「試験に出る日本史」、最終試験で満点を取れなければ、ミスターも安田さんも「四国八十八か所お遍路の旅」に出る。
今年は、そういうことにした。
「試験」なるもの、やはり「それ相応の緊張感」がなければ、実際死に物狂いでがんばっている受験生諸君に対しても失礼だ。
ただ、ミスターも安田さんも、平日はそれぞれ生番組のレギュラーを持つ。
お遍路決行!となれば、最低5日のスケジュールは必要である。
当然、それぞれのレギュラー番組を休んでもらわねばならない。
となれば、事前に、ラジオ局様、夕方番組プロデューサー等々との対外的な調整も必要になってくる。
しかし、それら事前調整に対し「どうでしょうの精神的参謀」嬉野くんから、「待った」がかかった。
「ここはどうだ藤村君。そういう調整を一切せずに、試験に臨むというのは」
「いや・・・ウチだけの問題じゃないんだから」
「だからさ。あんたらが満点取らないと、いろんな番組にご迷惑をかけますよ、というプレッシャーを出演陣に投げつけるわけだよ。」
「いやいや・・・」
「いや!藤村君、そのぐらいの緊張感を持って試験に臨んでもらわないとさ」
「そうかい?・・・」
冷静に考えれば、「なんて身勝手な」と思える手段ではあったが、
「まぁ、満点取れなかったら、そん時は、そん時!」
結局、私は同意した。
しかし、ご承知のとおり我々は、いともあっさり「そん時」を迎えてしまった。
「その上、二人ともか・・・」
威勢の良かった精神参謀は、なすすべなく
「今さら調整も無理でしょう藤村くん・・・」
と、いともあっさり二人のスケジュール調整に、さじを投げてしまった。
「まぁ、それでも土日の2日間は、お二人に参加していただくとして、そのあとは・・・」
参謀に問い掛けると、
「そのあとは例年どおり、大泉さんひとりでいいじゃないの」
参謀は、からっぽの頭で、投げやりに答えるのみであった。
その時だ。
「おはよーございまぁーす!」
ぶしつけとも思える大音声を張り上げて、森崎くんが現れた。
森崎博之という男。
大泉さん所属の劇団「チームナックス」のリーダーである。
「チームナックス」とは、大泉さんたちが、大学時代に所属していた演劇研究会の中で、各学年から「選りすぐりのバカ5人」が集まって結成した演劇グループである。
最年少バカの音尾琢真くん。そのひとつ上に、大泉さん。その上が、安田さんと佐藤シゲ。そして最年長バカが、リーダー森崎くんという構成である。
私は、森崎くんに会うずっと以前から、大泉さんに、彼の「人となり」を伺っていた。
「とにかく、叫ぶんですよ」
「叫ぶ?どんなふうに?」
「ねぇりゃぁーッ!」
「なんだ!なんだ!その最初の『ね』ってのはなんだよ!」
「なんだか知らないけど、叫ぶ前に、必ず『ね』がつくんですよ」
「なんでだよ!」
「そういう人なんですよ」
そして実際、私が初めて「その叫び」を目の当たりにしたのは、彼らの芝居を見に行った時だった。
芝居の展開上、その「唐突な叫び」がどうして必要だったのか、今もってよくわからないが、舞台中央でリーダーが仁王立ちのまま、満身の力でうなりを上げた。
「ぬぅぅっ・・・ねぇりゃぁーッ!」
瞬間、鼻が飛び出しそうになるのを慌てて押さえつけ、暴発しそうな笑い声を喉奥に痛飲した。
実物の「叫び」は、大泉さんのモノマネよりも、さらに「ため」があった。
それ以来、私は「リーダーの大声フェチ」となり、ことあるごとに大泉さんに、リーダーのモノマネをしてしてもらい、快楽に身をゆだねていた。
「おやおやリーダー、今日はどうしました?」
月日がたって、そんなリーダーもHTBでレギュラー番組を持つに至り、最近では制作部にもよく顔を出す。
「ドラマのロケです!ホワイトストーンズの!忙しいですよ!僕も!」
大きな顔面に、大きな充足感を押し出して、リーダーは私の前を通り過ぎた。
瞬間、風圧を感じて反射的に顔をそむけると、
「どわっしょーいッ!」
言いながら、近くのソファにどっかり腰を下ろした。
