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科捜研の女 #04【再】

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北海道テレビ35周年記念 人間ビジョンスペシャル 霧の日記

アリューシャン 武器と緒形 アリューシャン

 たれこめた雲と暗い海。アリューシャン列島のアッツ島は、アメリカ・アラスカ州の西の端です。ここで一人の日本人が書き残した日記があります。今から60年前、ここが戦場になり、先住民族アリュートたちは故郷を追われました。
 そこに、ある日記が残されていました。オリジナルの日記は今も行方がわからず、現存するのは米軍情報部が翻訳した英文だけという日記。作者は若き日本軍の軍医、辰口信夫見習士官、当時33歳。日本ではほとんど知られていないこの「辰口日記」が、実はアメリカでは今も反響を呼んでいたのです。

photo  しかしなぜ、敵国日本の若き兵士の日記がアメリカ人に注目されるのか。日記の謎を追うアジア系医師、ロサンゼルスではアリューシャン攻防戦のドキュメンタリーを手がけるディレクター、そして、その日記に影響され、アラスカに移り住んだ詩人・・・さらに、アメリカ・メリーランド州に住み、「辰口日記」のコピーを大切に保管している老婦人がいることがわかりました。彼女がもっていたのは、亡くなったご主人がアリューシャンの戦場から持ち帰ったものでした。

 現在アッツ島にはアメリカ沿岸警備隊の20人がいるのみで、一般人の立ち入りは禁じられています。ルピナスの花、アッツ桜、そして霧・・・。
「私を最後まで愛してくれた妻耐子よ、さようなら。どうかまた会う日まで幸福に暮らしてください・・・睦子様、あなたは今年二月に生まれ、父の顔も知らないで気の毒です・・・・・・」
最果ての風景が、辰口”最後の日”の日記の記述にダブっていきます。
 そして、ロサンゼルスで、辰口の遺児・次女の睦子さんは、今回、取材を初めて受け入れ、父の大切にしていた聖書を見せてくれることになったのです・・・。
 戦争が終わって60年の歳月が流れました。2003年「辰口日記」が大切な家族愛の伝言を語りかけてくれます。

辰口信夫

日記の書き手・辰口信夫について

1911年広島に生まれ、アメリカで医学を学んだ。留学中知り合った耐子と結婚して帰国。
まもなく召集され、旭川の陸軍第26歩兵連隊に配属、運命のアリューシャン作戦に従軍する。日記に記した極限状態の戦争心理、妻への深い慈しみ、出征後に生まれたまだ見ぬ我が娘に寄せる思いは、アメリカ全土に広がり、多くの人たちの感動を呼んだ。