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26:25

テレメンタリー2024「きょうも0人 ~芸備線 無人駅の守りびと~」【再】

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2009年6月1日(月)

嬉野です。

えぇ風邪引きまして。

先週は木金と家で寝ておりました。

鼻風邪引いたんですね出張先で。
札幌へ帰る日に鼻水が垂れて、くしゃみが出てね。
分りやすい風邪の引き始めで。

キャップに「ウレシー、かぜ薬、のんだほうが好いですよ」
と勧められるままに漢方系のかぜ薬を空港で求めて飲み。
夕方札幌の自宅に帰り着くや床に伏しまして、
目が覚めましたのが夜の10時。

とにかく脈拍が早くてね、身体がだるいの。
明らかに熱があるわけです。
検温しますと37.5℃。

だめだ。風邪だ。

昔から、風邪を引いたら長引く男でありますから、
すでに気持ちで負けている。

それでもね。
今回私の中に入って来た風邪は、可愛らしい奴だったのか、
その晩38℃まで上がった後、なんと翌朝には平熱に戻っておりました。

私にしては珍しい回復速度。

ただまぁ翌日は胃にダメージが出てね。
一日具合が悪くて立てなくてね、
今はもう普通にしてるんですが、
いまだにお腹が減る気がしないの。

満腹というか、胃が仕事してくれてない感が強いわけです。
だから食う気がしなくてね。
これが悲しいの。

日々の楽しみがひとつ減る。

ということで、
私がお休みしておりました間に、
藤村先生は44歳になられたんですね。

ねぇ、まだ44なんだ。
いつになったら追いついてくれるんだろうね。
こんなに長い事一緒にいるのにねぇ。
年の差って縮まらないんだね。

さっき編集室に行きましたら、
藤村先生、「香港」をつないでましたよ。

好いですよねぇ大泉さんの顔。

あれほどワンショットの顔だけで押せる人、知らないです。
彼の全神経は顔の前に浮遊してるんじゃないかと思うほどの。
見れば見るほど描きたくなる顔でございました。

とにかくあの頃は、あの方のワンショットに見入っていたんでしょうね。もうもう、もの凄い押し方であの方の顔を撮ってるんですね。あの方の顔を確認しながら話が展開している。

機内で茶を飲む顔だけで延々と場を持たす技量のある人、
日本にあの人だけだと思います。

いやはや1998年下期の大泉洋さん。
どれを見ても絶品の顔でございます。
乞うご期待!

あと炎の料理人もね、ついに登場ですから。

じゃ奥さん。
また明日。
みなさんご無事で。


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(18:23 嬉野)

2009年6月2日(火)

皆さん、たっしゃスか。
嬉野です。

風邪引きに珈琲はダメだとアドバイスされまして。
なんでも珈琲は身体を冷やし、紅茶は身体を温めるのだそうで、
ほんまかいな…!と思いつつ。
しかしながら、なるほどそうかとも思い。
どうにも珈琲好きの私といたしましては、う~む…。という。
実に出社するなり恨めしいなりゆきで。

それでまぁ、昼から紅茶を飲んでおります。

そうしますと、たしかに熱い。体が熱い。

さすがだ!と。

まったく病は気からと言いますが。
私に至っては、これで治る!と言われればね、
正しく、歯磨き粉でも腹痛くらいは治るのでございます。

真に、ガキの頃からのプラシーボ男でございます。

さぁさぁ本日より藤村先生。
若干巻きで!DVD編集に邁進されております。
スケジュール的に押しております。

頑張れ藤村先生。
面白いぞ水曜どうでしょうDVD!

ということで。
露骨に宣伝もさせていただきながら、
本日の日記は終了!と。いうことでございます。

ではまた明日。
解散。

あ!
奥さん。「日記本2」もよろしく。
面白いから買って読みましょうね。


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(17:06 嬉野)

2009年6月4日(木)

嬉野です。

腹が減りました。

いや。

いやいや。
たしかにまぁ、余計な事であります。

もちろんです!

知ったことか、でありましょうさ。

ただまぁ、この日記のページを開いた今この瞬間にね、
この私の脳裏に湧いた素直な情緒だったわけでありますよ。
なんか食いてぇなぁという。

でまぁ、素直に書きましたよ。

ただまぁ、みなさんにおかれましてはね、
この午後の、買い物の時間にね、
不意に「どれどれ」と開いたこのどうでしょうの日記のページでね。いきなり、「はらがへった」と言われてもというね、とまどいもね、いらだちも、肩透かしも、そらぁありますよ。そらぁある。

でも、いいじゃない。

「そうだわね。私もすいたわね…」という、

そういうね、穏やかな共感があってもさ、好いじゃないのよ。

なに?
誰もいけないとは言ってない?
あ。そうね。

言っても聞こえぬ一方通行、不意に寂しき

とういうことでね。
風邪のダメージも回復したかなと思う、初夏の札幌の夕べでございます。西日が差しております。

では奥さん、また明日。
本日もあっさり解散です。

明日、頑張ります。




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(17:16 嬉野)

2009年6月6日(土)

嬉野です。
夜8時半。

午後から福屋キャップと会社に出てきて仕事してます。
ドラマの仕事です。

さっきまで4時間以上かけて手紙を書いておりました。
お仕事の手紙です。
背中が痛くなりました。

藤村先生、平日はDVDの編集に邁進しておられますが、押しております。ですので昨日、スケジュールを手直ししました。
もっと具体的な表記にしました。

スケジュールを作った人間が一番理解してますからね。
時間無いジャン!てことは。

だから本人がスケジュールつくるのが一番好いんだけどね。

でも、人生のスケジュール作ったら、やんなるだろうな。

まったくもって、知らぬが花という部分もあるんだよね。

藤村先生は、まだ、今年も半分残ってるし、たっぷり遊ぼうと考えてるかもしれないけど、オレはもう知っちゃったんだよね。
この先の今年の持ち時間をね。
もうね。まったく時間無いってことなのね。

DVDの編集とドラマの現場で終わるんだよね。

ご苦労さん!

では諸君また来週!
解散である!






