嬉野先生の「写真集にかける熱きコダワリ〜最終章〜」

藤村 | 2003. 3/26(WED) 14:06


 来週4月1日午前10時、いよいよ全国のローソンにて予約開始となる「水曜どうでしょう写真集2」。その制作過程で炸裂した嬉野先生の「熱きコダワリ」。今回はその「最大のドラマ」が、いよいよ明かされる!

 「写真集にかける熱きコダワリ〜最終章〜」

 では・・・いくぞ。心して読め!長いぞ!

 「本に写真を印刷する」場合、一般的には、プリントされた現物写真を「一度スキャンして」紙に印刷することになる。

 3年前に出した「どうでしょう写真集1」の時も、印刷屋さんが「現物のプリント写真」をスキャナーを使って、データとしてパソコンに取り込み、色調整やキズの修正をして、紙に印刷していった。

 ところが今回、嬉野先生は、この「プリントされた写真をスキャンする」というやり方に、疑問を呈した。

 先生の言い分は、こうだ。

 「一度プリントされた写真」を、スキャンしてデータ化したのでは「ネガに記録されている情報のすべて」を印刷することはできない。そうではなくて、「ネガから直接」写真のデータを取り込んで印刷すれば、写真本来の色や、細部に渡る描写がすべて出るハズだ、と。

 これは、確かに正論である。

 わかりやすく説明しましょうね。

 写真を現像に出すと、プリントされた写真とともに「ネガ」を渡されますな。茶色いフィルムですよ。この「ネガ」(=フィルム)ってのが、写真のすべての「元」なんです。すべての情報源なわけですよ。このネガを元にして、紙に焼き付けたのが、いわゆる「プリント」(=写真)なんですよ。

 従来の写真集の作り方は、この「プリント写真」を、「一度スキャンしたもの」をデータとして使ってたわけ。

 これに対し先生は、プリント写真じゃなくて、その「元となっているネガ」から「直接データを取ることができないか?」と言ってるわけよ。そうすれば、「細かいものまですべて」がキレイに印刷されるハズだと。

 わかりますよね。例えば、録画テープだって、ダビングにダビングを重ねたら、画質はガクンと落ちちゃう。闇ルートで手に入れた「水曜どうでしょうテープ」なんてヒドイもんでしょ?それに対して、マスターテープのデータをそのまま焼き付けたDVDは驚くほどキレイだったでしょ?それと同じ。

 でもね、写真印刷の場合は、「ネガから直接取り込む」という方法は一般的ではない。

 なぜか?

 だってね、「写真」というのは、プリントされて初めて「写真という作品」になり得る。「ネガ」はあくまで情報源であって、写真じゃない。プロの写真家は、自分の手でフィルムを現像し、色合いや明るさを微妙に調節して「写真という作品」を作り出す。だから、「出来上がった写真をスキャンして印刷する」という方法は、至極当然なことなのである。

 ところが、嬉野先生は、このやり方に疑問を呈した。

 ぼくらの撮った写真は、決して芸術写真ではなく、あくまでも「その瞬間」を切り取った「4人の記録」である。大事なのは、ぼくらが見た風景と「同じ色」「同じ明るさ」「ありのままの姿」を皆さんにお見せすること。

 「あの時の風景を、ありのままに」。

 だから「どうでしょう写真集」の場合、「プリントされた写真より、ネガの情報が大事なんだ」と。

 わかる。確かによくわかる・・・が、印刷屋さんは明らかに困惑していた。

 「普通のやり方とは違うし、第一出来るかどうかわからない。出来たとしても手間は相当かかるでしょう」

 しかし先生は、追い打ちをかけるよう言った。

 「プリントされた写真には、決定的な問題があるんです」と。

 「な・・・なんだい?」
 「写真はプリントされると、ネガの端っこ部分が切られちゃうんだよ」
 「ど、どういうこと?」

 つまり、例えば「大泉さんのモジャ毛の先から、つま先まで」をギリギリにフレームに収めた「全身写真」を撮ったとする。ところが、これをプリントに出すと出来上がった写真は、「モジャ毛の先」と「つま先」が切れてしまっている。ネガを見ると、ちゃんとギリギリに収まっているのに、プリントされた写真では切れてしまうのだ。

 これは、ネガをプリントする時、「上下左右の数ミリ内側をプリントする」ことによる。ネガのフレームいっぱいに「キッチリ合わせてプリントする」のは、とても大変な作業だ。ヘタをすれば、ネガのフレームをはみ出して、余計なのりしろ部分がプリントされてしまう。だから、きれいに仕上げようと思ったら、ネガの少し内側にフレームを合わせてプリントした方が安全なのだ。

 なにより、そんな「端っこの数ミリ部分」にこだわる人なんていない。

 ところが、先生はこだわった。

 ぼくらが撮った写真の「すべて」を見てもらいたい。隅から隅まで、「ありのまま」を見てもらいたい。ネガから直接取り込む方法を取れば、端っこを切られる心配はない。

 だから、この方法は譲れないんだ!
 この方法じゃないと、ぼくらの写真集の真意は伝わらないんだ!

