夏。日本人は涼を求めて夜に出る。夏祭り。闇の一角を照らす夜店の電飾。灯りの下の金魚すくい。射的。まぶしいと手をかざす浴衣姿の女の子。夜空に大きく開いた打ち上げ花火。
広がる大輪の花。ビッグバン。見上げる顔。ぽっ。照らされて。また闇に消える。夜の風。子どもの頃の夏の夜。思い出すと手持ち花火の火薬の臭いがする。茶の間の明かりを消して庭に出て。闇の中で家族と花火を楽しむ。〆は線香花火。家族の輪が狭まる。菊花や松葉のような細やかなオレンジの火花。囲んで眺めるみんなの顔も近い。地味で華やぎのないような線香花火。でも、なぜか誰もが忘れられない線香花火。
そんな線香花火を今も作っている花火屋さんは、でも、もう日本では、ただ一軒しか残っていないのだそうです。『筒井時正玩具花火』。ぼくらは、筒井さん夫婦と東京のギフトショーで出会って、花火の話を聞くうちに心惹かれて、水曜どうでしょう祭オリジナルの線香花火を作ってもらうことにしたのです。
そして九州へ向かいました。
― 本日、ぼくらは、福岡県は筑後地方にあります『筒井時正玩具花火』さんの花火工場を訪ねております。
藤村「あ。みなさんどうも。藤村です。見上げる感じであいすいません。実はこのたび、祭会場で特別販売をいたします、水曜どうでしょうオリジナル線香花火を作っていただくことになりましてね。本日は、はるばる福岡までやってきております」
藤村「これがね、線香花火の火薬をつつむ和紙なんですって」
藤村「しっかし…ペラッペラッスねぇ…」
― こちらが筒井時正玩具花火のご主人です。子供のころから火薬が遊び道具のようで、とにかく感動的なほど火薬と花火のことを考えている方です。
― まずご主人は、染める分の和紙を無造作に取りだしました。
ご主人「これでだいたい千枚くらいありますね」
藤村「千枚…。そんなにあるンスか!厚みでわかンスか?」
ご主人「分かりますよ」
― ご主人は慣れた手つきで大胆に染めていきます。
色はまず黒からです。
― 染めは全て感覚のようです。
経験と勘です。職人技です。早いです。
藤村「やるな~」
― 次は赤。
― またしても大胆に…。
― どんどん染めてる。
― 赤い赤い。
藤村「出来たんスかねぇ…」
ご主人「出来ましたよ」
藤村「お。できた…」
藤村「いや…、きれいだなぁ…」
― 黒と赤。これが水曜どうでしょう線香花火のカラーです。力強い。
藤村「あ…痒い…蚊ぁいる…」
― 藤村さん、しきりに足の辺りを掻いております。夕暮れ時は蚊が多い、ここは九州、福岡の夏。
藤村「はい。この三つが火薬の原料となるものです」
― 左から◆松煙→つまり炭素→つまり炭ですな→
火をおこす炭と思えば好いそうで。真ん中が◆硫黄。
右は◆硝石という鉱物だそうですよ。
― ◆硝石というものは燃えるんだそうですな。で、燃える時に酸素を出すのだそうですな。火が燃え上がるには酸素が必要なわけですから燃えれば燃えるほど酸素を出すという硝石は、火炎を爆発的に燃え上がらす役割を果たしてしまうことになるわけでしょうな。
― ということは、火を保持し火力を増す炭素、つまり炭がですよ、硝石と共にあれば、相乗効果で火力は大変なことになるのでしょうな。素人考えで言ってますけどね。
― そう言えばね、バーベキュウで炭をおこすと火の粉がパチパチ飛び散るでしょう。あれがあなた線香花火で華麗に飛び散る火花の正体だそうですよ。あれと同じなんですって。そういうことを聞くと、なんだかこれ、不思議な気がしてくるものですな。花火の見方が変わるというのかね。
― まぁ話がながくなりますが。その燃えて火花になって散る炭素と、燃えて酸素を出し続ける硝石を、ネバネバと閉じ込める役目が硫黄だそうですな。ほら、線香花火と言えば丸く膨れてグツグツ言ってる火球あるじゃないですか。 あれは硫黄が炭素と硝石を閉じ込めて熱されてグツグツ言っている状態だそうですな。
― ◆松煙◆硫黄◆硝石、この三つをブレンドしたものが黒色火薬ですよって、筒井時正玩具花火のご主人が教えてくれました…。
藤村「なるほどねぇ、あんな可愛らしい線香花火の火薬も、関ヶ原の合戦で使ってた火縄銃の火薬も、おなじものだったんだね。ただ、分量と配合が違うだけなんだ。
それもなんだか知らなかったから不思議に思えるな…」
― カレー粉というものが、本来無いように、火薬というものもブレンド調合したものなんですわね。
(ま、ここでカレー粉を引き合いに出すのも、なんですが…)
― となればつまり、その調合の妙が花火の命、そう言える一面もあるということでしょうな。実に、奥深い世界です、線香花火…。
― これは筒井さんとこの飼い犬のマリちゃんです。
― とくに意味はないです。でも可愛いです。
― それでは、さっそく線香花火を作っていただきましょう。
― 筒井玩具花火の奥様の登場です。
― さっきご主人が染めた和紙です。こんな具合に染まっております。
― まず、ご主人が調合された火薬をすくって。
― 和紙の上に置きます。
― はぁ、量的にはこんなものか…。
― これをくるりんと…
― 折り曲げて…
― くるくるくるっと…
― 火薬の辺りを器用に包んで…
― きゅっと、強く絞った感じで…
― 肝心の…
― 線香花火の火薬の入った先端ができあがり…
― そのあとはまた器用にくるくるくるっと…
― 実に器用に…
― 細く長~く伸ばしていって…
― 線香花火は、ビシッと完成…
― この間、数秒です…。
― 実にぴんとした仕上りが美しい…。
そして力強い色…。
藤村「ふ~ん…」
藤村「なんか簡単なんじゃないスか~」
― みなさん、この方はですなぁ。私思いますに、おそらく脳内のセロトニンの異常分泌なのでしょう、病的に楽観主義なところのある方ですから、実際におやりになるまでは成功の二文字しかイメージできない方でありましてな、時に困りものですな。
― と言うことで、こちらは挑戦者・藤村の手元です。
― 火薬の置き方からいきなり変ですが大丈夫でしょうか。
― くるみ方も、なんかよれよれですよ…
― そのあとも、どこまでいっても、よれよれで…
― やってますけど…
― なんか、どこまでもピシッとせず…
― なんすか? 結局…このひどさは…。
― だいたい、なんでこんなに短かくなっちゃったんすか?