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(20:36 嬉野)

2009年6月8日(月)

嬉野です。

昨日の夜。
晩めしを食べながらNHKスペシャルを見ましたよ。

あまりにの分かりやすい解説に、
思わず録画しながら見てしまったさ。
そしていろんなことをとりとめもなく思ってしまった。

なるほど、日本が欧米に開国を迫られて、
江戸時代をやめて明治になった頃。
日本は大貧乏な国だったけれど中国はお金持ちの国だったんだなぁとか。

だからロシアもイギリスもドイツもフランスもその中国の購買力をあてこんで中国に入り込んできていたんだなぁとか。

で、その中国の購買力を当て込んで、わざわざ物を売りつけに来ていたという事は、欧州各国が自分の国だけでは消費できないくらい、もうもう、あまっちゃうくらい物を作る力を持っちゃっていたということで。

それが産業革命を経たということかぁとか。

じゃぁそれを全部買ってくれる客が出てくれば大儲けじゃん!
だよなぁって思ったろうなぁ、とか。

そんな時に、産業革命を経験してなくて、でもお金持ちの国だった中国という国があって。

したらもう、じゃぁ中国でしょう!って、
イギリスを始めとする欧州の国は軍隊使って脅してでも買わせてたわけで。
それだってOKだった時代だったんだなぁとか。

じゃぁなんでアメリカはそれに遅れたのかというと、多分中国までの距離が遠くて広大な太平洋がじゃましてて、そいで行きたくても行けなかったのかなぁとか。

じゃぁなんでアメリカは、遅れたにしろ、はるばる太平洋を越えてやって来れたかというと、それが蒸気船の力、つまり科学の力がそこまでのことを可能にしたということで。

それが開国を迫られて日本が江戸時代をやめて明治になったころのタイミングだった。

そのタイミングで日本は世界史の中に参入していった。

タイミングって、大きな、しばりなんだよ。

それで日本も踏ん張った。
踏ん張って、産業を興して、外国が買ってくれるようなものをなんとか作り出して、一日も早くお金持ちになろうと頑張った。
で、その頑張って作ったものは、やっぱり中国に買ってもらおうとしていた。

そのタイミングが、遅れて中国に到着したアメリカとかぶっちゃって、だもんだから日本とアメリカは因縁のように衝突して戦争するまで行っちゃった。

こう考えると、
なるほど世界は正義で動いているわけではないないんだよなぁと思ってしまってね。
だって、この構図は、中国にとっては「おかしだろ!」という状況だから。

「おまえら!おかしいだろ!なに自分ばっか儲けてんだよ!」

みたいな事だからね。

「いやいや大泉さん。そうは言ってもこれは好い品ですよ。ねぇお目が高い」
「確かに好い品かもしれんさ。でも、だからといってだよ。常に客はオレで、オレさまばかりが金を払い続けるというのは明らかにおかしいだろ!」
「またまたぁ」
「それに売り手がどんどん増えてばかりじゃないか!」
「はいはい。そのあたりはもう、適当なところで新規参入はさせませんから御安心を」
「そうなの?」
「そらそうですよ、じゃないとこっちの取り分が減りますから」

みたいなね。

歴史のお勉強してさぁ、なんか、ぼやり思ったよ。

正しいというのが何かは分からないけど、「こんな時代はおかしいよね。」ってみんなが思ってるのに、なんかわからんがそのまま相変わらずおかしな時代が続くってことがあるような気がしないかい?

それはさぁ、ひょっとしたらだよ。

どっかにね、このままおかしな時代が続く方が都合が好いって本気で思ってる人が、すっげぇ大事なポジションにいて、流れを牛耳っているからだなぁと思った。
やっぱそうだよって思ったな。

そういう人間たちの構図って歴史に現れてるのかなぁ。
ってオラァ思ってさぁ。
だったら、ずっと変わらないんだろね、人間の思惑とかなんとか、そんなのね。

そのへんのことをちゃんと飲み込んだ上で、人生やらないと、多分いけないんだろうね。

変えられない事ってあるんだよきっと。
だから変わらない事ってある。

それは、そういう腹でいないといけない。

そんな時に、「おかしい!」って怒ってるだけってとかさぁ、
「結局そんなもんなんだよ世の中ってさぁ」とか分かってる風の顔をするだけとかね、ほとんど意味ないんだよね。

でもね。

いや、それでも世の中の流れが変わっちゃうときがあるんだよ。
だったら、その時どんなふうになってたから世の中が変わっちゃったのかを知る事って、もの凄く重要になる。
そんなこと歴史のお勉強すれば、歴史に現れてるかもしれないし、身近なところにも、ヒントはあるのかもしれないし。

この今の世界で重要なポジションにいて、違うとこから、世の中のために好いことになりそうな発想の新規事業が持ち上がっても、それが自分に利益が無いとなれば、潰してしまう。

世界の人のために、世間の人のために、会社の人のために、素晴らしい事になる芽が出るかもしれないのに、潰してしまう。

そういうことってあるんだよね。

だって成功してもらっては自分の取り分が減る。
もしくは自分の居場所がなくなるかもしれない。
だったら潰さないと自分の損になる。

それが人間の発想だということだよね。

「やっとオレが天下取るって時期なのに、そんなオレが理解できないようなこと始められては困るよ。つぶすよ」ブチッ!って。

で、そういう気持ちって自分の中にもあったりするかもしれない。
同じ人間なんだもん。

ただまぁそういう重要な地位にいたことがないから、思い当たらないだけかもしれない。

そう考えると、新しいことや、皆のためになることや、「それは好い!」と喜ばれる発想というのは、おそらく、今、あんまり恵まれていない立場にいる人の中から生まれる。

そういう構図があるんだろうなぁとか思いながら、
昨日は遅い晩めしを食べておりました。

じゃ、奥さんまた明日。
解散!

あ、小さな悩み相談ある方、掲示板にお書きください。
答えられるものに関しては答えます。水曜まで限定です。
答えは、もちろんあてづっぽうです。

無論です。

そんなのあたりまえじゃないですか、
だって、このチャランポランな私が回答しようというのですから。

所詮は気休めと、あきらめられる方のみおいでくださいよ。

生き死にまで行ってる方は、無理です。
それは、私ごときでは無理です。

気休めの言葉が欲しい方のみ。

一日一件くらい、気休めの答えを書きます。
だから明日とあさってで、二件ね。





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(17:31 嬉野)

2009年6月9日(火)

嬉野です。

今日の一件。


●小さな疑問から生じる悩み●

嬉野先生はどうかんじますか?
赤ちゃんが泣いて生まれてくる訳。
笑って生まれてきたってイイのに。

○嬉野さんの気休め回答○
あぁ、そうだね。
おかあさんやおとうさんと対面できるのにね。
おとうさんもおかあさんも、
生まれてくる子のことを待っているのに、
泣く事ないよね。