「リーダー・・・」
「なんですか?」
相変わらず、顔面に満面の笑みを押し出している。
「いや、年明けの1月はヒマ?」
「もちろんヒマですよ」
笑みを押し出したまま、リーダーはあっさり答えた。
「四国に行く?」
「おっ!」
顔面の笑みが大きくせり出した。
「どうでしょうの出演依頼ですかッ!この僕に!オッファーですかッ!」
あまりのせり出しように、圧迫感すら感じたが、ことの仔細を説明し、その場で「八十八か所ロケ」への参加を依頼した。
そして、後日、改めてリーダーを呼び出し、「ある作戦」を打ち明けた。
こうだ。
月曜日の朝、ミスターと安田さんは、松山空港9時50分発の飛行機で、札幌に帰る。
リーダーは、その前日の日曜日、単身東京へ入る。
翌月曜日。始発の羽田発・松山行きの便に乗ると、松山到着は、朝8時30分。
ミスター、安田さんと入れ替わる形で、四国入りすることが可能である。
松山に到着次第、リーダーは、タクシーを飛ばして、どこかの寺に潜伏。
なにも知らずやって来た大泉さんの前に、大音響とともに現れる。
最近とんとご無沙汰な、ヤツの「びっくり芸」を久々に堪能しようという計画である。
検討の結果、リーダー出現の寺は、松山空港から近い「50番札所・繁多寺」とした。
「この写真見てくれ」
「なんですか?」
「繁多寺の現場写真だ」
「おおう!」
お遍路3周目の我々。八十八か所関連の資料は充実している。
「この、本堂の前で、リーダーは背中を向けて、祈ってろ」
「大丈夫ですか?僕・・・目立ちませんか?」
「大丈夫だ。キミとおんなじ白装束の人たちが、いーっぱいいるから」
「なるほど!」
「オレらは、大泉さんを連れて、なるべく本堂に近い位置に立つ」
「うむっ!」
「いいか、ここからがキミの出番だ。大泉さんが、『50番!繁多寺!』って言った瞬間!キミは『ねぇうりゃぁーッ!』って叫びながら、カメラの前に走りこんで来い!」
「ねぇうりゃぁー・・・ですか?」
「まぁ・・・言い方はまかせる」
「わかりました」
「いいか、わかってるとは思うが、ロケ出発までの間、くれぐれも大泉さんとの不用意な接触は慎むように」
「だいじょぉーぶですッ!」
決して「密談」とは言いがたい、大音声での打ち合わせに一抹の不安は残ったが、予定通り、四国ロケは、決行された。
ロケ2日目。
ミスター、安田さんとのお遍路も終盤にさしかかったころ、車中で大泉さんが、こんなことを言い出した。
「なんかね・・・お二人が帰ってくるような気がするんですよ」
「おっ・・・」
「いや、どっかの寺でね・・・ぼくを驚かそうと、先回りして待ってんじゃないかと思うんですよ」
「どっかの寺で・・・待ってる・・・」
リーダーの「びっくり作戦」を知っている他の4人は、それぞれ胸の中で、
(やっぱりこいつは、天才だ・・・)
と、感心していた。
その夜。
我々は「予定通り」50番の手前まで、巡拝を終えていた。
私は、道後温泉の宿で、リーダーに電話を入れた。
時計は10時を回っている。
彼はすでに羽田空港近くのホテルに、単身潜伏しているはずである。
「もしもし・・・」
「はい!森崎です!」
「なんだ?騒がしいな・・・」
「あぁ!藤村さん!」
「今どこにいんの?」
「ラーメン食ってますッ!」
「ラーメン・・・」
「せっかく東京に来たんで、美味いラーメン屋を雑誌で調べてですねぇ・・・」
森崎博之という男。私に輪をかけて、「美味い店マニア」だ。
明日は、早朝の松山便に乗り、「大泉さんびっくり作戦」を決行せねばならん。その大事な前夜に、雑誌片手に深夜までラーメン屋巡り。
普通なら「馬鹿もん!」と一喝するところであろうが、私は、彼の、そんな「あくなき探究心」に敬服した。
「リーダー」
「はい」
「領収書は、北海道テレビでもらっとけ!」
「ありがとうございます!」
「で、明日の話だ」
「はい」
「繁多寺に着いたら、オレのケータイを3回鳴らせ」
「3回・・・」
「それを確認してから、おれたちは繁多寺に向かう」
