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―2014年放送―

2014年9月2日放送
2011/11/17掲載  「ブナの木」 那須和子(当時66歳・主婦)=旭川市

写真

 オホーツク管内・遠軽町丸瀬布(えんがるちょう・まるせっぷ)に、
樹齢およそ70年の、1本のブナの木がある。
自生の北限とされる後志管内・黒松内町(しりべしかんない・くろまつないちょう)より
100キロも北で、周りに幼木も生え、地元の人に大切にされている。
 ここは私が生まれ育った懐かしい土地だ。
父は農耕馬を引いて耕し、母は金網でできた籠で、畑から出た石を雑木林に運んだ。
大量の石山は幼い頃の遊び場になった。
雑木林の下は崖で、のぞき込むと吸い込まれそうな勢いで川が流れていたものだ。
 当時、父が木材会社の知人から「珍しい苗木だ」とブナを2本頂き、
母と一緒に大切に雑木林に植えたという。そのうちの1本が冒頭の木だ。
 その後、町に土地を譲り移住した。
それから60年。父は若くして他界し2年前に五十回忌を済ませた。
一方、現在98歳で老人ホームにいる母は、
苗木を植えた時のことを驚くほど鮮明に覚えている。
 この10月、母の日頃の願いがかない、そのブナの木と対面することができた。
見上げるほど立派に育った大木に歓声を上げ喜んだ。
「会えて良かった、ブナの木さん。」
母はしわしわの笑顔で何回も何回もいとおしそうになでた。
木もうれしそうに迎えてくれたような気がした。
 母は木の下で小さな体を「く」の字に曲げて、
「押し葉」に、と落ち葉を一枚一枚丁寧に拾い、そっと紙に包んで手堤げ袋に入れた。
すぐそばの崖の下からは、
昔と変わらない湧別川(ゆうべつがわ)の流れる音が聞こえていた。