でもまぁ、泣きながら生まれてくるんだから、
生まれてくる子供には、泣きたい理由があるんだろうさ。

そのことは事実として、
押さえてあげたほうが好いかもしれないね。
きみや、ぼくらはもう覚えてないけどさ。
きっと泣きたい気持だったんだろうよ。

転校生だって、みんな不安だしね。
転勤していくお父さんだってきっと不安だろう。

だってさ。
越していった先が今より好いとこかどうかなんて、
最初は分からんからね。

それでも越さなきゃならないから転向したり、転勤したり。
ついてくおかあさんだって、知らない土地で、知り合いもいないし、土地勘もない。心細い事ばかりだよ。

前の土地ではいろいろなことが上手くいってたけど、
新しい土地でも上手くいくだろうか。

不慣れな環境へ出て行く不安ていうのは、
生まれる瞬間にもう経験していたことだったんだね。

その不安を知る事からぼくらの人生は始まっていたんだなぁ。

それでも皆、転勤したり、転向したり、引っ越したり。
違う仕事に就いたりしなくちゃならない時がある。

子供は、どうしておかあさんの体の中から、
外の世界へ出てくるのだろうね。

おかあさんのお腹の中は居心地が良さそうだよね。
なのにどうしてこの世界に出てくるのだろう。

それは多分、子供の意思ではなくて、
おかあさんのお腹の中が、だんだん変化して、
いつまでもは、いられない状態になるからだろうね。

お腹の中の子供は、ずっといたいと思っているかもしれない。
でも時期が来たら、いられなくなる。
おかさんの体が、子供を外に出してしまうんだね。

時期が来たら、その時、ぼくらは、
出て行かなければいけない、そんな生き物なんだろうね。

昔、赤瀬川源平さんが、なにかに書いてたよ。

あれも「泣く」ということに関するお話だったなぁ。

赤瀬川さんは、ある夏の夕方、自転車に乗って多摩川の土手あたりを走ってるんだね。そしたら小さな羽虫が赤瀬川さんの目に入っちゃうんだ。なんだか、意思を持って赤瀬川さんの目に飛び込んでくるかのように羽虫が目に入るんだ。

あれは嫌なものでね。
羽虫が入った目からは、涙が出ちゃう。

涙をこぼしながら、赤瀬川さんは、なにか一生懸命考えるんだ。

そのうち、目からこぼれた涙が、自分の口に入るんだね。
すると、しょっぱい。

「そういえば」と、
その時、赤瀬川さんは、思い出すんだ。

人間の成分のほとんどは海水だって聞いたことがある、って。

生物は初め、みんな海で生まれた。
でも、いくつかの生き物が、その海を捨てて、
陸に上がって来た。
それが、自分たち人類の、ずっとずっと前の祖先で。
陸に上がって来たぼくらの祖先は、その時、古代の海水を自分の身体に取り込んで来たんだって、そんなことをどっかで聞いたのを思い出すんだね。

その時、赤瀬川さんは、もうひとつのことを思い出すんだ。

「そういえば」
「泣く」という漢字は、
(さんずい)偏に(立つ)と書く、って。

つまり、水際に立つ。

最初の生き物が、海から陸に上がった時。
その時も、その生き物は波打ち際に立ったろうか。

そうやって赤瀬川さんの頭の中で、古代の海中から陸に上がって来た、ひとつの生命体の姿が「泣く」という漢字になって頭の中でシンクロするんだね。

そして赤瀬川さんは、思うんだ。

生き物が、住み慣れた海を捨てて、陸に上がってきた瞬間。
つまり、それは、自分たち人類の祖先が、陸地に最初の一歩を記した輝かしい記念すべき決定的な瞬間のはずなのに、
それが、「泣く」というイメージと重なってしまうのか、って。

そして、赤瀬川さんは、続けてもうひとつ、
「涙」という漢字を思い出すんだ。

「涙」という漢字は、(さんずい)偏に(戻る)と書く。

水に戻る。→海に戻る。

赤瀬川さんは思うんだ。
つまり、ぼくらの祖先は、
住み慣れた海を捨て、陸に上がった時、「泣き」。
泣いて「涙」を流しながら、海に戻っているのだと。

そんなことを考えて、愕然とするんだね。

それを読んだのはもう30年近く前だったけれど、
ぼくは、赤瀬川源平さんて人は、すごいなぁと思ってしまってね。その赤瀬川さんが思いついてしまったイメージが、その時のぼくには、まるでぼくらの生きる定めででもあるかのように、それを赤瀬川さんが発見したかのように思えてね、しばらくどきどきして、いまだにこうして忘れてないものね。

だから、生まれてくる赤ん坊は、
みんな自分たち生物の定めを、この世に生み出される時、
なぞって出て来るのかもしれないね。

だからぼくらは、この世に第一歩を進めた時、泣き、
そして、涙を流しながら、もう一度、住み慣れた海に戻っていく。

生き物にとって、生きる事はずっと苦しいことだったのではないのかな。
だから泣くことから始めるしかなかった。
でも、泣けば。
涙がこぼれて。
ほんの束の間だけれど、
ぼくらは懐かしい故郷である古代の海に戻ることができる。

その浄化作用で自分を慰めながら、ぼくらは、どこまでも生きていかなければならない。
そうなんだろうなぁと、ぼんやり思います。

それが今日の、気休め。

いやぁ、昨日、軽々しく、悩み募集したらね。
恐れ入りましたという数の書き込みが掲示板に寄せましてね。
だって、掲示板の全コマが「悩み募集係り宛」になっててさぁ。
いったい何百続くのか。
とにかく言いだしっぺとしては、全部、読ませてもらってますから。
なんで、もうこの辺で、勘弁してもらっていいよ。

いや。
悩みとか、愚痴とかさぁ。
いいよね。
オラァなんかそんなことを思うよ。
書きな、書きな。

書いてるうちに「スッキリしましたぁ!」なんて人もいっぱいいたしね、「書こうとしたら、たいした悩みでもないかと思えて」、これまた「スッキリ」した人もいたみたいだし。

とにかく、読むから。

それくらい生きていくのは大変なんだよ。

だから、大変な人生になってもね。
あぁ、生きるってそういえば、古代の昔から大変なんだよなって、どっかで思い直してね、で、いろん人に優しくしてもらいながらさ、がんばりましょうや皆さん。ねぇ。

人間は、たくさん生きてるんだから。
誰かは他人に優しくても好いじゃないのよ。
とまぁ、オラァそう思うね。

仲良くしようや。
優しくしようや。
誰かが困ってる奴をかばってやれば、
それだけだってそいつは元気になれるよ。

とにかくみなさん。
地球に優しく、環境に優しく、嬉野さんに、やさしく。
ねぇ。
好いじゃないのよ。

じゃ、明日また。
本日はこれにて解散!

