さて、「ドラマの脚本書き」を目的に、初めて嬉野くんと二人で旅をした四国・香川。
そこで体験した「恐怖ドラマ」とは、一切無関係な「讃岐うどん」の驚くべき世界。
今回は、その第2話である。
(第1話を読んでいない諸兄は、「新グッズ情報の前に、キミらにひとこと言っておく!いいか!カレンダー買ってくれ!」コーナーの前に掲載した文章を読んでいただきたい)
じゃ、第2話。我々は、「中村」といううどん屋を目指し、車を走らせてた。
「裏庭のネギを自分で取ってくるってか・・・」
レンタカー屋に置いてあった「オススメ!うどんマップ」を見ながら、私は想像をふくらました。
裏庭から自分でネギを取ってくるうどん屋・・・飯山町西坂元「中村」
マップには、そう書かれているだけだった。
「きっとあれだよ、有機栽培かなんかしてるネギを出す、コダワリの店なんだよ」
私は、脱サラした都会育ちの若夫婦がやってるような、ちょっと気取ったうどん屋を想像した。
「でも、客が自分で取りに行くってかい?」
「まぁ、一種の農業体験だね。それもまたコダワリ。」
20分ほど走っただろうか。
「藤村くん、その橋渡ったら、右へ入って」
道路地図を見ながら、嬉野くんが言った。
「よしよし・・・これか?」
「これ・・・ですね」
「よし!」
車は、住宅街の細い道へと入った。
「相変わらず狭めぇな・・・」
とりあえず四国へ来たら、この一言は言っておかなければならない。
「さぁ!このへんにあるはずですよ!中村さん!」
「よーし!」
我々は気合充分、その細道を進んだが、ややしばらくすると空き地に突き当たり、道はそこでプッツリ途切れてしまった。
「あれま・・・」
「あれまじゃねぇよ。あんたホントに地図読むのヘタだもんな。」
どうでしょう班では、大泉さんが「地図も読めないバカ」としてつとに有名だが、さすがに彼も「5年間バカ呼ばわり」されているうち、最近では、そこそこ地図も読めるようになってきた(まぁ、相変わらず他分野では頭抜けたバカだが)。
で、彼のその著しい成長の裏で、現在「地図も読めないバカ王」の座に君臨しているのが、この嬉野くんだ。
「ほら!地図貸してごらんよ!」
もはや「バカ王」に任せてはいられない。
「大丈夫だって!」
「ウソつけ!じゃ、なんでうどん屋ないのよ!」
「知らねぇって!」
・・・車内は、一気に険悪なムードとなった。
「ほら!この住所・・・」
憤然としながら、嬉野くんが地図を差し出す。
「ん~と・・・西坂元・・・そうだな。確かにここら辺だな」
「そうでしょ!だから言ったでしょ!オレは間違ってないの!」
勝ち誇ったように「地図バカ」が怒鳴る。
「ん~・・・じゃ、あれだ。あんたがどっかでうどん屋の看板見逃したんだ」
「オレかよッ!」
「バカ王」の、すっとんきょうな怒声を無視して、私は車をUターンさせた。
「いいかい?もう1回行くからね。今度は見逃すなよ」
「あんたもね」
「・・・」
お互い嫌味を言いながら、来た道を戻る。
「ここらへんだぞ・・・」
「あるか?」
「ないなぁ・・・」
「ちゃんと見てんの?」
「見てるッ!」
窓に顔をへばりつけたまま、嬉野くんがまた怒鳴る。
結局、その道を2往復し、さらに念のため周辺道路もくまなく走ってみたが、目指す「中村」なるうどん屋は見つからなかった。
「いいかい。最後にもう一回だけ行くよ」
「いいよ」
「これで見つかんなかったら、寺行こう」
「そうだよ。こんなことしてる場合じゃないんだよ」
そうなのだ。こんなとこでケンカしてる場合じゃないのだ。我々は「ドラマの脚本」を書きに四国へ来ているのだ。
「じゃ、行くぞ」
「よし!」
早いとこ「中村」なる「コダワリのうどん屋」を見つけて、脚本に着手せねばならない。
「中村、中村、と・・・」
「中村、中村・・・」
「おっ」
「どした!」
見ると、右手前方。奥まった住宅から、ひとりの若い男が出て来た。
「人がいるよ・・・」
これまで道を聞こうにも、昼下がりの住宅街に、人影は見あたらなかったのだ。
「聞いてみるか」
嬉野くんは、スーっと窓を開けて、奥の住宅からこっちに向かって歩いてくる、その男に向かって声をかけようとした。しかし・・・
「あれ?」
その男。
突然、進行方向変えると、なにを思ったか、住宅前の小さな空き地に入り込み、そして、カシャカシャ写真を撮りはじめたのだ。