 本当に、恐ろしいほどのコダワリである。

 しかし、私を含めて関係者全員がこう思っていた。

 「そこまでする必要があるのか」と。
 「ほんの数ミリになんの意味があるのか」と。
 そして、「そこまで手間をかけている時間があるのか」と。

 写真集の発売は5月21日。この時、すでに発売まで3ヶ月を切っていた。印刷屋さんによれば、4月中旬には実際の製本印刷に入らないと間に合わない。それまでに、600枚に及ぶ写真のデータを取り込んで、原版を作り上げるとなると、もうほとんど残された時間はない。

 しかし、印刷屋さんは、

 「ネガから直接データを取り込む印刷方法を、とにかく一度試してみます。1週間待って下さい。」

 そう言ってくれた。先生のコダワリが、印刷屋さんをも巻き込んでしまったのである。

 「とにかくやってみる。そうしないとこの人は満足しない」。先生の顔を見て、そう思ったのだろうか。

 とにかく印刷屋さんの「答え」を待つことにした。

 「でも、ダメならキッパリ諦めなよ。きっと見た目には、写真を一度スキャンする方法とたいして変わらないよ。ね?」

 私は先生に念を押した。横にいた四宮さんも、

 「いいよね?嬉野さん」

 懇願するように言った。もはや、私も四宮さんも同じ気持ちだった。

 (これで終って欲しい。なんとか納得して欲しい)

 「わかりました。もうあとは印刷屋さんにお任せましょう」

 先生は、首を縦に振った。

 (良かった。とりあえずこれで一段落ついた・・・)

 我々は胸をなでおろした。

 その後、印刷屋さんの結果が出るまでの1週間、嬉野先生は法事があって佐賀に帰省した。四宮さんも別の仕事が入り、東京へと出張して行った。

 写真集の作業は一時休止となり、ひとり残った私はDVDの編集作業をしながら過ごしていた。

 そして・・・「あの日」。

 あれは、ふたりがいなくなって、2日後のことだった。

 写真集の実務作業をしていたビジービーの女性から、一本の電話が入った。

 「嬉野さん・・・いないんですよね」
 「あぁ、佐賀に帰ってんだよねぇ」
 「ですよねぇ・・・」
 「どうしました?」
 「あの・・・紙のことなんですけど」
 「紙?」

 イヤな予感がした。

 「嬉野さんに聞いてませんか?」
 「聞いてないけど・・・」

 彼女が言うには、こうだ。

 ある日、先生が一冊の写真集を持って来た。例の「分厚い辞典並みの写真集」とは別の、焼き物やら日本庭園やらずいぶん風情のある写真が載った、やけに高価な写真集だった。

 「今度の写真集に使う紙だけどさ。これ見てごらんよ。いいでしょう?とても質感がいいし、肌触りもいい。ね?これで写真集作りましょう。」

 そう言って先生は、写真集に使う「紙の種類」を彼女に指定したと言うのだ。

 「なによ?先生、紙質にまでこだわってたの?」
 「そうなんです。この質感が絶対にいいって」

 (恐ろしい。紙の肌触りにまでコダワリを持っていたとは・・・)

 「で?その紙がどうかしたの?」
 「あの、実は・・・その紙“ミルトGA ”って言うんですけど」
 「ミルト?なんじゃそれ?紙に名前があんの?」
 「あるんです」
 「で?」
 「そのミルトがですねぇ・・・」
 「おぅ・・・」

 ヤな予感がした。

 「今、もう無いんです」
 「おっ・・・」
 「生産されてないんです!」
 「あ・・・」
 「どうしましょう!嬉野さんに相談したかったんですけど、休みだって言うし!」

 彼女はずいぶん慌てていた。その気持ち、よくわかる。先生が「この紙がいい」と言えば、それは「この紙以外にはあり得ない!」という意味だ。

 (それが無いとなると・・・またモメるぞ)