ほんとよ奥さん。
解散してくださいね。いつまでもその辺にいないで。
晩御飯の準備とかあるでしょ。
うちは今日は刺身だってさ。



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(18:57 嬉野)

2009年6月10日(水)

嬉野です。
今日の一件。

●漠然とした小さなお悩み●

夜に、なんか漠然とした不安感に襲われたらどーすればいいの?うれしー

○嬉野さんの気休め回答○

まったくです奥さん。
人生なんて不安ですよ。
自信がある時は自信があるから不安なんて感じないけど、
その自信なんてものには実のところ何の根拠もないから、
何かの拍子で、あっさり無くすよ。
そういうもんだよ。
たとえば誰かの言った、たった一言を聞いた瞬間に無くなったりする。
したらもう勝手に真っ青だよ。

そうしたら、漠然とした不安感というやつが容赦なく襲ってくるわけだ。
こいつはもう時と場所を選ばないから始末に悪い。
夜更けに、ひとりでいる時に思い出しちゃて、急に気持ちがぽつんとしちゃって、
逆落としに気持ちが落ち込む。
ある。そういうの、ある。

そういう時には攻撃的な性格にスイッチするしかないと、オレは思うね。
つまり刀を抜くわけだよ奥さん。
ギラリとしたものを抜き放つ。
だって、漠然とした不安感が襲って来るわけだから。
でしょう奥さん。
襲ってくるわけでしょ。
だったら抜くしかない。
襲ってこられたら、もう抜くしかない。
来て欲しくない奴が来た時は、「来やがれ!」と、
こっちのほうから攻撃的な気持ちでむしろ相手を向かえるほうがいい。

自信を無くしてる時は気持ちが弱くなってるはずだから、
オレもずいぶん矛盾したことを言うようだけど、だけど奥さんお薦めだ。
気持ちがしぼみそうになったら、反射的に刀を抜く。
そうして心の中で言ってやるんだ。
「やってやる」と。

いいかい。
気休めを言ってるんだよオレは。
オレの矛盾点とか、非科学性とかを、
ここでいちいち厳しく突いて来ちゃだめだよ。
今、話してるのは気持ちの問題なんだからね。
矛盾してたって好いじゃないのよ人間なんですから。
そのくらい勘弁しなさい。そうでしょう。
という広い心で。

でもオレはそう思うよ奥さん。
気持ちが落ちたら反射的に刀を抜く。
そうしてね。
「やってやるんだぁ」と言ってやる。

分かってるよねぇ?
人に対してじゃないよ。分かるよね?
漠然とした不安感に対して言ってやれと、オレは言ってるわけでね。
具体的な人に対して刀を抜けなんてなことは言ってないわけだ。

オレが小学生の頃に親父がしてくれた話があるよ。
江戸時代の話だよ。どこから仕入れてきた話だったか忘れたが、
こういう話だったな。

ある藩に悪い奴がいるんだ。(いきなり頭の悪そうな表現であれだが我慢してくれ)
こいつが原因で領内が腐敗しているんだな。(一方的な展開だがこらえてくれ)
でもこの悪い奴は権力の近くにいるんだな。
それだもんだから、なかなか意見する事が出来ない。
そこで藩内の有志が集まってこの悪者を粛清する。(ここで、嬉野さん!テロはダメでしょ!とか言わんでくれよ、昔話なんだから)

ある晩、この悪い奴を誰かの屋敷に招いて、そこで殺害するんだけど、
斬られて、その悪い奴は言うんだね。「おのれ、七代祟(たた)ってやる」と。
発されたその一言を聞いて、その場に居合わせた者たちの心は凍りつくんだ。
それくらいその悪い奴は恐れられていたし、実際実力者だったし、意思も強い男だったし、
めんどくさい奴だった。だからみんながビビッていたわけだし、それで誰も文句が言えず、藩は、そいつ一人に牛耳られ領内は腐敗していったわけなんだからね。
そんな強力な男を自分たちは斬った。
それだけでも大緊張だったはずなんだ。
怖かったはずなんだ。いろんな意味で。
そこへもってきて、最後にもの凄い顔で睨まれて、
「祟ってやる!」と凄まれた。
それも自分だけではなく七代先までも。

その一言で、その場に居合わせた全員の意思が萎えた。
それほど、その一言はみなの心に黒々とした影を落としてしまった。
あっという間に全員が後悔し始めた。
そうなると気持ちというものはどんどん萎えていく。
もう止められない。
その時だ。
その場にいた一人の侍が高笑いを始めた。
藤やんみたく笑ったわけだねぇ。「ガハハハ!」と。
みんな訝しく思ってその侍を見た。
その侍は豪傑だったんだねぇ、つかつかと皆を掻き分けて、その斬られた悪い奴の前に出てきた。そうして言ったんだね。

「よし、分かった」と。

みんなは、この侍が何を言い出すのだろうと固唾を呑んで見守った。
侍は続けた。
「よし分かった。七代祟ってみるがいい。だが、おのれに本当にそんなことが出来るものかこのオレが見届けてやる。よいか、今からオレがおまえにとどめを刺す。その首を切り落としてやるから、お前は切られた首で、その目の前にある柱に喰らいついてみろ。見事喰らいつけば、その時は、お前の力を信じてやる」

そんなことを言ったんだねぇ。

なんてことを言うんだ、怖いじゃないか。まったくなんて展開なんだ、帰りたいぞ、と、その場に居合わせた侍たちは益々腰が引けてきた。
斬られた悪い奴は怖ろしいくらいの根性の男だったので「よし!望みのとおりにあの柱に喰らいついてやる。見ておるがいい!」こう言い放って、もの凄い形相で柱を見据えたんだねぇ。
さぁ、みんなはもうどきどきだよ。
もうもう漠然とした不安に教われるなんてもんじゃない。恐怖のどんぞこだ。