「なに撮ってんだ?あの人・・・」
どう見ても、その被写体は、住宅の前に建つ「物置」らしき建物。もしくは、その物置に立てかけられた「インテリアカーテン・スマイル」と書かれた朽ち果てた看板である。
「んっ!」
その時、私は直感した。
「あれだッ!」
「なにが?」
「中村だよ!」
「えぇッ!どこに!」
私には、確信めいたものがあった。長年、「食」にこだわり、「美味い店」に巡り会うことを至上の喜びとしている私の、言葉では説明できない「カン」である。
「あの物置の向こう側に中村があんだよ!あいつは観光客だ。うどん屋巡りかなんかしてる観光客だ!」
「そうか・・・」
そして同時に、私にはうどん屋「中村」の全体像が鮮明に浮かび上がった。
「中村は、文字通り『隠れた名店』なんだ!」
・看板を出さず、わざと人目を避けるように営業するコダワリの店「中村」。
・瀟洒な和風建築の名店「中村」。
・メニューは「お昼の讃岐うどん懐石コース・3000円」のみ。
・なんなら祇園の割烹の如く「一見さんお断り」と、ふざけたことをぬかす高級店。
その名も「うどん割烹・中村」。
「そうか・・・でもあいつ、そこの物置撮ってんぞ」
「知らんけど・・・とりあえず車停めよう。どっかに駐車場があんだろ」
どうやら「うどん割烹・中村」は、右手奥に見える物置の、そのまた奥に隠れているらしかった。
そこに辿り着くためには、とりあえずどこかに車を駐車し、住宅の軒先をかすめるように続く「細い路地」を歩く必要があるかと・・・
「うわっ!車出て来たッ!」
「どっどこ走ってんだ!こいつ!」
「歩く必要がある」と思われた、その軒先の路地を、一台の車が、それもクラウンが!道いっぱいにうわん!うわん!いいながら走り出て来たのである。
「おい!ここ走っていいのかよッ!」
「四国と言えど・・・これはスゴイ!」
北海道では考えられない「四国マジック」に驚嘆する我々を尻目に、その白いクラウンは、「どうも!」ってな感じでクラクションをひとつ鳴らし、平然と出て行った。
「藤村くん、ここ・・・行くのか?」
「クラウンで行けて、このヴィッツが通れんハズないだろ」
言いながらも、その路地のあまりの細さにたじろいだ。
「右・・・大丈夫?」
路地の入り口、右コーナー。明らかに「後輪を巻き込む位置」に、ドラム缶が置いてある。しかし、ここをクリアしないことには、その路地には入り込めない。
「な!なんで!このきわどい位置にドラム缶を置くんだ・・・」
「ギッ・・・ギリギリだッ!藤村くん・・・!」
「くッ・・・」
「ヨシ!抜けた!・・・あぁっ!左!落ちる!」
「くッ・・・」
もし今、前方から人が歩いてこようものなら、申し訳ないが、轢き倒して進むしかない。それほどびちびち。でも、そうしないと「中村」には辿り着けない。
「人目を避ける」どころか、明らかに「人の進入を拒む店・中村」。いやがおうにも期待は高まる。
進行方向奥に、ようやく広いスペースが見えてきた。そこに2台の車が停まっている。
「やっぱあそこだ・・・」
車は、先ほど男が写真を撮っていた「物置」の前にさしかかった。
「あっ・・・」
嬉野くんが小さく驚いた。
「なに?」
すかさず私も目線を、その物置に送った。
「あぁーッ!」
「ねぇ今見た?」
「見た!」
「うどん・・・ゆがいてたね」
「ゆがいてた!物置の中で!」
なんと!「物置」だとばかり思っていた、その建物の奥に、棒っこをぐるん!ぐるん!掻き回して、一心不乱にうどんをゆがくおじさんの姿が、チラッと見えたのだ。
「あれが店か?」
「違うでしょ・・・」
我々は、周囲を見回した。
しかし、そこに「店らしき」ものはなかった。ましてや、瀟洒な和風建築の「うどん割烹」など微塵もなかった。
あるのは、普通の住宅と、その「ちょっとくたびれた物置」だけである。
我々は車を停め、「物置」へと向かった。
入り口には「のれん」らしきものが下がっている。
物置を、覗き込む。
「すんませ・・・あっ!」
・・・我々は、言葉を失った。
そこは、まぎれもなく「店」だった。
その「物置」は、まぎれもなく「うどん屋」だったのだ。
だって!「客」がいる。
その「物置」の中で、うどん食ってる「客」がいるのだ!
