現場に着いたのは、6時20分ごろだったでしょうか。
「とりあえずここで待とう」
セニョール・マリーノが言いました。
前夜の食堂。
清水くんの知り合いで、「サベグレ・ロッジ」のケツァール情報を教えてくれた錦織さんが、わざわざサンホセから駆けつけてくれた。
「私もこのロッジの近くの森で、ケツァール見ました。ものすごく綺麗な鳥ですよ」
実際に見た人の話というのは、興奮する。
「そんなにキレイなんですか・・・」
「グリーンが違うんですよ」
「ほぉー・・・近くで見たんですか?」
「あの・・・逃げないんです。堂々としてるというか」
「ほぉー・・・」
食事をしながら、ケツァールの話に花がさく。
「それで・・・明日ガイドをしてくれる人が・・・ホラあのひとです」
指差す向こうには、「いかにもラテン」といった口ヒゲをたくわえた男が、大きな身振りで爆笑している。
「おぉ・・・あのおっさんか」
「呼んできますか?」
「是非!」
やって来たのが、マリーノだ。やけに明るい。そりゃそうだ。かなり飲んでやがる。
「じゃじゃじゃじゃぁ、さっそく明日のお話し聞きましょう・・・」
あいさつもそこそこに、まずは気になる明日のケツァールの話を・・・と思っていると、おっさんは開口一番、
「さぁ!外へ出ようじゃないか!」
なんてことを言う。
「外・・・?なにしに行くのよ」
「ケツァールいるのか?」
「いえ・・・なんか、月がきれいだから外へ出て見なさいって言ってます」
「月?月・・・見ろってかい?」
「さぁさぁ!みんなぁ!月がきれいだぜ!」
マリーノは、ビール片手に、食堂にいる全員に呼びかけている。
「おいおい・・・なんだい?なんだい?」
マリーノは、我々の背中を押して、ドアの所までやって来る。すると、はたと立ち止まり、なにやら清水くんに話かけ、そののちひとりで大爆笑してやがる。
「なんだ?なんだ?おっさん、今なんつったの?」
「いや、なんか冗談を・・・」
「なんだって?」
「キミたちは月を見るチケットを持ってるかい?だって・・・」
「なーに言ってやがんだ!おっさん!くだらねぇこと言ってねぇで、早くケツァールの話聞かせろ!」
アメリカ文化圏特有の「んなもんで笑えねぇって」ジョークを浴びせかけられた我々は、しかし、10分ほど外で月を眺めるハメになってしまった。
「なんだよ・・・さしてきれいな月でもねぇじゃんか」
「藤村くん・・・彼は、明日の話をしたくないんじゃないか?」
「・・・なるほど」
我々に、大きな不安がよぎる。
「これは、ますますおっさんにキチッと話を聞かないといけませんなぁ・・・」
やがて、無意味な月見も終わり、全員食堂へと戻る。
「よーし!おっさん・・・」
我々は、やや臨戦体制で、いきなり核心の質問をぶつける。
「明日、ケツァールは見れるんですかって、セニョールに聞いてみて下さい」
4人が固唾を飲んで見守る中、錦織さんは、流暢なスペイン語で話を始める。「彼らは、日本からケツァールを撮るために来てるんです!」みたいなことを熱弁しているようだ。
すると・・・
「100%見れます!と言っています!」
「おぉー!ホントですかぁ!」
我々の予想とは裏腹に、セニョールは自信満々。カメラに向かってキッパリと言い放つ。そのあとはもう、全員とガッチリ握手だ。
「オー!セニョール!ベリーグー!」
おっさん呼ばわりしてたくせに、もう見ちゃったような喜びようだ。
やがて、セニョールはカメラ目線で「アディオス!」かなんか言い残して去って行った。
「おぉぅ。かっこいいじゃないかぁ、マリーノォ」
「すごいねぇ、自信たっぷりだったねぇ・・・」
「で、明日はどこのポイントに行くって言ってました?やっぱ、山の上まで歩くんですか?」
ひとしきり落ち着いたところで、錦織さんに聞いてみる。
「なんか、車で近くの農場へ行くと言ってました」
「農場・・・?」
「えぇ、プライベートな農場の敷地内にポイントがあるそうです」
「ほぉー・・・どなたかの私有地に・・・」
すると大泉さんが、ハタと気づいたような口ぶりで言い放つ。
「・・・飼ってんじゃないだろうね」
「アハハハ!いやいや、そんなことはないでしょうけど・・・」