そんなみんなの怖気をよそに豪傑は刀を振り上げ、一刀のもとに悪い奴の首を切った。

次の瞬間、その場に居合わせた者、全員が、歯の根が合わないほどに驚愕した。

あろうことか、首だけとなったその悪い奴が、ガツンと柱に噛み付いていたわけだ。

あぁこれで七代祟られる!やっぱりあいつは只者じゃなかったんだ!
どうしよう~!と。
腰を抜かす寸前までに皆の心の中を後悔の嵐が吹き荒れたんだねぇ。

その時、首を切った豪傑侍が晴れやかな顔で言ったんだ。

「よし。これでもう大丈夫だ」と。

皆はポカンだった。

「何が大丈夫なものか。だって見てみろ、ありえない意思で柱に喰らいついてるじゃないか」と。

豪傑は答えた。

「そう。それだよ。あいつは首が飛ぶ直前、柱に喰らいつくことだけしか考えていなかったはずだよ。何としてでもあの柱に喰らいついてやる!絶対喰らいついてやる!ってね。その事だけをひたすら念じて、その結果がこうだよ。やつの最後の望みはこうして成就されたわけだ。当然オレたちに祟る事なんか考えてる暇はなかったはずだよ。だからこいつの恨みはこの柱に喰らいつくことで終わったんだよ。」

そういってまた面白そうにカラカラ笑ったんだね。

その話を聞いた侍たちは、「なるほど」と思い、皆一様にホッとして明るい気持ちになってしまったんだね。
そしたら、さっきまであんなに怖かった柱に喰らいついてる首が怖くなくなってしまったんだね。なんだか、可笑しなものに見えてきた。

そんな話だったよ。

この話の、どれひとつにも何の根拠も無いよ(笑)。
実話でも無いかもしれないよ(笑)。
オレに話してくれた親父ももう今生の人ではないしね。
誰もこの話の信憑性に責任はとってくれない。
そんな与太話のたぐいですわ。

でもね、
人の心の弱さや、
考え方ひとつで、同じものがまったく違って見えるという人の心は、
この通りのような気がするんだよ。

飛んだ首が柱に食いつかなかったらなかったで、
「ほうら見ろ」と豪傑は笑って済ませたかもしれない。
それでも、侍たちは、ホッとしたかもしれない。

どっちにころんでも成功する策を、この豪傑は思いついたんだね。
そうして心の隙間に忍び込んでしまった暗い影を、この一策で吹き飛ばしたんだね。

怯えた気持ちのままで、事を終わってはまずいと豪傑は考えたのだろうね。
だから、突飛なことを言い出した。
そして、見事にその場の空気をガラリと変えることに成功した。

自分だけはいつも幸せでいたいと思う心が、人の心を弱くするのだと、ぼくは思うことがあるよ。誰だって幸せと平穏は失いたくないから無理も無いよ。
でも、不安な影が寄せた時は、戦わなくてはならない。
不幸せにするというならしてみろと。
どん底に落ちてもまたそこから始めてやると。
それが闘志を燃やすということだよ。

不安な黒い影は自分の心が作り出すものだから、そいつの始末をつけられるのは自分だけだと、オレは思うよ。
だったら奥さん、ギラリとしたものを抜くしかない。
そうして心の中で言ってやるんだ。

「やってやる」と。

以上、本日の気休めでした。
気休めだが、これが案外と効くんだな。

あ、反論されても困るよ。言っとくよ。

では、奥さん。
本日も解散です。

掲示板を読みまして、個別具体的に何か言ってあげたい深刻な書き込み、ずいぶんありました。でも読みながら思いました。その方々はどの人も真剣に自分の人生と闘っておられると。
応援しております。
この二日間、書き込まれたもの、全て読ませていただきました。
応援しております。勿論口先だけでございます。
それでも応援しておりますの想いもまた本心でございます。
私に出来ることは気休めを言う事くらいでございます。
それしか出来ないのでございます。
そして、ただこの場所から見ております。

これからも読ませていただきます。
書かれたことは読みます。
そしてたまに気休めを言わせていただきます。
私に出来ることはそれくらいのことでございます。
出来る事だけはしようと思っております。

以上、おしまい。
すやすや眠れ。また明日。



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(19:39 嬉野)

2009年6月12日(金)

はい。
嬉野であります。

日々の徒然(つれづれ)を書きなぐっております、
どうでしょうディレクター、うれふじ両名の本日の日記。

この六月に2冊目刊行とあいなっております。

で、このたび、
新刊となりました「日記本2」の試し読みのページが出来ましたので、試し読みにいたるまでの手順を御報告いたします。

上に日記本の写真ありますでしょう?
ここをクリッククリック!
アホな日記の中身が一部読めますですよ、はい。

来週中には、携帯からも読めるようにいたしますので、
どうぞお楽しみに。

ということで、本日は商魂たくましく、
販売促進の営業日記でございました!

本日、札幌もあついです。
ことしもHTBは、YOSAKOIで熱いです!
北海道にお住まいのみなさん。
明日あさってのYOSAKOIは、HTBで!

今年も日曜のファイナルはHTBでご覧くださいませ!




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当ホームページの日記をまとめた「本日の日記2」。ローソン・ロッピー端末で予約受付中!【商品番号:581364(後輩寒し!】



(13:10 嬉野)

2009年6月12日(金)

はい。
嬉野であります。

藤村先生。昨日は日曜にも係わらず自主的に出社!
そして日がな一日DVD編集に邁進!

本日も出社。邁進!
明日も出社!邁進!
あさっても出社!(あたりまえか)

しかしながら、かつて無いまでの邁進ぶりであります。
それほどまでの過密スケジュールでの作業ぶり!

しかしながら面白いのだそうです。

やり始めると止められんのが「どうでしょうの編集」であります。

いったい我々は、あの六年間、何をしていたのでありましょうか。いったい何がそんなにいつまでも面白いのでありましょうや。謎多きローカル番組「水曜どうでしょう」!

そして本日も告知!
「日記本2」の試し読みのページが出来ました!
試し読みにいたるまでの手順をこの場で御報告いたします。

上にある日記本の写真をクリッククリック!
そうするとアホな日記の中身が一部読めます、はい。

今週中には、携帯からも読めるようにいたしますので、
どうぞお楽しみに。

YOSAKOIも終わりました。
たくさん見ていただけたようで視聴率も20%を越えました。
ありがとうございました。
踊り子の皆さんお疲れ様でした!
今年も平岸天神さん優勝でございました。
おめでとうございました!

それでは、本日はこれまで。
解散であります!



