これをみなさんがお読みになるころ。私と嬉野くんはスペインに向かっています。
ほんの2週間前のことです。
「最終夜」の編集をしてたら、画面の中で大泉さんがこんなことを言うんですね。
ジャングルロケが終った最後のトークの場面です。
「今度の企画はもっと荒々しいさぁ、男らしい映像を撮ってほしいよ。
例えば牛追い祭りなんてあんじゃん。あんなのに参加したいよ」と。
いやぁ、そうだった!そうだった!あいつそんなこと言ってたなぁ!
そのときVTRを見て初めて思い出したんです。そのことを。あいつが「それぐらいしないと、ぼくの子猫ちゃんたちが満足しないよ」なんてのたまわっていたことを。
なにが子猫ちゃんだよ。
続けてVTRでは、「見たいよね」「見たいですね」「いつだろうね?」「あの祭りですか?」「秋ごろかな」なんていう私とミスターの会話が流れました。
いつなんだろう?
ふと気になって編集の手を休め、パソコンで検索してみました。
「牛追い祭り」。
ありました。ありました。
【スペインの北部・パンプローナで例年7月6日から14日に開催される・・・】
おっ。
今日は6月21日だろ。なんだよ!再来週かよ。全然、秋なんかじゃないじゃん。
やっぱり今年は無理なんだな・・・。
で、詳しい祭りの内容をとりあえず読んでみました。
【基本的に18歳以上であれば国籍等一切問わず参加は自由。】
へぇ~自由なのか。素晴らしい。お二人もとりあえず「参加」は可能なわけだ・・・。
【牛追いのコースは約850メートル。時間にすれば5分程度で終る。】
なんだ。意外とあっさりしてんだな。そんなんで終っちゃうんだ。
【但し、祭り期間中「牛追い」は計8回行われる。】
なんだ8回もやんのか!だったら1回ぐらいなんとか走れんもんか・・・マジで。
【危険な場所は最初のカーブ。ここを過ぎればあとは比較的道幅は広くなり・・・】
ずんずん読み進める。
徐々に頭の中に「牛追いコース図」がインプットされていく。
【300メートルで右にカーブ、そこは高い壁があり・・・】
次第に頭の中に浮かぶ画像が鮮明となり、やがて私には「先頭きって走る大泉洋の姿」がハッキリと見え始めた。
大泉洋は、純白のシャツに赤いスカーフ。多くの牛追い参加者と同じく伝統的な衣装に身をかため、先頭集団の一角をキープして鬼のような形相で猛走して来る。
いいぞ!このカーブを曲がれば、あとはゆるやかな登りがゴールの闘牛場まで続く。
残り500メートル!大丈夫だ!おまえはいける!
鬼の形相の大泉洋が、純白のスカーフ軍団とともに私と嬉野くんの前をバタバタと走り抜ける。大泉洋は一瞬チラっと僕らを見たが、あっという間に彼の姿は後続の牛追い軍団に飲み込まれていった。一切の遊びもなく、カメラに手を振る余裕もなく、ただただ全力疾走で駆け抜けて行った大泉洋。
「ぶはははは!あいつまるっきし余裕なかったな!どぅははははは!」
私は噴き出す笑いをこらえきれずのたうち回り、勢いあまって放屁した。その刹那、嬉野くんがカン高い声で叫んだ。
「あぁッ!ミスターだぁ!」
見ると、先頭集団からやや遅れた第二集団の渦中に、ひときわ異彩を放つ鈴井貴之の姿があった。
彼は、あろうことか「タコ星人」の衣装に身を包み、くるっくる回りながらジタバタと走って来る。
「危ねぇよ!ミスター!」
燃えるような真紅の衣装に顔までも赤く塗り、それはあまりにも挑戦的ないで立ちだ。
真っ赤な8本の足がゆるやかな回転運動を繰り返し、近隣のスペイン人たちの顔を容赦なく打ちつけて「ぱしぱし」と音を立てる。
牛を挑発するにもほどがあるというものだ。
「ミスター!来てるって!後ろ!後ろッ!」
後続の第三集団はすでに荒れ狂う猛牛軍団に粉砕され、多くの者が闘争心を失い、壁際にへばりついて牛をやり過ごしている。
ゴールまで500メートル。暴れ牛たちの視線は、前方の第二集団で「回転運動を繰り返す真っ赤な物体」に釘付けとなっていた。
危うしッ!タコ星人!
