。

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ニンゲンはさぁ、自然からぜんぶ教わってるんだよ。
うん。
花がさぁ、教えてくれるんだよ、ほら、きれいってこういうことだよっ、て。
海も空も雲も教えてくれてるんだよ、ほら、きれいってこうなんだよって。
ほんと、そうだね。
おれは、それを全部、八丈で教わったんだよ。だから今、絵が描けてる。

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八丈島の浜で、一人だけで生活するってどうだった?
孤独を学ぶよね。
どういうこと。
自分を知るってことだね。
うん。
みんな、自分を知らないって思うよ。
あぁ。
喫茶店に行くじゃない。
うん。
テーブルの上に珈琲が運ばれてくるじゃない。
うん。
みんなさ、珈琲カップばかり見て、テーブルがあることを見ようとしないんだよ。
あ…。
珈琲カップは、ちょうど好い高さにあるけどさ、それはさ、テーブルがあるからなんだよ。テーブルがあるから、おれたちは、そこに乗っかってられるんだよ。テーブルはさ、いつもあるって思っちゃだめなんだよ。おれたちは、そこにいるだけで。テーブルなんか作れっこないんだよ。

ぼくは聞きながら、鯨森惣七は、なにかとても大切なことを話していると思った。

うれしー、珈琲飲む?
え?珈琲もあるの?
あるよ。

おじさんは、そう言ってヤカンを出して火にかけた。

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そうして、燃える薪にふーふーと息を吹きかけた。

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なんだか、ハードボイルドで、その格好が様になってるじゃないか鯨森惣七。

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やがてヤカンの湯が沸いて、

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おじさんは、丁寧に珈琲を淹れてくれた。

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ちょっと味が薄いなぁ、そう、ぼくが言うと、
おじさんは、袋からインスタント珈琲を出して入れてくれた。
あぁ、ちょうど好いわ。
そう言うと、おじさんは、
ふふふ(^^)と、
おじさんらしく微笑んだ。

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浜に夜が訪れようとしていた。

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海が、波の音だけになる時間が訪れようとしていた。

おじさんは、焚き火に水をかけた。

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シューっという騒がしい音をたてて、火は消えていった。
そして、おびただしい水蒸気が、白い煙のように浜にたなびいていった。

おじさんは、秋にまたこの浜に焚き火に来るだろう。
来年も、さ来年も、元気なうちは、おじさんは、この浜で焚き火をするだろう。
そうして心を浄化して、おじさんは、人生にもどっていくだろう。
生きているのも、悪くはないかもなぁ、と、思いながら。

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だから、日暮れを待って浜に現れるロマンチックなカップルは、
けして、消したばかりのおじさんの焚き火あとには座りませんように。

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ほんとは、この後に、鯨森惣七からのメッセージを掲載しようと思ったけど、
それは、次に「おまけとして」繰り越すことにします。
ぼくの連載は、ひとまず、これで終わります。
読んでくれたみなさん、どうもありがとう。
次回の、おまけを、お楽しみに。

嬉野雅道

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