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(18:22 嬉野)

2009年6月17日(水)

嬉野です。

奥さん。

「日記本」のお試し読みのコーナーが好評です。

あれをお読みになって「あら、おもしろそうね」と、予約される奥様方が続出です。
いやぁ思いついたことはやっておくもんですね。
実に我々の思う壺の展開です。ありがたい。

ということでね、
あまりですねぇ、
こういうふうな調子に乗った書き方をしておりますとですねぇ、
怒りに近いお叱りを受ける時代でございますので、大概にして。

あ。そうだそうだ。携帯からもですねぇ、
お試し読みできるようになりましたからねぇ、
ぜひ、そちらからもごらんください。

「あら、おもしろそうね」ということでね、
携帯からも、またぞくぞくと…。

いやいや…そうじゃない、そうじゃない。

さてと、いうことでね。

この前ね、「小さなお悩み募集係り」宛てにね、

「死ぬ事と生きる事はどっちが大変なのでしょう」

みたいなのがありました。

いろんなお悩みがあるもので。
そんなこと私なんかに聞かれてもという話ですが。
第一ね、小さいかい?テーマ的にそれ?

ただね。
我々生きている人間は、どっかでね、
死ぬということも、生きる事の延長として考えている節があるなぁ、と。ある時、そう思ったのでございます。

その話をこの際しますよ。

戦時中の話ですが。
「大陸打通」という作戦があったそうで。
詳しくは知りませんが、NHKの番組で見て知ってね。
私は、ひじょうに興味深く当時の兵隊さんの体験談を聞いたわけです。

その「大陸打通」という作戦が、また実にひどい作戦で。

どこから話を始めれば好いのか。
つまり、その、肝はね、石油の話なのです。

飛行機も軍艦も、みんな石油を燃料にして動くものですから。
どんなに凄いものでも石油が無かったら動かない。
最新式の高価な飛行機も巨大な軍艦も高性能な戦車も、
石油が無かったら動かない。
動かなかったら、とにかくただのガラクタです。

そんなバカな!あんなに予算を使って作ったのに!

だって動かないんだから活躍出来ないでしょ!
そーでしょ!
敵を前にして動かなきゃ!そんなもんガラクタでしょう!

そりゃそーだ…。
よし!だったらなんとしても石油の確保だ!

しかし、その石油資源が日本には無かった。

だから日本には、石油資源を求めて南方へ進出していったという歴史があるわけです。

太平洋戦争で、そんな日本がアメリカに押されて、
負けだして、日本軍は飛行機もほとんどアメリカ軍に落とされて、軍艦も沈められて、空も海もアメリカ軍に制されて。

そんな不利な状況で、日本から、のこのこタンカー出して南方まで出掛けようものなら奥さん、途中で偵察機に発見されて、潜水艦の魚雷にアッサリ沈められてしまうわけでね、八方塞ですよ。

こんなんで、どうすれば南方まで石油調達に行けるのだ、といった状況に追い込まれて、そこで窮余の一策で思いついたのが「大陸打通」という作戦だったそうで。

つまり。言い分はこうです。

空も海もアメリカに押さえられているからといって、
手をこまねいているわけにはいかんだろう!
そーだ!
だったら陸路で行こうじゃないか!

と、いうことだったそうで。

つまり中国大陸を南に歩いて、
徒歩でベトナムあたりまで行くということでしょうか。

遠足で、行く先がベトナムというのはべらぼうです。
そんなこと聞いたら全校生徒がびっくりします。

ブンブンクンバンなんてもんじゃないですよ。
普通の神経だったらだれも思いつかない発想でしょう。

でも戦争に負けてると、責任者はだんだん神経が普通じゃなくなっていくんでしょうか、思いついちゃった。

で、日本軍は、徒歩で「大陸」を南下し、途中にあるアメリカ軍の陣地を撃破する。そして南方への道を「打ち通す」。
そこで「大陸打通」という作戦名がついた。

で、その行程、徒歩七ヶ月と聞きました。

七ヶ月!

七ヶ月かけて歩いて、そこで戦争をして帰って来る。

帰りはまた七ヶ月かかるんでしょうか???

「打通」に成功したとして、南方の石油は人が背負って日本まで持って帰るんでしょうか????

みたいな話でね。
成功しても意味の無い作戦だったわけです。

とにかく片道七ヶ月歩くって考え方が尋常じゃない。

けれど、その尋常じゃない作戦が正式に発令され、
正式に命令を受けたからには、兵隊は実行するしかなかったという時代だったそうです。

その行軍が悲惨だったと、お爺さんになった兵隊さんはテレビカメラの前で語っておりました。

行軍を急ぐあまり、不眠不休に近い状態で兵隊は歩かされる。
両肩にたすきにかけた重いカバンの紐が歩くたんびに肩で擦れる。
やがてそのうち赤く腫れ、皮がむけ、出血し、傷になる。
それでも歩き続けるから、また擦れて、傷は深まり、傷口は膿んでくる。それでも兵隊は歩かされ、傷口はまた擦れて、傷は、ますます深くなる、しまいには膿んだ傷口から蛆虫が涌いてくる。

ゆっくり眠る事もできない。
お布団で休む事も無い。
食事も満足な物は食べられない。
お腹を空かせて。
楽しみは無い。
ただ毎日苦しくてたまらない。
だけど、苦しい毎日は終わらない。
いつまでたっても苦しさから解放されない。
苦しくてしょうがない。
辛くてしょうがない。

「や~めた」とは言えない時代だったのです。

逃げたら脱走兵です。罪人です。銃殺かもしれない。
でも銃殺されてそれで終わりじゃない。
国の家族は罪人の家族と言われ、親兄弟、親戚に迷惑が掛かる。世間から非国民と言われ、差別され、大好きな親兄弟に悲しい思いをさせる。親不孝はしたくない。小さな兄弟たちを泣かせたくはない。もう、逃げてくとこなんかどこにもない。

それに自分だってお国のためにこんなに頑張ってきたのだ。それなのに、ここまで来て罪人のように言われたくはない。
でも、この苦しさからはもう解放されたい。もう耐えられない。
それでも、今日も明日も歩き続けなければならない。

苦しいよぉ苦しいよぉ。

やがて、疲れた兵隊たちから、悲しい声が洩れてくる。

「なぁ、死んじゃいかんのかなぁ」
「死にたいなぁ」
「死なしてくれんかなぁ」と。

みんな真剣な目をして死を考え、死を望むようになるのだ、と。

その話をねぇ、聞きながら思いました。

人が死にたいと思う時、
それは生きているのが苦しいからなのだと。

生きているのが苦しくて苦しくて、逃げ場も無く、
我慢できなければ、人は真剣に死にたいと思うものなのだ、と。

そして、人が真剣に死にたいと思うのは、
死んだら楽になれるはずだと、そう思うからだ、と。

死なずに楽になれる道が他にあれば、
誰も死にたいとは思わない。
誰も死ぬことなど思いつきもしない。

楽になりたい一心で、
人はある時、死ぬ事を真剣に考え始めることがある…。
だったらそれは理解できることだと。
あの時ぼくは妙に納得したのです。

今はもう、大陸打通を命じられる時代ではないけどね。
それでも死にたいと思う人はいる。

自分の人生が苦しいというのは、それぞれの主観ですが。
それぞれの苦しみは、それぞれの人の胸の中で猛烈に炎上しているはずなのだから。だから、その人たちは毎日その火に焼かれているのだろうなぁと思うのです。

