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HTBスペシャルドラマ「ミエルヒ」

アフタートーク

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今、池袋の東京芸術劇場小ホール1で『ミエルヒ』の脚本を書いてくれた青木豪ひきいる劇団グリングが『jam』というお芝居を上演しています。『ミエルヒ』の放送まであと1週間と迫った今月12月12日。監督・藤村忠寿とプロデューサー・嬉野雅道もさっそく劇場に出向き、観劇後、芝居の余韻さめやらぬ舞台上で青木さんと再会を果たした模様です。席上、『ミエルヒ』の話題に触れた部分もあったので、サイト上でその模様を再現することにしました。アフタートークと題し、脚本家と監督とプロデューサーの、三つ巴トークが始まります。

青木 今日は観に来ていただいて、ありがとうございました。

藤村 いやぁ……あれですよ。いちグリングファンの分際で、終演直後に演出家としゃべるっていうのはねぇ、ほんとにそのぉ……勘弁してほしいんですよ(一同笑)。

嬉野 そうね。青木さんの作品というのは、「何がよかったのか」を具体的に並べあげるのが難しい。

藤村 そうそうそう。もちろん、グリングのお芝居は間違いなく「いい」んです。「よかったなぁ……!」ってつぶやきが、何度だって出ますもん。なのに、いくら考えてもわからないんですよ。この芝居の何が、なぜ「いい」んだか。

嬉野 今日思ったんだけど、いろんな人たちが出てくるじゃないですか。それぞれに事情があり、何らかの荷物を背負って生きている。それらがふと軽くなる瞬間、というのを青木さんは描いているんだけど、その時、それを観ている僕らもふと、自分の荷物が軽くなっていることに気づくんですよね。劇中、決裂寸前のカップルが和解する場面があったでしょう。あそこで僕なんか泣いちゃうわけでね(笑)。たぶん観客それぞれが、自分と照らして観ているんだよね。だから青木さんの作品というのは、物語がここ(劇場)だけでは収まらないんです。観終わってここを出たあとも、お客さんひとりひとりが、何らかのあと味を噛みしめながら生きていく。『ミエルヒ』もまさに、そういう作品で。

藤村 ほんとにねえ、特に前半なんか、脚本に書かれているのは何てことのない日常会話なわけですよ。でもそのせりふひとつひとつの、トーンやニュアンスを逐一考えはじめたら、これがたいっへんなことになるんです。

嬉野 悩んでたもんねえ、随分と。

藤村 悩みましたよお。どうとでも取れるんですよ、青木豪の書くせりふというのは。明るく言っても、重く響いても、成り立つせりふばかりなんです。でもそうすると次のせりふが……って考えてるうちに、迷宮入りするんですね。泉谷さんが何かと繰り返しておられましたもんね、「青木の馬鹿野郎ぅ!」って(笑)。

青木 僕、衣装合わせのときに泉谷さんと初めてお会いしたんですけど、開口一番に「青木ぃ、おめぇのおかげで朝っぱらから川に出なきゃいけねーじゃねーか!」って言われて。

嬉野 ドラマの始まりが、そういうシーンでね。

青木 で、「俺の相手役、誰だ、こら」っておっしゃるんで、「風吹ジュンさんです」って言ったらいきなり「……ジュンちゃんかよ、まいったなオイ」って風向きが変わりました(笑)。

藤村 それでいて、ふとしたときに鋭いところを突いたりするんだよね。演出を悩んでるときなんかに、泉谷さんの言葉で気が軽くなったり。撮影に入って何日めくらいかなあ、僕が脚本の解釈に七転八倒してたときに、出たんですよ。泉谷さんの名言が。「青木の馬鹿野郎!」「………ですよね、これ、「青木豪が馬鹿野郎だ」、ってことでいいんですよね!?」……それからはもう、「青木の馬鹿野郎!」が合い言葉のようになりました(笑)。

何らかの事件とよっぽどの事情

青木 最初は嬉野さんから「10年来音沙汰のなかった息子が突然帰郷したところから始まる物語」っていうご依頼をいただいて。

藤村 「父と息子の物語」、っていう大筋は早くからあったんですよ。ただそれだけを持って、嬉野先生は企画担当の四宮プロデューサーとね、缶詰と称してふたりでわざわざ温泉宿に行かれましたよねえ?

