「北の自然と野生」 毎週土曜日 朝5時30分〜5時50分放送
  08年2月23日放送分「旧占守島の太平洋戦争遺跡II」

シュムシュ島(旧占守島)

シュムシュ島(旧占守島)

クリル(千島)列島の最果てシュムシュ島 (旧占守島)。
終戦後、時が止まったままの 鎮魂の島。
シュムシュ島(旧占守島)

シュムシュ島(旧占守島)

シュムシュ島とは、クリルアイヌの言葉、 「シー・モシリ」。
良い島とか親の島の、 訛ったものといわれている。
旧四嶺山(しれいさん)

旧四嶺山(しれいさん)

島の北西部にある四嶺山。 高さ171mの低山。
太平洋戦争当時、 日本の守備隊本部が置かれていた。
旧日本軍の戦車残骸−1

旧日本軍の戦車残骸−1

山麓一帯に戦いに敗れた旧日本軍の戦車が
静かに時を止めている。島に残る地上戦の 戦争遺跡のひとつ。
旧日本軍の戦車残骸−2

旧日本軍の戦車残骸−2

終戦から3日後、千島の占領を目論んだ
ソ連は2万の兵士を竹田浜から上陸させ、 凄惨な戦いが始まった。
九二式十糎加農砲

九二式十糎加農砲

旧日本軍が昭和17年に据え付けた
九二式十糎加農砲(10センチカノン砲)。 沖のソ連艦船に打撃を与えた。
九七式中戦車残骸−1

九七式中戦車残骸−1

攻め入るソ連兵を一手に迎え撃ったのは、
池田連隊長が率いる第11連隊戦車隊でした。
九七式中戦車残骸−2

九七式中戦車残骸−2

しかし多勢に無勢・・・。最後は戦車隊の全員が戦死。
南の沖縄戦と同じように 北の島でも凄惨な戦いがあった。
日本人兵士の遺骨

日本人兵士の遺骨

島のロシア人が集めた日本兵の遺骨。
3日間の戦いで双方の兵士3500人が 尊い命を落とした。
旧四嶺山と戦車残骸

旧四嶺山と戦車残骸

北の墓標となった戦車群の残骸が、
国の壁を越えた平和を祈り続けている。