「了解です」
翌朝。ミスターと安田さんは、志半ばにして、札幌へと帰還した。
見送る大泉さんは、寂しげだったが、我々にそんな気持ちは、微塵もなかった。
だが、表面上は「寂しさ」を漂わせていた。
「寂しければ、寂しいほど」、このあと待ち構えている展開に、「華がでる」。
「大泉さん、寂しい?」
「あぁ?」
「寂しいね」
「別に・・・」
「寂しいんだ、やっぱり」
「なにがよ」
「寂しいでしょ?」
「うるせぇって」
ちょっと「寂しい」を押し売りし過ぎた感もあったが、事前の雰囲気作りは上々である。
52番の巡拝を終えた時だった。
ピリリ…ピリリ…
携帯が鳴った。
ピリリ…。
呼び出し音は3回で切れた。
一瞬、車内に不自然な空気が流れた。
「藤村さんのケータイが鳴るなんて珍しいねぇ・・・」
大泉さんが何気なく言った。
「ウチからかな・・・おっと!ガソリンが無いぞ。ちょっとそこのスタンド寄ります」
スタンドに車を入れると、私はすかさずトイレに駆け込み、リーダーに電話を入れた。
「リーダー、着いたか?」
「はい」
「おれらは、このあと51番に寄ってから行く。だからもう少し・・・」
ガチャ。
(うわっ!)
トイレに大泉さんが入って来た。
「うっ・・・うん!もう少しね。水曜日には帰るから!お・・・おみやげは何がいいかな?」
「な!なんですか?」
電話の向こうのリーダーはびっくりしていたが、私は一方的にしゃべり続けた。
「お菓子がいい?ん?お人形か!」
「・・・」
すぐ横で大泉さんは、少し不審そうな顔を向けたまた、用を足している。
「じゃ!切るからね!」
「いや!」
ピッ!
「・・・子供だ」
「あ、そう・・・」
しばし空間が静止した。
「じゃ、先に車に戻ってるから・・・早く来いよ」
「・・・」
逃げるように、トイレから出た。
大泉さんの不審そうな視線が背中に突き刺さっていた。
51番の巡拝を終え、いよいよ50番・繁多寺が近づいてきた。
私の目は、すでに「ある一点」に注がれていた。
車は、繁多寺の駐車場へと入り、山門の先、本堂が見えてくる。
(いっ・・・いた!)
白装束の、見るからに大柄な男が、本堂の前で、微動だにせずお祈りしている。
その姿が、車内からも確認できる。
(そ・・・それにしても、目立ち過ぎじゃねぇか?)
思ったのと同時に、大泉さんが言った。
「おやおや・・・なんだか私みたいな格好をした人がいらっしゃいますなぁ」
(ヤバイ・・・気づいたか!)
「なんだか・・・」
「大泉さん!」
「なんですか?」
「ちょっとここらへんから元気よくいきましょうよ!」
「は?」
とにかく話をそらそうと、必死だった。
「そうだね。勢いのあるやつを見たいね、そろそろ」
嬉野くんも、ヤバイと思ったのだろう。すかさず大泉さんに話し掛けた。
「勢いのあるやつかい?」
「できますか?」
「もちろん!私にできないことがありましょうか」
「さすが大泉さん」
そして車を降りて、外へ出る。
ゆっくり本堂へと向かう。
その間、私も嬉野くんも「見てはいけない」と思いつつ、本堂の前の大柄な白装束に、視線を奪われまくっていた。
(ヤバイぞ・・・あいつの他にお遍路さんが一人もいない)
事前の予想に反して、寺はガランとしていた。
ひっそりとした寺の境内で、大柄な白装束は、その存在感を強烈にアピールしていた。
視線は、リーダーの背中に釘付け。
(リーダー!今振り向いちゃだめだぞ!今、そっちに向かってるぞ!)
リーダーは、我々がここにいることを分かっているのだろうか・・・。
彼の背中は、微動だにしない。
「さぁさぁ!50番ですよぉー!」
私は、リーダーに聞こえるように声を張り上げて言った。
(どこまで・・・近づいたらいいだろうか)
「もう・・・この辺でいいかな!ね!嬉野くん!」
「そうだな!この辺にするか!」
嬉野くんも、我々との距離感を、リーダーに「音声で知らしめる」がごとく、声を張り上げた。
(いや!・・・待て、やっぱもうちょっと近づいた方がいいか?)
