とにかく多機能が好まれる時代だ。だったら、こけしに何が出来る。こけしに出来ることは何もない。こけしに出来ること、それはただそこに居ること、それだけだ。でも、それで充分だろう。ただ居ることしか出来ない者、そんな者が居ても良いじゃないか。そうやって、こけしは、そばに置きたいと思う人のそばで、いつまでもじっと微笑むのだ。しかしながら今回のヒゲこけしは微笑んでもいない。その代わり、いじめられても泣かない骨太ないじめられっ子の哀愁がある。こいつはきっと仲間外れだろうと思わせる雰囲気がある。だって子供なのにヒゲがはえてるもの。絶対友達はいないでしょう。ああ、時代の不幸を全部引き受けているんだなと思わせる寂しさが漂ってくる。だが、このヒゲ面を見ていると、そんなことのいっさいが気にならない。勝手に不幸になっていればいいと思わせるふてぶてしさを醸しているのだ。
ヒゲこけし1体3500円。安くもない。実にふてぶてしいこけしである。 やっぱりこけしは素晴らしい。
右が鳴子のこけし工人の松田さん。
左隣がわたくし、藤村でございます。
(今、若干の違和感でわたくしをご覧の方には、はっきり言っておきましょう、気のせいです)
さぁそれでは、こけしの工程です。
これが、こけしの原木です。
意外に荒々しいです。
この原木を電ノコでもって
適当な長さにチュイン♪チュイン♪と切ってまいります。
チュイ~ン♪
チュイ~ン♪と、どんどん切る松田工人。
はい。このサイズです。おお!
長さぴったり!さすがは名人。
「これは凄いぞ!」と名人の技に、わたくし藤村も驚きを隠しきれない。
えぇっ…ですがちょっと…この腰つきが…なんでしょう。
さて、切り揃えた原木をこの機械にセットするとあっという間に表面の木の皮がむけて、ゆで卵のようにきれいなお肌が現れてまいります。
ほら。剥いたらこんなに綺麗な白いお肌!
原木と比べると、こうです。白い。
そしてずいぶん剥きましたな。
この、きれいに剥いたやつを、次に、この回転ろくろにセットします。
高速回転が始まりました!そこへカンナを当てたら、
こけしの肩の丸みがウイーンと出てきました。上手いもんです。
今度は腰のくびれを出します。
挽けていく!挽けていく!見る間に、
美しく、腰がくびれてまいります。
さらにカンナを替えて細かく丁寧に挽いて
繊細なラインを出していく松田工人。
カンナの後は、紙やすりを当て、磨きながら形を整えていく。
松田工人の仕事は実に丁寧です。そして早い。
松田工人、今度は、何かワラのようなものに持ち替えました。
木賊(とくさ)という植物だそうです。
木賊(とくさ)には細かいとげとげがあって、
それで、紙やすりよりさらに繊細な磨きが出来ます。こけしの表面もつるつる。
表面がつるつるになったら彩色です。ろくろを回転させながら筆を置いたら赤のラインがピッと引けていきます。 マジック!
お~お~、赤い色が美しい。
ほらほら。
いやぁ美しい、太い線も細い線も、あっと。
言う間に引けていく。
なんでこんなに簡単そうに見えるの!
そして、美しいじゃない。
松田工人、今度は、こけしの首を挿す穴を開け始めた。
あっという間に穴が開いたぞ松田工人。
早い!とにかく仕事が早い!そして美しい!
松田工人、ここで、こけしの首を持ちました!
そして高速回転し続ける穴に、こけしの首を力づくで挿しこんでいきます!
胴体は高速回転をしている!そこへ、むぎゅーっと首が入っていく!
お!入った!入った!入ったぞ!
首が入っても回り続けるこけし!