しかし鈴井貴之は、その高速回転を一向に止めようとしなかった・・・。
うーむ!見たいッ!なんとしても見たいッ!
鈴井貴之はいったいどうなってしまうんだぁ!・・・。
こうなると私の感情はもはや押えきれない。乱暴だとは思いつつ、すぐに編成部長の元へ走った。
「あのちょっと急なんですけど、再来週、スペインに行っていいですか?」
「ロケ?」
「いや下見です。来年の。」
「そうか。じゃ申請出して」
「いいんすか」
やがて申請書を出すと、ポンポンポン!と社長以下取締役の皆様のハンコが押されて戻ってきた。
「じゃ、気を付けて」
恐るべし!HTB。
「再来週スペイン行っていいすか?」と言ったその2週間後、ぼくはちゃんとスペインに向かっている。
ただ、あまりにも急な話だったため、ぼくらは往復の航空券とレンタカーの手配だけしかしていない。宿は現地で見つけるつもりだ。とはいっても、祭りが開かれている「パンプローナ」は小さな田舎町。宿は何ヶ月も前から満室らしい。近隣の町もすべていっぱいだという。
まぁ、いい。
今回はぼくと嬉野くんの二人だし、2、3日車中泊したって別にいいだろう。そんなことはどうにでもなる。
それより「あの祭りは本当に危険なのか?」この目で確かめないと気が済まない。本当に危険なら来年の企画は別のことを考えればいい。でもとりあえず「参加できる可能性はあるのか?」一度見ておかないとハナシにならない。
デジカメも一応持って行くけど、ミスターも大泉さんもいないから、ほとんど回すこともないだろう。だいたい番組で流すかどうかもわからない。基本的には下見調査なんだから。
でも今回、嬉野くんは一眼レフを持って写真を撮る。そしてぼくはペンを持って文章を書く。
実は、ずっと前から言っていた「どうでしょうの本」を、いよいよ今年中に出すことを決めた。
当初は「ホームページの文章をまとめて」なんて考えていたけれど、いつしか「本を作る」ということに興味が湧き立ってしまった。だから文章は「書き下ろし」、写真も「撮り下ろし」で、「イチから本を作ってみよう」ということになった。
本というより「雑誌」といった方が正しい。
「思いついたことをとりあえずやってみる」というお気楽さで、取り立てて「テーマ」も決めず、統一性もなく、乱暴なくらい「とりあえずやってみました。どうでしょう?」という気構えで作ってみる。
例を挙げれば、DVD「サイコロ3」のオマケにあった「喧嘩太鼓のチラシ」。あんなのは、ただの思いつき。でも「思いつき」を実際にカタチにすると、映像とも違う「独特の面白さ」「バカバカしさ」がある。
写真と文章で作り上げる新しいどうでしょうのカタチ。
急遽決まった今回のスペイン行き。大泉洋も鈴井貴之もいない、作り手である僕ら二人の旅となる。こんなものは映像でお見せしたって面白くないが、しかし写真と文章ならなにか出来上がりそうな気がする。
新たな「どうでしょうの本」の中で予定されている連載モノ「二人がいない風景」の第1回目としてこの「スペイン下見旅行」を掲載するつもり。
どうなるかはわからない。もしかしたら大失敗するかもしれない。
でも今からちょっとワクワクしている。
「とりあえずやってみました。どうでしょう?」っていう、番組立ち上げの時の気構えで今、もう一度モノを作る。再びあのころの気持ちに立ち帰る。
とても楽しみだ。
では、行ってきます。来週には帰ります。
多分・・・痛い目にあうんだろな。