 「でも、あの・・・」
 「どうした」
 「作れば・・・ある、と」
 「は?」
 「なんていうか、直接、製紙工場に掛け合えば、生産することは不可能じゃないと・・・」
 「えっ!なッ!こっ!工場に作らせるってか!」
 「そうです」
 「今から!その・・・パルプから作るってことかッ!」
 「そうです。作るのに1ヶ月かかるそうです・・・」
 「ぶはははは!1ヶ月!もうね・・・無理!ぜったい無理!ウハハハハ!」

 あまりにも無理な話だった。「生産中止の紙を、今から製紙工場に作らせる」って、あらためて「パルプから作る」って、オイそりゃ・・・紙を漉く(すく)ってことだろ!

 いくら「先生のコダワリ」ったって、いくらなんでも無茶な話だ。それに1ヶ月もかかるんじゃ、今日明日中に発注しない限り、もはや製本には間に合わない。

 「これはもうねぇ・・・先生にあきらめてもらうしかないよ」
 「・・・ですよねぇ」
 「いい。オレから話す」
 「お願いします。四宮さんには、私から報告しておきますので」
 「よし。」
 「でも・・・」
 「なに?」
 「あの紙は、本当にいい紙なんだそうです。嬉野さん、やっぱりお目が高いんですよ。作るのもかなり手間がかかる紙らしいですから」
 「そうか・・・」

 私は、彼女からの電話を切ると、そのまま佐賀へ電話を入れた。

 「・・・ということでさぁ。これはもうしょうがないよね」
 「そうかぁ・・・」
 「とりあえず既製品の紙で、似た風合いのものを探してもらってるから」
 「そうかい・・・」
 「なによ?問題あんの?」
 「いや・・・」
 「もう!あきらめなって!」
 「わかってますよ」

 先生は、まだ何か言いたそうだったが、私は早々に電話を切った。さすがに今度ばかりは先生に折れてもらうしかない。四宮さんだってこの話を聞けば、もう笑ってはいられないはずだ。

 「製紙工場に作らせるなんて!いったいどれぐらいコストかかると思ってんの!」

 四宮さんが怒り出す顔を想像して、私は、ふたりが札幌にいない間に、この一件を片付けてしまおうと思った。

 と、その時、再び私の電話が鳴った。

 「あ、藤やん?」

 電話は東京の四宮さんからだった。

 「・・・どうしました?」
 「ぼく、決めたから。」
 「なにをですか?」
 「なにを?って、紙!紙!」
 「!」
 「もうさ!こうなったら、やるとこまでやるよ!ぼくは!」
 「なっ!なにを!」
 「工場に作らせるよ!」
 「いや・・・」
 「だって嬉野さんも、あの紙じゃなきゃ!って言ってんでしょ」
 「いや!・・・」
 「なによ!今さらゴチャゴチャ言っててもしょうがないじゃん!ぼくもう発注したんだから!」
 「なにを!」
 「なにをじゃないよ!あのミルトなんたらって紙だよ!」 
 「えぇーッ!!」

 四宮さんは、一気にしゃべり続けた。東京の空の下で、彼は「一大決心」をしてしまった。

 「嬉野先生が指定した紙を、今から工場に作らせる!」そう決めてしまった。怒るどころか、「こうなったら、やるとこまでやる!」そう腹をくくってしまったのだ。

 私は、佐賀にいる熱い男と、東京でやけに熱くなっている男の間で、どうしていいのかわからなかった。

 「そのかわりさ・・・」

 東京の熱い男が言った。

 「本当は、予約状況を見て、最終的な発行部数を決めなきゃいけなかったんだけどさ」
 「はい」
 「もう、決めちゃったよ」
 「なっ・・・」
 「だってさ、工場に作らせるんだから、量を決めとかないとダメでしょ」
 「そ・・・そうですね」
 「もうさ、しょうがないよ」

 「で・・・何冊分ぐらい頼んだんですか?」
 「3万部」
 「さっ・・・」
 「売ってくれよ!3万部!」
 「そっ・・・」
 「売れ残ったら、製紙工場で作った紙!全部HTBで引き取らなきゃいけないんだからね!もう何トンになるか知らないけどさ!」
 「ぐっ・・・・」