「オレやだよ。農場主がケツァールを肩にのっけて、グッドモーニング!なんつって出てきたら」
「いや大丈夫ですよ」
「そうですかぁ?どうもヒゲはえてるヤツは信用できねぇんだよなぁ・・・」
6時20分。
「とりあえずここで待とう」
口ひげのマリーノは、昨夜とはうってかわって真剣な表情で、静かに言った。
「カメラ、セッティングするか」
我々もどこかヒソヒソ声になって、レンズを取り出す。
やがて、マリーノは今来た道を引き返し、注意深くあたりを見回しながら、角を曲がって行った。
「マリーノ、探しに行った・・・」
みんな、マリーノが消えた方向をじっと見ている。
妙な緊張感。
「もしかしたらケツァールが現れる」という状況ではない。
「たぶん、ケツァールは現れる」
それが、1分後なのか、30分後なのか、その瞬間を待ち構えている緊張感だ。
誰もしゃべらない。じっと見ている。
5分たったか、たたないか・・・。
「あっ。戻ってきた・・・」
マリーノが、双眼鏡片手に姿を現した。
その動きをじっと見る。表情は、変わっていない。
「いないか・・・」
するとマリーノは指を1本上げる。
「1匹いるってか!」
次の瞬間だ。全員の目が一点に集中した。
なにかヒラヒラと飛んでくるものが、あった。
ほんとに、ヒラヒラと、鳥なんだけど蝶々みたいな。
「あっ!あっ!」
すごい色。緑が見える。赤が見える。一番めだつのは白。そいつが、ヒラヒラと。
「あぁぁ!あぁぁ・・・」
なにを言っていいんだかわかんない。
「止まった!」
ようやく出た言葉だ。
「あれは、火の鳥だ・・・」
ほんとうに、実物のケツァールは、なんだろう、やっぱり「火の鳥」だ。ピカピカじゃないけど、光は確かに出ていたような気がする。
しかし、手塚先生の描く「火の鳥」は、顔が人間みたいな、あの手塚タッチの顔つきをしている。
「あれは、まぁ漫画だから。」
そう思っていたけれども、びっくりした。ほんとうに「あんな顔」してんだ。あれは「鳥の顔」じゃない。あんなに「表情」がある鳥はいない。
ケツァールは、古代マヤ文明で「神の鳥」として崇められたというが、それは「キレイな羽色」のせいではなく、たぶん「あの顔」のせいだと思う。勝手な想像だけれど、古代の人々も「あのかわいい顔」にやられたんだと思う。
「やるなぁマリーノ・・・」
その時・・・「神の鳥」を目の前にして私は、ふと不謹慎な考えが浮かんでしまった。
「あいつ・・・カゴから放したんじゃねぇの」
「!・・・」
「いっしょに来たもん・・・マリーノと・・・」
なんて、悲しい男たちなのでしょうか。なんで、素直に喜べないのでしょうか。
しかし・・・それもいたしかたあるまい。
なにせ、はじめてのことでしたから。うまくいったのは。
農場から戻る車中で、こんな会話がありました。
「いやぁ、視聴者しらけちゃってんじゃないの?」
「そうかぁ?」
「あいつら、本当に見てやんの。そんなことおれたちゃ期待してねぇんだ!なんつってさぁ。いいからミスター飛ばせよ!って言ってるよ」
「うるせぇって」
「どうでしょうも変わったなぁ。昔のどうでしょうは良かったなぁなんつってさぁ」
「なに言ってやがんだよ」
悲しい男たちです。「成功」すると逆に不安になってしまう。
しかし、あくまでも事実は事実。今回は、どうでしょうさん、ケツァールを見てしまいました。ご褒美として、ありがたく受け取っておきます。
さて、「コスタリカ・大ケツァール展」は、人知れず開催され、あっという間に終了しました。
はじめっから開催するつもりはございませんでした。
私は、どうしても「ニュース映像」を作りたかったんです。
期待していた方には、申し訳ありませんが、「大ケツァール展」を見た者として言っておきます。
「ケツァールの写真は、たしかに素晴らしい!でも、あの写真展は、つまんないです」
せいぜい「ポストカード」でお楽しみください。
そして!そして!来週からは「超大型新企画」の登場です。
来週は当然企画発表から始まりますが、言っておきます。
「来週の企画発表を見ないと、2001年後半のどうでしょうには、ついてこれません」
「超大型」の意味するところは、いくつもの要素があります。
来週、ぜひご覧ください!