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HTB深夜開拓魂第5弾

帰省なう

長谷川雅紀

長谷川雅紀(芸名:のりのりまさのり)プロフィール

1971年、札幌市生まれ
1995年、コンビ結成。北海道
で活躍。2001年上京。
2011年夏、コンビ解散。芸人
人生最大の正念場を迎えている。

●「#07 涙、ナミダの母の味」

40歳・売れないお笑い芸人の長谷川雅紀。
上京して10年、まともに帰省したことは一度もない。
そんな息子のことを「死んでるのと同じ。思い出しかないわけだから」と語る母。
がけっぷち芸人・涙の帰省物語完結編。

札幌市白石区。
ここに、長谷川の母が営む居酒屋があるという。
顔をあわせて話すのは10年ぶりだ。
「あれ?…遠くからだとわかんなかったよ」
店先まで出迎えている母に照れる長谷川。

「姉ちゃんも来てないんでしょ?弟は?」
「二人とも来てるよ!」
家族の近況報告に花を咲かせていた二人だったが、
このあと、母の話の矛先は、息子・雅紀へと転じる。
「あんた無理だよね、結婚できないよね!生活力ないもんね!」
「養ってくれる相手を探すという手も・・」
「情けない!男としてそれはダメだよ」

「だからこれから売れていけば、相手も見つかる・・」
「何もないしょ。芸なんかないのに何言ってんの。ちょっと、笑わしてみなさい、ほれ!」

ということで。芸人「のりのりまさのり」ふるさとライブの開演である。
「のりのり!のりのり!のりのりまさのり!」…
と照れ笑いながらネタを披露する長谷川に母は、
「いつもそうやって笑いながらやるの?自分が笑ったらダメでないか?」

「はい、すみません・・・」
「今までのライブの中で一番緊張した・・・。」
40歳を迎えた長谷川、芸人としての芽はまだ出ていない。
年を重ねるごとに、母からこの道をあきらめるよう言われることも増えてきたという。
長谷川が今回の帰省で伝えたいこと、それは。
「もうちょっとだけ、もうちょっとだけやらせてほしい」


長谷川はそんな母への願いをしたためた手紙を読み始めた。
『俺は先日40歳になりました。
同級生はみんな就職して結婚して子供がいて親を安心させてる中、
俺はいまだにフラフラ、芸人を続けています。わがままな息子でごめんなさい。
お客さんが毎週息子をテレビで見てるよといわれるよう頑張るんで
これからも応援よろしくお願いします。まさのり』
「もう少しだけわがままというか・・・やらせてほしい」

「・・・まあ私が死ぬまでになんとかなればいいか。
夢があって頑張ってるのはいいんじゃないの」

別れの朝。
「お別れだね、元気でね」
別れ際に母親から渡された袋の中に入っていたものは…

「おにぎりと、ポテトサラダ・・・食べていいですか?」
そういうと長谷川は大粒の涙を流しながら
黙々と思い出の母の味を噛みしめていた。

10年ぶりに食べたお袋の味と、流した涙の記憶は、
これからも夢を追う長谷川の背中を押してくれるだろう。
ブレイクするその日まで・・・。

● 「#06 ガケっぷちだよ、人生は…」


今回帰省するのは、
40歳にして、「若手」お笑い芸人の長谷川雅紀(はせがわ まさのり)
1995年、コンビ結成、北海道で芸人として活躍していたが、2001年、上京。
上京して10年たつが、いまだ、芽は出ていない・・・。
この夏、コンビ解散という芸人人生最大の正念場を迎えている。


都心から電車で1時間の場所にある長谷川の自宅を訪ねたスタッフ。
長谷川の住むアパートは築60年、風呂なし、エアコンなし、天井からは雨漏りもするという…。
今時には考えられないような荒れた貧乏暮らしを上京後10年間続けてきたそうだ。


生活費は牛丼チェーン店でのアルバイトでまかなっている。
週5日の深夜勤務を、10年間続けてきたそうだ。
こうまでして、芸人を続けている理由を尋ねたスタッフ。
「やめるきっかけを逃している」
「ここまでお笑いをやってきて他に何も出来ない」と
長谷川は答えるのだった。


月に一度行われるライブは、客の投票によって順位が決まる、
勝ち抜き形式の舞台である。
自分より一回りも年下の後輩たちが集まるなか、
40歳・芸暦16年を迎えた長谷川の真価が問われる。
しかし、結果は「ネタを忘れる」という痛恨のミス。
道のりは遠そうだ・・・。


華やかな未来だけを信じて上京した。
母の反対を押し切るだけの意地も覚悟もあった。
しかし、なかなか結果が見えない10年という月日が、やる気を擦り減らせていく。

いまの自分の姿は、故郷の母の目にどう映るのか・・・。
揺れる心を抱えた崖っぷち芸人、帰省まであと1週間。

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