嬉野 青木さんに脚本をお願いすることは、四宮さんの長年にわたる悲願だったわけですよ。それを実現させるからには、こちらもちゃんとした企画書をお持ちしなければならない。それで、登場人物の細かな設定に至るまで考えるためにこっちゃぁ身を挺して宿屋に缶詰ですよ。ただまぁ温泉宿だから晩になると豪勢なめしが出てくんだよね。こっちゃぁしょっぱなから煮詰まってるというのにだ。で、まぁ、しょうがなく食ってだ。したら、当然ながら腹いっぱいですよ。で、今度は煮詰まる以前に眠くなる。いやいや四宮さん。明日がありますよと、その夜は眠ってね。で、翌朝起きたら、また豪勢な朝めしですよ。

藤村 温泉宿だから(笑)。

嬉野 そう温泉宿だから。

藤村 で、考えだしたら…。

嬉野 また煮詰まるわけだよ。そして二日目の夜も豪勢なめしですよ。もうね、食い逃げ寸前ですよ、こっちは。

藤村 (笑)

嬉野 そこで、さすがに私も思い至ったわけですよ。これではいかんと。じゃぁどうすれば好いんだと。その時思った。要するにこのオレが面白いと思うことが大事なんだと。そうじゃなければその先が面白くなるはずが無いじゃないかと。じゃぁ、どうすればオレは面白いと思えるんだと。もうストーリー的なことをこれ以上オレらで考えるのはよそうと。そして「父と息子の物語」ってだけにした。ただ、多少の縛りはものを考えてもらう上では必要だと思ったから、息子は、何らかの事件があって家を出て、以来、音信不通であったと。そいつがもう、よっぽどの事情があって帰ってくる。

藤村 そのために3日間! 朝昼晩と豪勢な飯を食い続け、いい湯につかって、出た結論がこれだもの(笑)!

一同 (爆笑)

嬉野 でも、そうすると、この骨子で脚本家はどんな物語を作ってくれるんだろうと楽しみになってきた。その気持ちさえあれば先へ進めるんだよ。ところがだ。物語の舞台はどこだと考えた時、どこでもいいじゃないかとしか思えない自分がいたたわけだ。こんなんじゃ青木豪に熱い想いで依頼に行けない。とにかく舞台となる場所は決めよう。そう考えて。札幌から30分ほど離れた江別という街に出掛けたわけだよ。すると、いわゆるシャッター商店街というやつがあって、でも、そこで石狩川で暮らす漁師さんの存在を知ってね。ひとりで河川敷に下りて、石狩川に浮かぶ小舟を見たんだよね。その時、風景を眺めながらどこかホッとする自分がいたんだよね。しん、と静まり返った葦の原でね、見たその光景が、何だか好くて。写真を撮ってきて青木さんに見せて、よく分からないですけど、ここに帰らなきゃいけないんじゃないかって思っちゃったんですよって言ったら、何か響いてくれたみたいでね…。

藤村 父と息子に“何らかの事件”と“よっぽどの事情”がある。そして石狩川の風景があり、嬉野くんの心が動いた。それに青木豪という作家が強く共鳴して、いったいどんなホンを書いてくるのか。……それがすごく楽しみだった記憶があるね。

嬉野 そして出来上がってみたら、僕が江別で感じた深層心理を、実にうまいことすくいあげてくれてたなあ……。

青木 ありがとうございます。最初に「北海道からドラマの依頼が来てる」って聞いたときは「大自然モノだったらどうしよう」って思ったりしましたが。

嬉野 広場恐怖症、って言ってたもんね(笑)。

藤村 閉所恐怖症、なら聞いたことあるけどね。

青木 ダメなんですよ、広々としたところが。

藤村 でも取材でこっちに来たときは、ずいぶん楽しげだったじゃない。

青木 はい。ずいぶん、楽しかったです(笑)。

戦国武将がここにいた。

青木 そろそろ、『ミエルヒ』にも出演したうちのメンバーを呼びましょうか。(岡村秀夫役の中野英樹、若林サキ役の萩原利映が登場)

藤村 グリングのメンバーが揃ったところで、改めてお聞きしたいんですが……率直なところ、どうだったですか『ミエルヒ』は。

中野&萩原 よかったですよぉ……!

