日本東西の要衡を押える名古屋城は関ヶ原の合戦で勝利した徳川家康が天下人の威力を誇らんと築城を意図しました。1609年(慶長14年)加藤清正、福嶋正則ら諸大名二十名に普請(土木工事)を命じ天守閣などの作事(建築工事)は1612年(慶長17年)ほぼ完成しました。
名古屋城天守閣は日本史上最大級の容積を持ち、それは姫路城天守閣の二倍のボリュームがあります。まさに天下城にふさわしい荘重なたたずまいです。1612年の完成から1945年(昭和20年)の名古屋空襲で焼失するまで333年もの長きにわたり現存していたことも希有のことといえます。そして天守閣の上におかれた金の鯱(しゃち)はあまりにも有名です。金鯱は1959年(昭和34年)に天守閣とともに再建されその姿を名古屋城の空に輝かせています。
2004年(平成16年)の名古屋は元気でした。他府県をしり目に経済活動の成果をあげています。プロ野球セントラル・リーグで中日ドラゴンズが優勝、メジャーで大活躍のイチローも名古屋市の愛知工業大学名電高校を卒業しました。そして2005年(平成17年)はいよいよ「愛・地球博(愛知万博)」が3月25日から9月25日まで開催されます。
名城を大雪像で築くノウハウの総決算として、また話題の名古屋のシンボルとして名古屋城が決まりました。
大雪像名古屋城は名古屋市の名古屋城管理事務所から設計図をはじめとするご協力を得て北海道テレビと陸上自衛隊第11師団18普通科連隊が製作します。
|