乳牛なれず肉牛としても買い手無し…行き場のない牛たちの居場所づくりに挑む女性酪農家(28)
2025年 5月26日 18:31 掲載
JR当別駅(北海道)から車でおよそ30分。
青山地区の森の中にひっそりとたたずむ牧場「牛たちのかくれ家」です。
ここでは、ある障害を抱えた牛たちが生活しています。
■牛たちのかくれ家・関口晴実さん:
「まめちゃんはメスなんですけどフリーマーチンといって妊娠できない体で生まれてしまって」
フリーマーチンとはオスとメスの双子として生まれる牛のうち90%以上の確率で妊娠できない体になるメスの牛です。
大きくなっても乳牛にはなれません。
まめちゃんは体が小さく食肉用としても買い手がつきませんでした。
■関口さん:
「肥育牧場に引き取ってもらえたら数カ月したらお肉として出荷される/本当に行き場がないとそのまま殺処分っていうかたちになっちゃったりしますね」
関口晴実さん28歳。まめちゃんのような牛たちを引き取り命を全うしてもらおうと去年この牧場を立ち上げました。
■関口さん:
「乳牛とか肉牛として生きられなくても/新しく生きられる場所というか活躍できる場所があればいいなってずっと思っていて」現在、この牧場で暮らしているのはまめちゃんと、同じくフリーマーチンのすけみんちゃんの2頭。牧場の運営費は牛たちを応援するサポーターからの寄付でまかなわれています。
岐阜県出身で酪農との関わりは特になかったという関口さん。
牛との出会いは名古屋の大学時代でした。
■関口さん:
「農学部だったんですけど実習で初めて牛に触れる機会があって/体の大きさのわりにすごい臆病で小さいものに対しても逃げたりする姿がギャップがかわいくて好きになりました」
関口さんが働きつづけている町村農場。現在は「牛たちのかくれ家」と行き来しながら週の半分ほど出勤しています。
すっかり牛に魅了された関口さんは大学卒業後、牛と一緒に働くため牧場に就職。酪農家となって、いきなり向き合わざるを得ない現実に直面します。
■関口さん:
「一番多いのが足が悪くなっちゃうと自分で歩いて搾乳に行けなかったりするので/経済的なメリットを考えてそこで牛たちの寿命を終わらせてしまうっていうような決断になったり/乳牛として生まれて乳牛として生きられなかったらそこで終わりっていうのは人間の都合すぎるなって思ってしまって」「行き場を失った牛に新たな居場所を与えたい」
当時、関口さんの口から相談があったとき社長の町村均さんはこの言葉を前向きに捉えたといいます。
■町村農場・町村均社長:
「私個人としてはそういう考え方もあるんだろうなと。彼女かなり熱心でしたので/ただ一般的に産業としての酪農を考えたときにはすべての牛を牧場においておくことはできない/むしろ酪農のいまの在り方を否定していると考える人も出てくるかもしれない活動かもしれないとは思った。」
日本ではまだあまり馴染みのない家畜動物の保護施設。関口さんは仕事の傍ら、実例の多いアメリカに足を運び様々な施設から学びました。
■関口さん:
「私も長く酪農をやってきて自分の活動に否定的な思いを持つこともやっぱりあるので/ただこの2頭だけをここで飼ってそれで意味があるのかっていうことを思うことも多いし/複雑な思いと矛盾を抱えながらやっている」
想いが形となった「牛たちのかくれ家」。酪農家経験を経て家畜の福祉に関する活動を行う滝川康治さんは関口さんの考えに共感し、牧場の準備段階から支援を続けています。
■牛たちのかくれ家・サポーターの滝川さん:
「(乳牛は)ただ乳を絞るミルクを製造する機械ではないんだということを色んな人に知ってもらう体験してもらうそういう場としても1つの役割を果たしていけるんじゃないかと若干の期待をしているところです」
■関口さん:
「ここは30年くらい前に建った牛舎です。」
資金の少なかった当初はクラウドファンディングやSNSでサポーターを募り、町村農場からの支援も受けながら準備を進めました。
牛舎は自分たちで手作りし開園までおよそ2年かかりました。
■関口さん「いまはサポーターさん限定で牛たちに会いに来てもらっていて/今後はアニマルセラピーっていうような『セラピーカウ』として新しい活躍の仕方を考えています/本当に牛と近い距離で触れ合ってもらって一緒に穏やかな時間を過ごしてもらうセラピーっていうのを今後目指していく」
この場所が目指しているのは牛たちの終の住処。関口さんは、ただ生き永らえるだけでなく牛たちの新たな活躍の場であってほしいと願います。
畜産学に詳しい酪農学園大学の森田茂教授は関口さんの一連の取り組みを単なる「保護」ではないといいます。
■酪農学園大学・森田茂教授:
「肉と乳以外にも癒しを与えたりそういう動物たちをお世話しているんだよっていう共感性を与えるっていうのもひとつの産業というか、それに共感する人たちがお金をだしたり寄付をして活動が維持されるとしたらそれも畜産の一部だと思っている」
さらに、この取り組みが秘める可能性についてもー。
■森田教授:
「そういうものでいまあるものの間を少しずつ埋めていくと畜産とか酪農っていうのがもっと日本中の広い理解を得られるんじゃないかなって思うんですよね」
関口さんは今後、サポーターだけでなく一般の人も牛たちに触れ合える機会をつくることで支援の輪を広げ、新たな牛の受け入れに繋げたいとしています。
■関口さん:
「畜産動物のことを知らない人がほとんどというか近くで触れあったことがない人がほとんどと思うので、まずは魅力を知ってほしいっていうのと牛たちにも当たり前のように感情があって…っていうところを知るきっかけになってもらえたら嬉しいなっていうのは思います」
わたしたちの生活を支える酪農業。
その最前線、牛たちに最も近い場所にいる酪農家だからこそ生まれ、突き動かされた想い。
さまざまな葛藤とともに関口さんの挑戦は続きます。
「牛たちのかくれ家」は主に公式インスタグラムで情報を発信しています。牛たちに興味を持った方はぜひ、覗いてみてください。