藤村 ……ほんとですか。

中野 ほんとですよ。

青木 僕もほんとです。舞台でもそうなんですが、僕は「これはもう自分の仕事ではない」、って思う瞬間が幸せなんです。せりふが完全に役者と融合して、登場人物の言葉になっちゃうと、ダメ出しのしようがなくなるんですね。僕が想定していたのとは違うけど、でもこれはアリだ。……っていう。

藤村 “違う”んだね?

青木 え。

藤村 そこを聞きたいんだよ、僕はね。

青木 いや、“違う”のはむしろ喜びなんです。台本が僕の手を離れて、芝居が勝手に流れ始めて「もう俺は要らない」って感じる瞬間がいいんです。『ミエルヒ』はまさにそれだったんです。藤村さんの演出があって、鈴木(武司)さんのカメラがあって、役者さんがいてスタッフさんがいて、物語が流れていく。そうなると、自分が書いたのを忘れて泣けちゃったりもして。

嬉野 出てた人たちは、どうなの?

萩原 私は何しろ、監督の声が印象的で。「用意、はい!」のひと声が、役者を萎縮させない声なんですよ。私たちに何かを強いるわけでもなく、ただ背中をぽぉんと押してくれる感じなんです。

中野 ほんっとそうです。僕はブログに「藤村さんの前世はきっと戦国武将だ」って書いたんですけど(一同笑)、藤村さんの「用意、はい!」の瞬間に、アドレナリンが、ガガッと上がるんです。「足軽ってこういう気持ちなんだろうなぁ……」って実感しましたね(一同爆笑)。

藤村 でもあれね、たぶん、自分にも言ってるんだよね。これくらいの位置に据えてあるモニターをこう、(立ち上がり、極めて無理のある前傾姿勢で)至近距離でのぞきこんで「よぉーーい…………あい!!」って、この「よぉーーい」と「あい!」の間でいろんなことを猛スピードで考えてるんです。あの間を入れることで、場の空気を役者さんと共有する、というか。

萩原 あとロケ地で痛感したのは、あの景色が私にお芝居させてくれていたなあということ。閉じたシャッターばかりの街に、私が営む花屋だけが異空間のように華やいでいて。自分がこの街を守らなきゃいけない、っていう気持ちが自然と湧いてきたんですね。出演のお話をいただいたときに「余計なことは考えずに、とにかく北海道に来て、街を歩いて空気を吸って、それでお芝居してくれれば大丈夫だから!」って言っていただいたことが、そのときとても腑に落ちて。

中野 僕にとってあの撮影の日々は、役者人生の中でご褒美みたいな時間だったんですよ。そしてそんな日々が、ちゃんとご褒美として、作品となって手元に届いた。それが本当に感慨深くて。

青木 ほんと、旅行みたいな日々だったよね。

中野 ね。

藤村 ……旅行じゃねーぞ。

中野&青木 え。

藤村 旅行じゃねーよ。仕事だろ?

嬉野 だって青木くんはあれだよ、家族つれて来たもんな。

青木 中野は「ちい散歩」状態でした。ひまさえあれば、小さなスケッチブックと水彩絵の具を持ち歩いて。

中野 いろいろ描きました(笑)。

青木 でも僕、ほんとはすごく旅嫌いなんですよ。以前、執筆のために伊豆大島へ取材に行ったときには、何をどうしたらわからなくて、ホテルから一歩も出なかったです。

藤村 うん。それくらいじゃなきゃ、こういった芝居は書けないと思うよ。今日の『jam』もそうだけど、青木さんはいつも、出来事に決着をつけないんですよ。「おやっ?」て思った瞬間に、次の何かが起きたりする。きっと青木さんの頭の中では、登場人物ひとりひとりの個別事象が考え抜かれているんだよね。だからそれぞれが、それぞれの論理のもとに、自分の人生を生きている。だから考えることは無限にあるのだろうし、ホンを受け取った僕らも悩むし、役者さんたちも腹を決めて、いい芝居をしてくれたんだと思うなあ。


ほうっておいたらまだまだしゃべり続けそうな面々。このあとの打ち上げでも、同じように、一同しゃべりたおしでした。
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