泊まってるホテルが火事になって、
気がついたら自分の部屋まで燃え出していて、
熱い熱い火炎に煽られて、火に追い詰められて、
でも自分の部屋は地上20階で、
窓から飛び降りたら、自分の命がどうなるかなんて、
分かりきったことですが、
それでもね、もうだめ、もう焼かれる、
そう思うところまで火の手が寄せてきたら、

ぼくらは、一人の例外も無く、
窓から飛び降りるのではないでしょうか。
たとえ死ぬと分かっていたとしても。

ぼくらはただ、耐えられない苦しさからは逃れたいのですよ。
楽になりたいのです。

あぁ。
それは、誰の心にもあることだなぁと、
当たり前のこただなぁ、と、その時思ったのです。

死ぬ事と生きる事と、どちらが大変ですか?

だから答えはこうです。

自分が楽になる道が、ほかに何一つ見つからないと思えば、
人は死にたいと思うということです。

反対に、生きていて苦しくもないのに死にたいと思う人はいないのです。

幸せなら、誰だって生きていたい。そう思う。
不治の病で死をほのめかされれば、誰もが死にたくないと思うように。だれだって、本当は死にたくは無いです。

でも、死ぬほかに自分が楽になれる道が見つからないと思ってしまえば、やがて人は死ぬ事を真剣に考えるようになる。
考えたくもない悲しいことを考えるようになるのです。

その状況は悲しい。
でも、そう考えることはまったく不思議なことではない。
まったくおかしなことではない。
精神を病んでのことではないのです。

人は、状況次第では、そう思ってしまって当然だと。
この頃ぼくは思います。

だから「死ぬなんてダメだ」とは、
ぼくは、もう言えないでしょうね。

「死にたい」と思っている人の心の中の炎上を思えば、
無理も無い、そうとしか思えなくなってしまったのです。

その人は逃げ場も無く、ひとりで火に怯えているのだろうと思うから。

でもね、この世には、死んだ人はいないから。
死んだ人は、もうどこにも生きていないから。
死というものが、どんなものなのか、それは誰にも聞けないことなのです。

楽になりたいと思って死んだとしても、
死んでいった人たちが、
そのあと楽になれたかどうか、それを保障してくれる人は、どこにもいないし、語ってもくれない。

死にたいと思うのは、
いつの世も、
ひとつの例外も無く、
生きている人なのです。

その生きている人、つまりぼくらが、人生に悩み、苦しくてたまらなくなってしまったある時から、真剣に「死ぬ事」を考えるようになるのなら、

その時、生きているぼくらは、
「死」に、ある種の「解放」を期待するようになっているのです。

その時の「死」は、だから、
あくまでも「生」の延長として、
ぼくらに認識されているはず、だと、ぼくは思います。

なぜなら、「楽になった」とホッとできるのは、
生きているぼくらだけなのです。

ホッと安楽に安堵できるのは、生きている限りのことなのです。

それくらい、
生きているぼくらは、死を経験することはできない。

違うでしょうか。

だからぼくは思うのです。
ぼくらが望む時の死が、「安楽」や「解放」を望んでのことであるのなら、その「死」は、どこまでいっても生の延長でしかないのだと。

だから。
生きる事と死ぬ事はどちらが大変なのだと、
生きているぼくらに、比べる事など、できはしないのです。
それくらい、生きているぼくらは、本当の死のことなど理解することは出来ないのだと思うのです。

ぼくらが願望する死は、あくまでもぼくらが用心深く渡る、生というロープの一部に張り付いているものでしかない。
そこでロープを踏み外したとても、落下した先に、ぼくらの疲れた身体を柔らかく支えるネットを期待するのは幻です。

ぼくらが「死にたい」と思うのは。
ぼくらが皆、日々を幸福に生きていたいと切望する者だからです。
幸福でありたいと望む者、それが、人という生き物だと、思うのです。

他人の心の内がどうなのか。
それをほんの少し思うことなら、ぼくにも出来る気がします。
出来ない事は出来ないと、ぼくはドライに考えるけど、でも、出来ることはすべきだと思っています。

誰もが、出来る事をするなら、世の中は、ほんの少しかもしれないけど優しく穏やかになるのではないでしょうか。
それだけで、ある人には逃げ道ができるかもしれない。
そうしたら、窓から飛び降りる事はしないで済むようになる。

そんな気がします。

いずれにしても当事者にならなければ分からないことがある。
そして、いつぼくらは当事者になるか分からない。

ぼくらの状況はそれぞれだけど、
ぼくらは、皆、同じ立場に身を置いているのです。

いざとなれば、皆、同じ身の上なのです。

そんな気がします。

ま。あれだな。
こんな事書いたら、また世間の人に叱られるな。
まぁ、いいか。

じゃ、奥さん。
本日はここまでだ。
また明日ね、解散!



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(18:47 嬉野)

2009年6月18日(木)

嬉野です。

藤やんは今日も編集で追い込んでいるから日記を書けない。

分かりますね奥さん。

それで、嬉野さんが今日も日記を書きますが、

「私は藤やんが好いです」。とか言われても困るわけだよ。
分かりますね奥さん。
好いじゃないのよ嬉野さんだって。
と、いうことでね。

本日も書き進めますが、

さてと。

福岡伸一さんの「生物と無生物のあいだ」という本を読んでまして。
分子生物学のことなんかが書いてあってね。
どうしてだろう、読んでいると引き込まれるよ。
おかしいよね。内容をちゃんと理解できているか怪しいのだよ。
だって、ここで書けないもの。
こんなことが書かれていますって。
だから、所詮は分かった気になっているだけのことだろうと思うのだよ。
でもね、それにしても夢中で読んでいるのだよ。