 「3万部」という、この発行部数が多いのか少ないのか、いや「一般的な写真集の相場」から言えば、明らかに「多い!」んだけども、これが予約段階で1万部ぐらいしか行かず、最終的に「2万部ぐらい刷りましょう」ってことになったら、残る1万冊分の、その「ミルトなんたら」って紙が、製紙工場から、なんだ、あの「でっかいロール状」のまんま「HTBに送り付けられる」というのだ。だって、こっちは「紙の代金」払っちゃってんだもん。引き取らなきゃしょうがない。

 四宮さんは、「スゴイ賭け」に出てしまった。

 というわけで、「水曜どうでしょう写真集2」は、泣いても笑っても3万部の限定生産となった。

 そして・・・1週間後。

 印刷屋さんが、「サンプル」を持ってやってきた。
 現存する「ミルトGA」のサンプル用紙に、実際に写真を何枚か印刷してきてくれた。

 「で、ご希望の、ネガから直接データを取り込む方法ですが・・・」
 「どうでした?」
 「大丈夫です。出来ます」
 「おぉう!素晴らしい!」

 「ただし、最終的には、このサンプル写真を見て判断して下さい」
 「・・・わかりました」

 ミルトGAのサンプル用紙には、同じ写真が2枚づつ並んで印刷されていた。ひとつは「ネガから直接」方式で印刷されたもの。もうひとつは従来の「プリント写真をスキャン」方式で印刷されたものだ。

 見比べてみる。

 明らかに2枚の色合いが違う。片方は「パキッと色鮮やかな」印象を受け、もう片方は「くすんだ」印象を受けた。

 「どう見たってこっちの方がいいよねぇ」
 私は色鮮やかな写真を指さした。
 
 「ぼくは、こっちの方がいいと思う」
 先生は、くすんだ方を指した。

 鮮やかな方が「スキャン方式」であり、くすんだ方が「直接ネガ方式」の写真だった。

 「色はスキャンの方が良くない?」
 「でもね、藤村くん。こっちのくすんだ方が、本来の色なんだよ。こっちは、スキャンする段階で色を補正してコントラストをハッキリさせただけなんだよ」
 「そうか・・・」
 「それに見てごらん、こっちは細かい部分までちゃんと写ってるでしょう」

 そう言われて、もう一度じっくり写真を見比べて、私は驚いた。

 写真は制作部の室内を写したものだが、「直接ネガ」の方は、テーブルに置かれた新聞の見出しまでちゃんと読める。しかし「スキャン」の方は、それが文字なのか写真なのか識別すらできない。
 そしてなにより、窓に映り込んだ外の風景を見れば一目瞭然だった。「スキャン」は、窓が真っ白に反射して何も見えないが、「直接ネガ」の方は、外の風景が細部に渡って見事に映り込んでいる。

 さらに、もう一枚。大泉さんがムンクを持って座っている写真がある。「スキャン」の方は、空に浮かんだ雲の形が全く識別できない。でも「ネガ」の方は、ハッキリと雲の形が見えた。

 確かに「あの日、あの時間に浮かんでいた雲の形」が、ちゃんと写っていた。

 (そうか・・・嬉野くんは、これにこだわっていたのか・・・)

 私は、ようやく先生が「伝えたいこと」が、わかったような気がした。

 「そして藤村くん、見てごらん。写真のサイズ・・・」
 「あっ!」

 例の「端っこが切られる」という現象が、この写真でハッキリとわかった。「スキャン」の写真は、大泉さんの腰までしか写っていない。でも「ネガ」は、大泉さんの足先まで写っている。それで「実は大泉さんが、サンダル履きだった」という事実がわかった。

 「こいつ、サンダル履いてんじゃん。これ、オレのサンダルか?はははは!」

 ぼくらが撮り続けた写真は、決して見た目に美しい写真ではなく、ましてや芸術写真でもなく、あの日、あの時間の4人の姿を切り取ったものだ。

 ぼくらの写真で一番大事なことは、色合いやコントラストを美しく仕上げることではなく、「ありのままを見てもらうこと」。

 そのために、その目的のために、ひたすらこだわり続けた嬉野先生は立派だった。

 「紙もいいね。この写真集の雰囲気にぴったりだよ」
 「そうでしょう。藤村くん・・・」

 先生は、ようやく安心したように笑った。


 「水曜どうでしょう写真集2」。

 これは「コダワリのかたまり」のような写真集です。男たちの熱気がこもった写真集です。ただし、その・・・「紙」を、製紙工場に発注して作ってもらうために、3万部しか作れません。

 今、私から言えることは、ただひとつ。

 「頼むッ!予約してくれッ!それもなるべく早く!一刻も早く!予約で2万部を超えなかったら・・・えらいことになる!」

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