嬉野雅道連載企画「ぺのおじさん 鯨森惣七のダラララーな日々」

もくじ

第3回 おじさんは、友だちが欲しかったのだ

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こんな可愛い男の子が、

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どうして、こんな危険の匂い漂うコワモテ男に、
なってしまったのか?

謎めく鯨森惣七物語。
それが、本日のお題であります。

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これ、誰?
おふくろ。
可愛いね。おかあさん。
抱かれてるのが、おれ。この頃は、金あったんだ。

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そうだろね。これなんかお金持ちの家の小学生の集まりだものね。
そう。

それが、その後どうなるの?
おやじが事業に失敗して、極貧になるわけ。
ははぁ、家庭の不幸ね。
そう。

どのくらい貧乏になったの?
冬の暖房の燃料代もなくて、線路に石炭拾いに行くくらい。
線路に石炭拾いに?なにそれ?

昔の汽車は蒸気機関車だから石炭満載で走ってたからね、線路脇にいっぱいこぼれてた。
それ拾うの?そらぁ悲惨じゃない。
そう。でも、おふくろは、ピクニックに行くわよ〜って言うわけ。
はぁ、ピクニックか。突然、イメージ明るいわ。
そう。実際、おふくろのその表現に救われたと思う。惨めな気持ちにならずに済んだよね。

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「学校が終わると母親と妹がまってる線路に行って石炭を拾う
母親は、そのことを ピクニックに行くわよーと言っていた
海辺を歩いて 流木も拾い集めた 今日は 海で ピクニックだよー
冬の暖房は それで やりすごした」

食い物もなかったから、夜、キャベツ畑に行って、キャベツ盗んだよ。
丘の斜面にキャベツ畑があってさ、デッカいリュックにキャベツをつめては、登るわけ。
一人で?
犬と一緒。
その頃から犬がいたんだね。
そう。コニーって名前の犬だった。

― ある晩のこと ―
星も見えない夜更けに、鯨森惣七少年は犬のコニーと一緒に裏山の斜面を登った。
斜面にこしらえられた他人の畑に成ったキャベツを失敬するためだ。
少年は、盗んだキャベツをデッカいリュックに詰めては、斜面を登ってく。
登りきった辺りで、不意に少年の心に胸騒ぎがした。
やけに足元が明るくないか。

くるっと振り返って、少年は息を呑んだ。
夜の世界が、青白い月光に照らされて、少年の視界いっぱい遠くまで見えたのだ。

いつの間にか月が顔を出していた。

足元に広がる斜面のキャベツ畑も、そこからだらだらと、遠く遠く海に落ちていく丘陵地帯も、その先の、あんな遠くに小さく見える白い波をたててる夜の海も、みんな、みんな、ぎらぎらした月の光に照らされて、まるで、白い真昼のように見えるのだった。

「おれはあの時、白夜を見たんだよ」。

60になった鯨森惣七は、そう、ぼくに、つぶやいた。
確かにそれは、「白い夜」だったに違いない。

鯨森惣七が飼っていた犬、コニーも一緒に白い夜を見ていた。
ぎらつく月光線が大量に地上にふりそそぐ、それは、銀板の月夜であった。

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「静かな夜の11時 裏山にのぼってキャベツをカッパラウ
コニーが いつもいっしょだった だからコワクはなかった
悪いことをしているとは思えなかった
ときどき 月がみていてくれて うれしかった  白夜は わすれない」

貧乏だから、みんなバカにするのよ。
そら悔しいわ。
そう、だから目つきが悪くなって誰も寄り付かないわけ。で、不良になった。
それでケンカばっかしてたんだ。
助っ人頼まれたことがあってさ。
うん。
そん時、助っ人したら友達になれると思ってさ。
あぁ、それなんか悲しいね。
そう。でも、それくらい友達が欲しかった。

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そんな鯨森少年が恋をする。中学の時だった。
相手は同じクラスの女の子。名前は今も覚えていた。ぼくは聞いたよ。
でもその女の子の名前は書かないでって言われた。

鯨森少年は、その女の子をデートに誘った。
浜辺で、まっていたら、その子は来てくれた。
二人は、砂浜にすわって海を見ていた。
並んで、ただ、ずっと海を見ていた。

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その時、沖を気持ちよさそうに泳いでいく犬がいて。

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コニーだった。

でも、コニーは鯨森惣七に気づくことなく、ただ、泳ぐばかりだった。
やがて泳ぎ疲れたコニーは、ハァハァと舌を出しながら海から上がって来た。
波打ち際まで来て、目の前に鯨森惣七がいることにコニーは初めて気づき、
ギョッとした顔をしたのだという。

「おれの世話をするのが、あいつにはストレスだったんだろうな。だからおれのいないところでがむしゃらに泳いでストレス発散するしかなかったんだよ」

60になった鯨森惣七はそう述懐する。

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鯨森惣七は貧乏な家の子だからと世間がバカにした。
貧乏は自分のせいではないと思えば睨み返してもやった。
そのうち鯨森惣七は、しだいに目つきが悪くなり、友達もできなくなった。
そしてとうとう不良になった。
でも、そんな悲しい理由で不良になってしまった、この飼い主が、
コニーには、寄りそってやらねばならぬほど、心を痛めた者に見えていたのだろう。

その年の夏も終わり、
秋になる直前、
初恋の少女は家族に連れられて町を出たという。

鯨森惣七は、また一人になった。
でも、そばには、もちろんコニーが寄り添っていて。
夜空にはギラツク銀の月があった。

目をつむれば、
鯨森惣七の視線の先には、
今も視界いっぱいに広がる白夜の海が見えるのだろうか。

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ということで、今日のところはハードボイルドなままに終わろう。
ではまた次回。
この場所で逢おう。

鯨森惣七からの今日の一枚
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