北海道テレビ:HTB online!
平岸我楽多団

たくさんのご意見をいただいて。

嬉野 | 2000.12/24(SUN) 01:15

さて、半年もかけたぼくらの「四国R−14」は終わってしまいました。
そして、みなさんからは、たくさん、たくさん、本当にたくさんのご意見を頂きました。
ありがとうございました。

「よくやった!」「泣いたぞ!」「感動した」「つまんなかったじゃないか」「脚本がなってない!」「怖かった!」「ちっとも怖くなかった」「フツウだった」「ツジツマが合ってなかった」「展開が唐突だった」「「けっこう面白かった」「またやって!」

いろいろございました。(これからもまだあるかもしれませんね)
激励も説教もお叱りも、すべてありがたく読ませていただきました。

1996年に始まった「水曜どうでしょう」は、来年で足掛け5年になります。
思えば膨大な時間です。
その膨大な時間の中で、ぼくらは各地を旅し、膨大な経験をし、膨大な思い出を作ってきました。
でも、それらの思い出の数々は、結局そのまま、みなさんの思い出になっていたのだと思います。
そして、ぼくらの知らないところで、いつか、ぼくらは、みなさんの友人にしてもらっていた。
掲示板に寄せられた、みなさんの感想を読んでいて、そんな思いがしたのです。
だから、ドラマの中の大沼くんが、現実の大泉くんに思えてしまったとき。本当に大切な友人が死んでしまったように思えて、その喪失感の大きさに胸がしめつけられたのではないでしょうか。

ラスト近く、地下の資料庫で大沼の死を思い出してしまった上島は、思い出したことを激しく後悔します。
「あぁ、おれ、どうして思い出しちゃったんだろう、こんなこと…。」「ずっと、忘れてれば良かったんだ…。」
でも、恐ろしいほどの喪失感の中で上島は、あることに思いが至ります。
「そうか…。」「あいつ、会いに来てくれてたんだ、オレたちに…。」
上島たちのことを気にして、大沼はわざわざ会いに来てくれた。それは、大沼に対して「さようなら」も言えなかった上島にとって、切ない喜びだったはずです。
「死」は、永遠の別れ。
その人とは、もう二度と再び会うことができない。
その大沼が自分らのことを思って、会いに来てくれた。

このシーンの撮影本番の前日。ぼくらは実際に地下の資料庫へ降りて行って、役者さん抜きで芝居の段取りを模索していました。スタッフが居並ぶ中で、藤村くんが、床に崩れ落ちテープ棚に寄り掛かったのです。ドラマの中で音尾くんがそうしたようにね。そして、すこうし顔をもたげると、
ぽつりとセリフを口にしました。
「あいつ、会いに来てくれたんだ…。」
「こんな感じかなぁ」
そんな藤村くんをじっと見ていたぼくは、いつか、自分の目の前で展開されていることが、ドラマなのか現実のことなのか区別がつかなくなり、不意に大泉くんの顔が浮かんで、不覚にも、涙が出そうになってしまったのです。
思えば、妙なドラマでした。

「死」が悲しいのではなく、その人を永遠に失うことが悲しい。

二十歳の頃、親しかった友人を度々亡くした経験をもつぼくの奥さんが言いました。
「とっても大切な人が死んじゃったとするじゃない。」
「どんな時、一番悲しいかわかる?」
「その人が死んじゃった時じゃないの…。その人に、会いたいなぁって思った時。」
「会ってお話を聞いてもらいたいって思った時、あぁ、もうあの人はいないんだって思って悲しくなるの。」

「死んだ人にもう一度会える。」
たしかに、それは夢です。でも、会いたいと思う気持ちさえあれば、いつかまた会えることだってあるかもしれない。
失ったものを取り戻せるかもしれない。
ただ、ただ、信じることを忘れずにさえいれば。

つたない物語だったでしょうか。
でも、ぼくはこのドラマを作ることができて、本当によかったと思っています。

見てくださったみなさんにお礼を言います。

そのうち、ドラマでは描ききれなかった細部について、スタッフルームでまた書きたいと思っています。

その時はまた、是非ご覧下さい。

それでは…。



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