― おんなじ和紙を使ったのに…ここまでの長さの差はなに!
― ということでね、いったいどんな花火になったのか、皆さんも気になるでしょうから、試しに藤村さんのやつに点火してもらいましょう。
― 点火!ON!
― おわっ!爆発したように一気に燃えましたぞ!
藤村さんもビックリした!そして火を噴いてる!
火事だ!火事だ!
― お。でも火球はできた…それっぽい。やれるのか?
― あれ?それっぽい…、けど、火球がぶくぶくいうばかりで、パチっともせず、じわ~っと終わりましたよ。
点火直後に硫黄を残して松煙も硝石も爆発的に燃えたんでしょうな…。はい藤村終了。
― さ、続きまして、筒井さんの奥さんが作った線香花火をご覧いただきましょう。
― 点火。
― こちらはショックのないスムーズな着火!あぁ、硫黄の匂いがつんとするこの瞬間…。
― お。火球が出来ました。順調です。
当然です…。
― おお!華麗に火花が…
― あぁ。火花が美しい…。線香花火だ…。
― ここまで藤村の線香花火と出来が違うということは、火薬の調合に加えて、火薬の包み方も、華麗に火花を散らすためには重要なんだなということが、藤村のお蔭で分かりましたな。ちゃんと包み方をマスターしなければ、線香花火も致命的…というわけです。
― 線香花火。実に微妙で奥の深いものですな…。
藤村「いいなぁ…線香花火って…。」
― 藤村さん、勝手にニッポンの夏をやっています…。
ぼくらは、筒井さんとこの線香花火のパッケージデザインをいろいろ見せてもらってハッとすることばかりだった。
持ち手を綺麗な花びらの形にして、
それと一体化して作られた線香花火とか…。それはうやうやしく桐の箱に入れられて華やかになっていてね…、高級感を出していた…。
それを見ていると、線香花火というものが、とても大切なものに思えてくる…、誰か…、大切な人にあげたいと思ってしまうような…、そのために買いたいと思ってしまわせる、何かがあった…。
とにかく…、見たこともないような線香花火で…。
それと細長いのし袋に差し入れられた線香花火…。
それはめでたい宴席で出席者に配られたとかでね。
それを聞くと、自分もそういう席でもらいたいと思った。
何かね、玩具としての目線と違う目線で筒井さん夫婦は線香花火を見ていると思った。何か、玩具とかではない、人間の根源に訴えかけてくる存在感が線香花火にはあるんだって、そのことに筒井さんたち夫婦は気づいたんだって思った。
言ってみれば人の生き死にだよね。
線香花火は点火してから始まるのじゃなくて…、点火する前の暗闇から始まっている…、
そして、火花が散り終わって火球がポトッと落ちて終わるんじゃなくて、その後に残った闇の中で、まだ続いている…。
それと、ぼくら人間の存在のしかたが、多分どこかで、だぶる…。そのことを、ぼくらが、はっきり認識して、毎年花火と接しているわけでもないのだけれど、でも、みんな何かに気づいてはいる…。
そのことを、筒井さんたちが、やろうとしていることの視線の先に見てしまう…。
デザインは、人間の根源に触れてくるものだと思った。
筒井玩具花火のご主人は、花火屋さんの子どもだけあって小さいころから、とにかく火薬で遊んでいたそうで。
火傷や怪我が絶えなかったそうです。そんな火薬に魅入られた人生の中にいるご主人が、ある時、聞き逃しそうな声でぽつりと言ったのです。
「花火は。あれらはみんな。最後は線香花火に戻ると思うとです。花火は、線香花火に始まって、やっぱり線香花火に終るとです。だけん、線香花火が世間から無くなるときがあれば、多分、そん時は、もう他の花火は全部、この世から無くなっとると思うとです…」
ぼくには、そんな風に聞こえて…、
聞き違いかもしれないけれど、確かにそう聞いた気がして…、それが、なんとも印象的だったのです。
祭当日、会場には、筒井さんご夫婦にも来てもらって、線香花火の講習会を開きます。藤村さんがやっていたように、火薬を和紙でくるむ線香花火作りが体験できます。
毎日、先着30名様対象です。参加してみてください。