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ミスターが1年間、韓国へ行きます。

藤村 | 2004/09/10(Fri) 21:11:45

 
 
 ミスターから韓国行きの話を聞いたのは、もうずいぶん前のことになります。

 いつものように一人で編集室にこもっていると、ミスターがふらっと入ってきました。

「おやおやミスター、今日は収録ですか?」
「ドラバラの打ち合わせで・・・ちょっと」
「そうですか。相変わらずお忙しい」
「・・・あの、ちょっと話をしてもいいですか」
「あら、なんですか?」
「実は、韓国に留学しようかと・・・」
「え?なになに?留学?え?なに?なんのこと?え?何の勉強すんの」
「映画の」
「あぁ!映画!映画ね、あぁ・・・え?留学って、どこに?」
「だから韓国に」
「あ、いや、大学かなんかに?」
「そうですね」
「え?いつから?」
「今年の秋から」
「今年!秋!すぐじゃん。あ、え?で、いつまで?」
「1年ぐらい」
「1年・・・あぁ・・・」
「きのう決めたんです」
「きのう!」
「いや、ずっと考えてたんですけどね、きのう、やっと決めました」
「家族どうすんの?あんた子供と別れるの寂しくないの?カミさんは何て言ってんの?」
「行ってきなさいよ!って」
「ハハハハ!」
「なに悩んでんの!行ってきなさいよ!こっちはな~んも心配ないから行ってきなさい!って」
「アハハハハ」
「おまえ少しぐらい止めろよ!って思ったけど、全然そんなことなかったですね・・・」
「アハハハ・・・」
「まぁ、そんなことでね。ちょっとここは、思い切って行ってこようかと」
「あぁ・・・。行ってきなよ。ミスター。あなたすごく幸せじゃない。40過ぎてさ、留学できるなんてさ、幸せじゃない」

 ミスターはこれまで3本の映画を撮ってきた。「マンホール」「リバー」そして今年公開の「銀のエンゼル」。いずれも北海道を舞台にした映画だ。ミスターは言う。

 「でも、いわゆる『北海道らしい!』っていう景色は、あんまり撮りたくないんです」

 北海道で生まれ育ったミスターにしてみたら、それは自然なことなんだろう。別にじゃがいも畑に囲まれて生活してるわけじゃないし、ラベンダーを見るのだって、内地の人と同じく「観光」でしかない。

 「北海道の日常の中で映画を撮る」ミスターにとっては、それが自然なことだ。

 でもミスターの映画に対し、一方でこんな見方もできる。

 「北海道にこだわり過ぎじゃないのか?」

 ごもっともだ。

 でも、今一度考えてみてほしい。

 東京を舞台にした映画に対して、あなたは同じように思うだろうか?

 「東京にこだわり過ぎじゃないか?」と。

 そんなことはきっと思わない。というより、そんなこと考えもしない。なぜなら、九州の人も北海道の人も、日本人はみんな「東京がスタンダード」だからだ。テレビや映画で流れつづける「東京の生活」が、いつのまにか「映像の中の日常生活」になっているからだ。

 ほとんどの映画、そしてほとんどのテレビも東京で作られる。だから作り手はみんな東京に移り住む。いつのまにか作り手の日常が東京になる。だから自然と舞台は東京になる。

 今一度、ミスターのことを考えてみてほしい。

 「北海道の日常の中で映画を撮る」

 それはあの人にとって、ごく自然なことだ。こだわりでもなんでもない。

 でも今はそうと受け取ってはもらえない。だからこそ逆に「北海道発」ということを高らかに宣伝した方が、今は受け入れられやすい。ミスターはそれを十分にわかっている。だからあえて言っているのだ。

 「僕は北海道にこだわった映画を作ります」

 でも、

 「僕は北海道らしい風景は撮らない」

 そこに、あの人の真意がある。

 「映画に映る風景を、ことさら北海道と意識させず、普通に思えるようにしたい」

 「北海道で映画を作ることが特別なことじゃなく、普通に思えるような状況にまで持っていきたい」

 そんなバカみたいに壮大なことを、あの人は思っているのだ。

 でも、そういう状況になって初めて、

 「映画自体の中身で勝負できる。客に判断してもらえる」

 今は、北海道発という「珍しさ」だけで「よくやったね」「良かったよ」と言ってもらえる。そんな状況を打破したいと思っているのだ。

 あの人は、そのために具体的な一歩を踏み出そうとしている。

 安住の地を離れ、東京も飛び越えて、今最も映画産業が熱い韓国へ乗り込もうとしている。

 言っとくけど、ぼくはあの人を北海道のヒーローにしようと思ってこんなことを書いてるんじゃない。ただ、「北海道にこだわり過ぎだ」「北海道で映画を作ることなんか所詮はお遊びだ」と思っている人間がいたら、「あんたらの考えは、あの人の前では小さすぎる」とだけ言いたい。

 ミスター、行ってらっしゃい。

 あなたにとっては「1年間のひとり合宿」みたいなもんだけど、昔を思い出してがんばって下さい。

 「でも・・・来年のどうでしょうはどうなるんですか?」

 そう思っているみんなに言っておきたい。

 「小さなことを言うな。大丈夫。おれたちがカメラ持って韓国行って、あの人を連れ出しゃいいんだろ?簡単なことだ」。

 余計な心配せずに、大きく旗を振って、あのおっさんを送り出してやろう。

 おっと!その前に!

 「鈴井貴之監督の映画『銀のエンゼル』がいよいよ10月末から公開です!」

 
 これを言っておかんと、おっさんに怒られる。