「こんなに揉めるとは思わなかった・・・」
1年前、私たちの取材にこう言葉を漏らしていた寿都町の片岡春雄町長。「核のごみ」最終処分場の候補地選定に向けた第1段階「文献調査」に応募を表明したのは去年10月だった。「日本の核のごみ問題に一石を投じる」「肌感覚では賛成が多い」として、知事や周辺自治体の反対の声を押し切って決断した。調査の見返りとなるのが、最大20億円の莫大な交付金。片岡町長はそれを、町が直面する人口減少対策や、衰退する産業の活性化に活用する構想を掲げた。
その町長に異を唱える住民たちが担ぎ上げたのが、前町議会議員の越前谷由樹氏。これまで4回連続で片岡町長の無投票当選が続いていた寿都町長選挙で、じつに20年ぶりの選挙戦が行われることになった。
「片岡町長も初めはこんな風によちよち歩きだったな」
こう語りながら越前谷氏の出馬会見を見つめていたのは、かつて自らを「町長のトップブレーン」と称していた町議会議員の沢村国昭さん。片岡町長の初当選以来、目玉政策の風力発電事業などを支えてきた。20年近く共に歩んできた盟友と「訣別」した理由は、町長が応募に踏み切った「核のごみ」文献調査だった。「こんなに町民を分断分裂させておいて、それでもやらなければいけないのが分からない・・・」かつての町長のブレーンは、対抗馬の後援会で選挙戦略を練る立場に変わった。
人口約2800人のマチを二分する熾烈な選挙戦。町民からはこんな声があがる。
「核のごみの話題は家族でも話したくない」
文献調査の是非をめぐり、町民の溝は深まった。10月26日に行われた投開票の結果、現職の片岡町長が235票の僅差で勝利したが、片岡氏に投票した住民からは「調査には賛成だが、核のごみ受け入れは反対」という声も目立つ。
衆議院選挙の最中に行われた今回の町長選。ただ、日本が抱える「核のごみ」の問題が、国政の場で真剣に議論されることはない。過疎のマチの住民が直面させられた大きな難題。分断の先に、何が残るのだろうか。
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文献調査を推進し町長選で勝利した片岡町長
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文献調査の撤回を訴えていた越前谷由樹氏
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約10万年の間 強い放射線を出す「核のごみ」
日本国内のどこで処分するか決まっていない
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片岡町長の初当選以来20年ぶりの選挙戦に
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片岡町長の「ブレーン」だった沢村さん
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町民は複雑な思いを抱えている
スタッフ
- ナレーター
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山根 基世
- ディレクター
- 雲戸 和輝
- 編集
- 角田 朋美
- 撮影
- 滝本 真実
- 音響効果
- 前村 あづさ
- プロデューサー
- 金子 陽
- ■ナレーター
元NHKアナウンス室長
山根基世さん - 1971年、NHKにアナウンサーとして入局。最初の3年は大阪勤務。その後、東京・NHK放送センター・アナウンス室に異動。主婦や働く女性を対象とした番組、美術番組、旅番組、ニュース、ナレーション多数を担当。2005年、女性として初のアナウンス室長。2007年、NHK定年退職後、地域作りと言葉教育を組み合わせた独自の活動を続けている。テレビ朝日「徹子の部屋」、日本テレビ「世界一受けたい授業」出演をはじめTBS「半沢直樹」「ルーズヴェルトゲーム」ナレーションなど、民放の番組も担当。 東京大学客員教授、女子美術大学特別招聘教授等を歴任し、現在は学校法人順心広尾学園理事、公益財団法人 文字・活字文化推進機構評議委員、シチズン・オブ・ザ・イヤー 選考委員会委員長を務める。2000年・放送文化基金賞、2008年・前島賞(逓信協会)、2009年・徳川夢声市民賞受賞。「感じる漢字」「ことばで『私』を育てる」他、著書多数。