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「香川びっくりうどん紀行」第1話

藤村 | 2002. 1/24(THU) 15:10

 

 一度だけ、嬉野くんとふたりで旅をしたことがある。

 あれは、嬉野くんが、それこそ何かに取り憑かれたように「四国R-14」の脚本を書いていた、2000年の夏のことだ。

 あらかたストーリーは出来上がっていたようだが、

 「肝心のラストシーン、結末がね、全然見えないんですよ・・・どうしましょうか」

 なにやら「他人ごと」みたいに言い放ち、

 「やれやれ困ったもんだ・・・」

 なんて言いながら、いくつかのマンガ本や、「日英同盟」なんて歴史本を読みふけり、明らかに現実逃避を始めた・・・。そんな時期であった。

 「そんな時期」ったって、のんきにしてる時期でもなく、早いとこ先生に書き上げていただかないと、撮影の準備も始められない。

 多少の焦りを感じた私は何度となく先生をせっついた。すると先生は、

 「やっぱりこういう時は、現場に行って、イメージを膨らますものじゃないかなぁ」

 「日英同盟」から顔を上げて、そんなことを言った。

 「なんだい?四国行ったら、ラストシーンも見えてくんのかい?」

 「だと思うんだよねぇ・・・こういうものは」

 またしても「他人ごと」みたいな言いっぷりで、彼は無責任に「四国行き」を希望した。

 確かに高名な作家先生なら、ふらりと現場に赴いて、「うむっこれだッ!」なんて良いアイデアが浮かぶ・・・ありそうな話だ。

 しかし、にわか脚本家・嬉野くんの、そんな「作家気取りの執筆旅行」に、会社が金を出すはずもなく、だからと言って、このままじゃ嬉野くんの「日英同盟」が読み進むばかりだと痛感した私は、結局のところ、

 「さぁ!待ちに待った脚本が完成しましたぁ!もうね、さっそくですけどね、四国にロケハンに行ってまいりま~す!」

 会社に大ウソこいて出張届を提出し、嬉野くんとふたり、四国・香川へ旅立ってしまったのである。

 
 高松空港に降り立つと、嬉野先生は、なにかに解き放たれたかのように、楽しげだった。

 「藤村くん、うどん食いましょうよ!うどん!」

 空港でレンタカーを借りてるそばから、先生はうるさかった。

 ふと見ると、カウンターの上に、「ご自由にお持ち下さい」と書かれた高松市内の案内図と並んで、「オススメ!うどんマップ」なるものがあった。

 私は、何気なく一枚をポケットに突っ込んで、先生とふたり、小さなレンタカーに乗り込んだ。

 「まずは、例の寺に行くか」

 「うどん食ってからね」

 「はぁ?なに言ってんのよ!」

 「いいじゃないの。うどんぐらい」

 「おい、あんた大丈夫か?ちゃんと台本書き上げなよ。こっちは会社にウソついて来てんだから」

 「大丈夫ですよ」

 言いながらも嬉野くんは、楽しそうだった。

 後部座席には、いつものおふたりが座っているわけでもなく、嬉野くんはカメラを回すわけでもない。

 「お気楽な旅」に見える「どうでしょう」だが、そうは言っても嬉野くんも私も、ロケ中はかなりな緊張感があるものだ。

 今回は、仕事でありながら、仕事でないような・・・んなこと言ったら怒られるけど、そんなあやふやな旅だった。

 「おっ!うどん会館なんてものがあるぞ!」

 前方に大きな看板が見えて来た。

 「行きますか」

 「行きましょう、行きましょう」

 うどん会館は、やけに広く、がらんとして、客はいなかった。

 「ぼくは、肉うどん」

 嬉野くんのうどん発注率、そのおよそ7割は「肉うどん」が占める。

 ついでに言えば、彼の外食率、その9割は「カレー屋」が占める。

 ならば「カレーうどんにすりゃいいじゃないか」と思うが、カレーうどんは食わないらしい。「うどん」といえば「肉うどん」だ。

 しかし残念ながら、うどん会館の「肉うどん」は、特に美味くもなかった。

 「なんだよぉ・・・」

 先生は、気分を害したようだった。

 「そういえば・・・」と、私はポケットの「オススメ!うどんマップ」を取り出した。

 今思えば、この一枚の手書きのプリントが、

 「素晴らしき!奥深き!尊敬に値する!讃岐うどんの世界!」

 その入り口に、我々を導いてくれた「バイブル」だった。

 それで、だ。

 ここで諸君にひとつ言っておかなければならないことがある。

 これから「素晴らしき!(中略)うどんの世界」を、「我々の実体験」を元に語るわけだが、実は、これを読んでしまうと、あなたが「本物の讃岐うどん」に出会った時の感動を、「半ば失う」ことになる。

