now onair

NEXT

―2015年放送―

2015年09月15日
2015年3月3日掲載「おひなさま」滝沢鈴(88歳)=函館市

2015年3月3日掲載「おひなさま」滝沢鈴(88歳)=函館市

3月3日。
この日は私にとって生涯忘れることのできない日である。
あれは私が7歳の2月。
町のおもちゃ屋さんの店先には、かわいいおひなさまが飾られていた。
「きれいだなあ、欲しいなあ」―。どんなに思ったことか。
しかしわが家の家計は火の車。おひなさまどころではなかった。
3月2日の夜、
「あしたはおすしを作ってあげるから早くおやすみ」
母に言われて床に就いたが、なかなか寝付けなかった。
夜中にトイレに行きたくなって目をさますと、
茶の間からあかりがもれていたが、気にもせずにまた布団にもぐり込んだ。
朝、目をさまし、私は驚いた。
枕元にかわいいおひなさまが並んでいるのだ。
ひな壇は菓子箱、人形の顔は銀杏(ぎんなん)、頭には金銀の冠。
だいり様のお重ねも、三人官女の着物も、
見たことのある母や姉たちの着物の布きれで出来ていた。
「アッ、おひなさまだ。バンザイ!バンザーイ。」
私はうれしくて部屋中を飛び回った。
 あれから80年余り、「銀杏びな」はいつとはなしに姿を消してしまったが、
今考えると、二度と手に入らぬ大切な宝を失った後悔に胸がしめつけられる。
だからお彼岸やお盆には、どんな悪天候でもお墓参りを欠かさない。
かまどの前の母や、銀杏びなをゆっくり思い出すために。      〆