このぐるんぐるん回る首を、とくさでシュシュっと磨いて成形は完成となります。
「これは凄いぞ!」わたくし藤村も大興奮です。松田工人も後ろで満足げな視線を私に送って思いにふけっておられます。
(松田「藤村さんて人…髪長いな…」)
さて、これからいよいよ、松田工人が、ヒゲこけしのお顔を書きますよ。
「おぉ!これは何ですか!ひときわ大きなヒゲこけしじゃないですか!」と喜んでますが、自分でもなんでこんなに喜んでいるのか分かりませんな。
「しっかしデカいですなぁ…、このデカいのも名人が、ろくろで、ぐるんぐるんに回したんでしょうか…」そんなわけない。そんなだったら怖い。
はい。これがHTBが松田工人に渡しましたヒゲこけしの顔です。松田工人はこれをお手本にしながら一体一体筆で書いていく。こけしはもちろん、全てが手書きによる作品なのです。
「おれは、このヒゲ顔を900も書くのか…」
と、松田工人が精神統一をしております。
( 違うかもしれませんが… )
いよいよ松田工人、筆に墨を含ませる!
やがて一気に筆を滑らせていく!
どこだ?どこから書く!
なんだ?これはなんだ?
目?目なのか?
おお!目でした!
オレの目とメガネじゃないかぁ!と藤村さん。
オレの鼻じゃないかぁ。と藤村さん。
オレのヒゲを書いて、
オレの口を書いてますね。と藤村さん。
完成かな。
「おれは、このヒゲの顔をあと899書いて…」
(松田工人は、そんなことは考えてはいない!無心です無心…)
さぁ!書きあがりました。
でも、オレはハゲ坊主かい?と藤村さん。
これも可愛いが。
いやいや、おさげ髪が書かれております。
反対側にもおさげ髪…
トップにヘアーも足されております。
トップにヘアー。
おや?赤いのはなんでしょうか?出血か?
バカを言うんじゃない。髪飾りです。
おお!原画にそっくりですなぁ。
続いて松田工人は、ヒゲこけしの着物の柄を書き始めます。
この柄を見れば、松田さんの手になるものだと分かるというくらい、胴体の柄は、松田工房が代々受け継ぐデザインなのです。
「わたくし藤村も完成が気になりますなぁ」
「いやぁ…気になる」
あぁ。ほんとうに美しいですなぁ。
「いやぁ気になる」
最後に、松田工人の名が入ります。
入りました。
出来上がりです。あぁ、ヒゲこけしですなぁ。
仕上がりに満足げな松田工人です。
(おれはこのヒゲこけしをあと899体しあげて…)そんなことは思っていない!
さて、場所移動です。
さきほどの、ろくろに戻って参りました。
「おおっ!工人!完成したオレの頭をガンガン叩いてるじゃないのよ!」と藤村さん。
「ガンガン叩いて、オレをろくろにセットしてんのかい?ねぇ?」と藤村さん。
「おお!松田さん!今スイッチOnにした?おれちょっといきなり高速回転してるよ!」
「なに?顔拭いてくれてんの?汚れてるかい?顔洗ってきたけどなぁ。汚れてる?」
松田工人おもむろにろくろスイッチOn!
「ああぁ~」激しい叫びと共に、藤村さん、回りだしました!
松田工人は、蝋を持って、藤村さんの全身にこすりつけております。
藤村さんに蝋が染み込んで藤村さんの全身に艶が出初めております。これは大変だ!
「あ~あ~あ~!」藤村さんは悲鳴を上げる!その間に藤村さんに蝋が染みて藤村さんぴっかぴかだぞ!これは厳しいぞ!
これでもかと言わんばかりに、藤村さん、顔やら胴体やらに蝋を押し付けられ、くるっくるに大回転し続けております。
「あ~あ~あ~!」藤村さんは悲鳴を上げながら、つるっつるのぴかっぴかになっていきます!
「おれは、こうやってあと899体の…」
はい。出来上がりました。ぴかぴかの藤村さんです。全部が手作りのヒゲこけし。
なんとも感動的な仕上がりとなりました!
こうして出来上がりに大満足の藤村さんは、
松田工人と固い握手をして鳴子を後にするのでありました。
こうして、伝統の技を持つ名人の手によって、こけしの里、宮城県は鳴子温泉で出来上がった、ひげこけし。
巨大ひげこけしは祭会場のどこかに展示されますので、ぜひご覧ください。
(頭をさすっても御利益はありません)
祭が終わったら、一度、鳴子温泉にある松田さんご夫婦の工房を訪ねてみてください。
松田さんの手になる鳴子伝統のこけしの横に、ヒゲこけしも、ひっそりと佇んでいるかもしれません。
いや、あっさり、いないかな…(了)