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8月8日(火) 山田佳晴(報道デスク)
全国的に夏休みである。日本の夏休みといえば…
アニメである。
というワケで、最近アニメを立て続けに見る機会があった。
と言っても劇場に出かけたのは、「ブレイブストーリー」と「森のリトル・ギャング」と「ゲド戦記」の3本だけで、「時をかける少女」も「カーズ」も「劇場版 NARUTO‐ナルト‐大興奮!みかづき島のアニマル騒動(パニック)だってばよ」も「劇場版 ポケットモンスター アドバンスジェネレーション ポケモンレンジャーと蒼海(うみ)の王子マナフィ」も見ていないのに、「夏はアニメだ」と語るのも何なのだが、レンタルDVDでディズニーの「ブラザー・ベア」も最近見たので勘弁していただきたい。
それにしても、近頃の吹き替えの豪華さと言ったら。
中東などでは、今でも外国の映画やTVドラマの吹き替えを一人で全部やってしまっている国もあるというのに(アナウンサーのような男性が全編これ「朗読」してます。性別無視。)、日本やアメリカでは、「いったいギャラはどれくらいになるんだ」といらぬ心配をしてしまうほど大量のセレブを起用している。
「ブレイブストーリー」では、松たか子や大泉洋や常盤貴子。
「森のリトル・ギャング」では、ブルース・ウィリスの「声」に役所広司、歌手のアヴリル・ラヴィーンにBOAをそれぞれぶつけるキャスティングの妙。
「ゲド戦記」も同じように派手な顔ぶれだ。
でも、こちらはスタジオ・ジブリの過去の作品と比較してしまうからか、「ハイタカ」の菅原文太が「釜爺(かまじい)」に、「クモ」の田中裕子が「エボシ御前」に思えてしまってヘンな気持ちだった。声だけ聞くと、「釜爺」と「エボシさま」が闘っているのだ(ウソだと思ったら劇場で目をつぶってください)。スタジオ・ジブリとして「二度目の起用」は、「お父さん」へのオマージュだったのだろうか。
さて、これだけの駄作は滅多にないというほどの「ゲド戦記」だが、手蔦葵(てしま あおい)という新人を発掘したのは功績だった。どんな映画にもひとつはいいところがある、と言ったのは淀川さんだったか。
有名俳優がアテレコをしていないと何だか物足りないなあ、と思ってしまう近頃の風潮の中で、それはそれは新鮮な歌声だった。
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