嬉野くんに、視線を送る。
(うん・・・ちょっと遠いかも)
嬉野くんが眉間にシワを寄せてうなづく。
その瞬間、リーダーの背中がピクリと動いた。
「あっ・・・よし!ここでもうやっちゃおう!いいね嬉野くん!」
「い・・・いいんじゃないか!」
これ以上、ごちゃごちゃやってたら、リーダーが今にも振り向いてしまそうで恐かった。
「よぉーし!じゃぁ元気出してまいりましょう!」
「でっかい声出していけ!」
「よーし、じゃ元気よくいくぞ・・・」
(いよいよだぞ!リーダー!タイミング間違うなよ)
「50番!繁多寺!はーい!ハンダゴテ!はーいッ!」
繁多寺と「ハンダゴテ」をかけたらしいが、私はさっぱり意味がわからなかった。
それより、視線はリーダーに釘付けだった。
(よし!今だッ!リーダー来い!)
しかし、リーダーの背中は、ピクリとも動かなかった。
(どうした!リーダー!なんで来ない!)
まだ我々に気づいてないのか、それともタイミングを逸したのか、リーダーは一歩も動かなかった。
「ダメだ!大泉さん!もう一回行きましょう!」
あわてて私は、リーダーにも聞こえるような大声でNGを出した。
「なんでだよ!」
どこが悪いんだ!とばかり大泉さんが不満そうに答える。
「だって、なに言ってんのかわかんないんだもん・・・」
「繁多寺でハンダだろう!わかんねぇか?」
「わかんねぇよ!なぁ嬉野くん」
「元気もなかったしね」
「そうか?もっと元気よくってか?」
「もっと元気よく!」
放送ではこのシーン、カットされている。実は、放送したものは、このあと撮影した「テイク2」である。
「よし、もうちょっと近づくか」
「そうだね、もう少し大泉さん後ろへ下がって・・・」
大泉さんは、NGが出たことで、おそらく次のことで頭がいっぱいだろう。我々には多少の余裕も出てきた。
(今度は頼むぞ・・・リーダー!)
「さぁさぁ!元気出していくぞ!」
「でっかい声出してけ!」
先ほどと同じことを、リーダーにも聞こえるように言う。
「よし」
大泉さんがスタンバイする。
「・・・50番!繁多寺!はーいカイロ!はーいハンダゴテで、ハーイ!」
もうさっぱり意味もわからない言葉で、精一杯の「元気」を表現する大泉さん。
その後方で、遂にリーダーの背中が動いた!
(よしッ!)
そして、ものすごい形相でこっちへ向かって疾走してくる!
(よし来いッ!)
だが次の瞬間!
元気を出しすぎた大泉さんが、カメラに向かって走り出し、そのまま後方へフレームアウトしてしまった。
(あぁっ!)
大泉さんの姿は、カメラにはもう映っていない。
笑いながらも、内心すごく焦っていた。
リーダーは、走ってくる!
「ごじゅうばーんッ!」
もう止められない。嬉野くんは、そのままリーダーを撮っている。
私は、瞬時に大泉さんに目を移す。ヤツは硬直したまま立ち尽くしている。
(おぉっ!)
私は、嬉野くんの肩をバンッ!と叩いて、合図した。
嬉野くんは、慌ててリーダーから大泉さんへカメラを振る。
この瞬間は、放送では「!!」マークを入れた。
「はんたじーッ!」
リーダーの絶叫が後ろから聞こえる。
嬉野くんは、リーダーを捨てて、そのまま大泉さんの硬直しきった顔ににじり寄っていった。
この間、ほんの数秒。
結局、大泉さんが、「リーダーに気づく瞬間の映像」は、撮り逃した。
もしも、あの場面。
大泉さんが走らずに、「その場にとどまっていたら」。
おそらく大泉さんはリーダーの方を向いただろう。驚いて振り向く瞬間の「びっくり洋ちゃん」は撮れたかもしれないが、その後は「びっくりする後頭部」しか撮れなかったかもしれない。
まぁ結果的には、これでよかったのか、とも思う。
その後の硬直した大泉さんの顔が、すべてをカバーしてくれたとも思う。
計画から、数週間。
久々のびっくり作戦は、成功を収めた。
しかし、期待した「びっくり芸」は、炸裂しなかった。
あまりにもリーダーの声が大き過ぎて、彼は心臓を痛めてしまったようだった。