くたびれ果てた物置。
入って左手に大きな釜があり、おじさんが黙々とうどんを茹でている。
センターには大きなテーブルがあり、天ぷらが数種類、ダシ汁だろうと思われるボトル、そして・・・見つけた。
ネギだ!
まな板の上に、あまりに無造作に、ネギが置いてある。
「ネギは取ってこなくてもいいからね、そこにあるから・・・」
奥で天ぷらを揚げていた奥さんが声をかけてきた。
(これが有機栽培のネギか・・・それにしては・・・)
「何にします?温かいの?冷たいの?」
考える間もなく、奥さんが聞いてくる。
「あっ・・・冷たいの」
「ぼくも・・・」
(おい・・・メニューとかないのか・・・)
「大?小?」
かまわず、奥さんは聞いてくる。
「あ・・・大」
「小」
「温かいうどん」か「冷たいうどん」。「大盛り」か「小盛り」。メニューはこの組み合わせしかないようであった。
(これは、本当に「店」なのだろうか・・・)
我々は困惑の表情を色濃く放出したまま、右手の壁際に並んだ椅子に座った。
2人の先客が、黙々とうどんを食っている。
横では、じいさんが、ネコと一緒にぼーっと座っている。
(なんでしょうか・・・これは、人ん家に勝手に入り込んでいるような・・・)
思っていると、客のひとりが立ち上がり、センターテーブルに向かった。
すると・・・トントントン!手馴れた様子で、そのネギを刻み始めたのだ。
「!」
(客がネギ切ってる・・・)
自分で裏庭からネギを取ってくるどころか、それを刻むのまで自分なんだ!
(すげぇアットホーム・・・いやアットモノオキ・・・)
まわりをぐるっと見回す。壁になにやら書いてある。
小100。大200。
(なんだろう・・・重さか?小は100グラムか?)
重さではない。値段だ。
100円だ。
うどん一杯100円!
「高級うどん割烹」どころか、「100円のうどんを、物置で食わせる店」。
それが、「中村」だったのだ。
(スゴイ!スゴイぞ!)
私は、その異次元空間に興奮・・・
「ハイ!冷たいの2つ。」
「早っ!」
相変わらずのスピードである。考えを整理する暇を与えない。
「ダシは、そっちのボトルね」
見ると、どんぶりには「うどんだけ」が投入されており、どうやらツユは自分で入れるようだった。
トクトクトクッ・・・。
言われるままに、テーブルにあったボトルからツユを注ぐ。
とりあえず「異空間への深い考察」は後回しにして、なにはともあれ「うどん」だ。
「じゃ・・・」
「じゃぁ・・・」
つるつるっ。
(あぁっ・・・!)
(うっ!うまいッ!なんだこのうまさは!なんだ!このシコシコは!)
つるーっ。
つるつるっ!
「あはぁーッ!」
「おっ!藤村くん、もう食った?」
「食った!もう一杯行く」
「えっ!」
この段階で、私は「まずいうどん」「美味い肉うどん大盛り」、そして「中村のうどん大」合計3杯を食っていた。
「でも、天ぷらも入れて食わないと。後悔する。」
「後悔・・・」
「すいません!冷たいのもうひとつ」
センターテーブルに山と積まれた天ぷらの中から、「ちくわの天ぷら」をセレクト。
厚めの衣が、ぎしっとまとわりついた天ぷら。冷め切っている。これを、うどんに投入。
油がすわっと、透明なダシに染み込む。
食う。
うまい。うまいぞ!
2杯食った。天ぷらも食った。それでも、500円でおつりが来た。
スゴイ!スゴ過ぎる!
「物置」からは想像できないうまさ!「100円」からは想像できない満足感!
我々は、興奮状態のまま、物置を出た。考えを整理しなければならない。
(この「中村」なるうどん屋・・・いったい・・・)
私が腕組みをする横で、嬉野くんが、ハタと思いついたように言った。
「ここが・・・中村なんだよね?」
言われてみれば確かに、物置ののれんに、店名はなかった。
【つづく】
最終回「讃岐うどんの真実!ナゾの店舗形態に我々は驚愕する!」は、明日掲載!・・・の予定!