ぼくの家系はね、奥さん。
文系なのだよ。理系のかけらも無いくらい文系なのだよ。
でもなんだろう。
理科的なものに心強く引かれることがあるよ。

20代の頃にライアルワトソンさんの「生命潮流」という本が流行ったことがあったよ。
1980年代だったね。
あれを読んでからのような気がするよ。

その頃の嬉野さんは気持ちが孤立していたね。
そういう気持ちの人間に自然科学は合っていたのかもしれないと、今になって思うよ。
自然の営みには一定の秩序があるからね。誰かが報われて誰かが報われないということなどないのだよ。全てのものがおのおのの働きを続けて秩序があるからね。ぼくら人間の体のしくみにしたっておそろしく巧妙に考えられているよ。その仕組みを科学者がこつこつと解き明かしていく。謎が謎を呼ぶようなミステリーの世界だよ。

そしてこの世にあるものの全てがさ。物理学の法則に乗っ取っていて、どんなに巧妙な人体の仕組みでも全ては物理学で説明のつくことなのだそうだよ。

それでもね。それでもと、ぼくは思うのだよ。

そんな巧妙な事を、いったい誰が考えたんだい?と。

そのことを思うとね、急に神秘という不確かなものが顔を出すよ。
その辺りが、嬉野さんには、たまらないのかもしれないよ。

いずれにしても、自然科学系の本を読みつけていると、気持ちが孤立したときに心が和むよ。分子というものは、ずいぶん忙しく働いているようだからね。ぐれたり、すねたり、ずるしたり、いじめたりする暇が無いのだろう、だからだろうかね、読んでいて、心が健全になるよ。好いものだよ。お勧めだ。

じゃ、奥さん。
また明日。解散。

あ。そうそう。
あれから、毎日、ちゃんと掲示板は読んでるから、書きたいことがあったら書き込みましょう。話は聞きます。

「日記本」のお試し読みのコーナーが出来ていますので是非ごらんください。携帯からもアクセスできます。


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(16:15 嬉野)

2009年6月19日(金)

うです。

じゃぁ奥さん。また来週!(笑)

解散!


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(17:51 嬉野)

2009年6月23日(火)

ただ今、出張中でございます。
すみませんが、みなさん、お留守番よろしくお願いします。

じゃ。
ということでね。解散。

ごくろうさん。



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(17:22 嬉野)

2009年6月25日(木)

嬉野です。

出張から戻りました!
札幌も盛夏になっておりました!

愛想無しでしたが、
また明日から、よろしくね。

じゃ、今夜のところは、
晩御飯を食べに帰ってもいいですか。
好いです。
そーですか。

解散!



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(19:51 嬉野)

2009年6月26日(金)

嬉野です。

さて奥さん。
『本日の日記2』が今日から発売となりますのでね、
ロッピで1回目予約をしていただいたみなさんは、
さっそくローソンさん店頭でお受け取りください。
2回目予約の方々は7月3日よりのお受け取りとなります。
そして本日より店頭にても販売とあいなります。

販売場所はHTBオンラインショップ。
HTBグッズ取扱店さん。
加えて、今年も全国の紀伊國屋書店さん。
三省堂書店さん店頭にも並びます。

『本日の日記2』。これ本当に面白いのでどうございます。
どうぞお求めくださいませ。

さぁそして、続きましてのお知らせは。
現在藤村Dが鋭意編集中の水曜どうでしょうDVD第12弾の発売日!
これが、今秋10/28(水)と決定されました!
ですので、いよいよ来月7/15(水)より予約開始とあいなります。
諸君討ち入りの日も近うございますぞ!用意は好いか!心して掛かられませ!

『香港大観光旅行』
『門別沖 釣りバカ対決』
『北極圏突入~アラスカ半島620マイル~』

どうでしょうDVD史上最長11話収録の長尺ものとなります『どうでしょうDVD第12彈』。
ローソンロッピー1回目の商品番号は「301779」でござる。
価格は4,179円(税込)、総再生時間4時間以上(予定)、
予約特典ポストカードセット(10枚入)付。

どうぞよろしく。

(11:37 嬉野)

2009年6月29日(月)

はい嬉野です。

2003年のどうでしょう班の動向が分かる、
「日記本2」が現在、おなじみの各所にて発売中です!

→HTBオンラインショップ。
→HTBグッズ取扱店さん店頭。
→全国の紀伊國屋書店さん店頭。
→全国の三省堂書店さん店頭。各所にて!

村上春樹先生の「1Q84」をお買いになるおついでに、
うれふじの「日記本2」も「なんだこれ?」と思いながらもお手にとられまして、あとは深く考えずにそのままレジの方へどうぞ。

ということで、先週末に「日記本2」のローソンさんでの受け取り及び店頭販売が始まりまして、さっそくお読みいただいたようで、思いのほか多くの感想をいただいております。
で、読みましたらね、皆さんに好評だったようで、好かったなと安堵したしだいでありますよ。掲示板も更新しておきました。

「写真集2」の売り上げにも影響している様子でね。
たしかに「日記本2」を読むと、写真集制作当時のことが熱心に書かれておりますから「写真集2」をお持ちで無い方は見たくなるのは人情でございますね。好いあんばいでございます。

ただ、楽しみにローソンへ受け取りに行かれて、
なぜだか受け取れなかった方が複数名おられたようで。
無念の涙を流されておられました。
お気の毒と言うよりほかなしでございます。
人間ですからローソンさんにも手違いという物はあります。
堪忍できぬ堪忍、するが堪忍でございます。
はらわた煮えくり返しつつも、そこは大人顔で、こらえてくださいますよう。
苦情もね、書いてスッキリするようなタイプの方は、掲示板に怨嗟の声をどしどし送っていただければ、私が読みますので遠慮なくどうぞ。で、書いた最後に、「あぁ書いてスッキリした!」という一文を忘れずに。

DVD第12弾の予約開始も来月7月15日(水)からと決まりましてね、予約番号→301779の語呂も、ちいっとも募集してなかったのに多数寄せられておりました。
このあたり古株のみなさんの天晴れ見上げた心意気でございますな。

さて、その中に、かそけき婦女子の方より送られた語呂で、
以下のようなものがありました。

【30(すぎて)いななく→301779】

激しいです。パッションですね。
なにを30も過ぎてからイナナクのかと思われるでしょうが、
やっぱり何がしかの決意表明でございましょう、
イナナクのでございますよ。30過ぎはね。
ヒヒーん!と、
パオーん!と。
意味不明でも好いじゃないか!と、
心意気だろう!と、いうね、
明快な意思表明ですよ。
気持ち好いですね。

じゃ、奥さん。
今日のところはこの辺で解散。

また明日。


(18:08 嬉野)

2009年5月の日記2009年7月の日記