 我々は、皆さん同様、「四国のうどんは美味い」ぐらいの印象しか思っていなかった。

 せいぜい「山田家さんのざるぶっかけは美味い」「それより高知のいろりやさんの方が美味い」。そんなもんだ。

 実は、その程度の予備知識で「本物の讃岐うどん」、いやこの場合「讃岐うどん屋」に飛び込んだ方が、「その時の驚き」と「感動」は大きい。

 我々の体験を、皆さんがこの場で「擬似体験」してしまうと、「驚き度」は当然低くなるのだ。

 「ならば、将来香川を訪れる、その時のために、これ以上は読まん!」

 かたい決意をしたあなた。

 あなたには、こう申し上げておこう。

 「余計な本は買うな。四国のロードマップを1冊購入し、『飯山町西坂元』の『中村』といううどん屋へ行け」

 もしくは、

 「坂出市横津町3丁目の『彦江』に行け」(こっちの方がオススメ)

 きっと「讃岐うどんの世界」、その「真髄」を理解できるハズだ。

 まぁ、そうは言っても、

 「うーむ!オレは読み進むべきかッ!」

 眉間にシワ寄せて悩む必要もない。

 我々だってまだ「ディープな讃岐うどん界」の入り口に立ったばかり。全てを理解したわけではない。ここまで読んだら、軽い気持ちで読み進んでもかまわん。

 さて、「オススメ!うどんマップ」を、テーブルに広げてみると、うどん屋の店名と、その「ひとくちメモ」が、左右ズラリ書かれていた。

 中にひとつ「肉うどんがオススメ」と書かれた店があった。

 「おっ!嬉野くん、これ・・・」

 「あっ!肉うどん!」

 「行くか?」

 「行きます」

 「じゃぁ、ここ寄ってから、寺に行こう。ちょうど途中にあるし・・・」

 「行こう!行こう!」

 「よし、よし」

 とりあえず、先生のご機嫌が直らないことには、執筆活動もままならない。どうせ「寺への道中」。我々は、もう一軒、うどん屋に立ち寄ることにした。

 地図通りに進むと、その店はすぐに見つかった。

 「飯野屋」という。

 店先ののぼりには、誇らしげに「肉うどん」と書かれてある。

 「やややっ!のぼりにも肉うどんとは!」

 「これは、期待できますよ」

 先生のご機嫌も急上昇。

 店に入ると、さっきの「うどん会館」とは打って変わり、お客さんが多い。

 「もう昼時をとうに過ぎているのに、この賑わい!」

 「藤村くん、これですよ!」

 おばちゃんが来た。

 「ハイ!なんにしよります?」

 「肉うどん!」

 「ハイ!肉うどんね、そちらは?」

 「こちらも肉うどん!大盛りで。」

 「おっ・・・藤村くん大盛りかぁ」

 「あんまり、あんたが肉うどん!肉うどん!ってうるさいから、本当に肉うどんが食いたくなったんだよ!」

 先ほど来、私の味覚は、「うす口のダシ汁に、肉の油がほどよ~くとけこんだ、おいし~い肉うどん」、その理想像をやけにリアルにイメージ・・・

 「ハイ!肉うどんね」

 「早っ!」

 半分イメージしたところで、早くも肉うどん登場となった。

 見れば、イメージした通りの「理想的な肉うどん」。

 「食いますか」

 「食いましょう」

 ずず~っ。

 「あっ・・・」

 「ウマイこれ・・・」

 ふっふっ~。

 ずず~っ。

 「いやぁ!うまいコレ!」

 ごくっ。

 「くぅ~っ!全部、ツユ飲んじゃったよぉ~」

 我々は、たいそう感激した。美味い肉うどんを食った。

 「なかなかやるじゃんか!このうどんマップ!」

 私は、マップを広げて、「肉うどんがオススメ」と書かれたその店に、大きな丸をつけた。

 「よし、合~格!」

 左右あわせて20ぐらいある店のひとつに丸がついた。

 「うーん・・・まだたくさんあるなぁ」

 もう・・・お気づきであろう。

 
 この時点で、私にとって「先生の執筆活動」なんてもんは、

 「あんたが、夜中にひとりで書けばいいじゃないの」

 ぐらいの極低い地位に追いやられており、それより目下の最重要課題は、

 「ここにある20店、全てに合格マークをつけたい!いやッ!つけねば!」

 という個人的な「チャレンジ」に完全に移行していた。

 「さぁ!嬉野くん!次はどこにしようか!」

 「寺は?」

 「いいよ」

 「・・・」

 「おっ!これはなんだ!」

 「・・・?」

 「裏庭から、自分でネギを取ってくるうどん屋・・・」

 「自分でネギを?」

 「裏庭から取ってくるんだと!」

 「どういうことだ・・・」

 「どういうことだろう!」

 「行って・・・みるかい?」

 「あ?」

 「行き・・・ますね?」

 「行きます!」

 すぐさま車に戻った我々は、もうなんのためらいもなく、寺とは反対方向の、そのうどん屋へ向かった。

 
 そのうどん屋。店名を「中村」といった。

 【つづく】

 いやぁ、いい気になって書いてたら、ものすごく長くなったので、今回はここまで。次回、いよいよ!「讃岐うどんの素晴らしき世界」へと、みなさまを誘います。