時代彩る夏祭り 道民が熱狂した記憶を振り返る ゾウやライオンに見世物小屋まで あなたの思い出は?
2026年 8月11日 10:51 掲載
夏の一大イベント、函館港まつり。2日に行われた名物「いか踊り」には、およそ5000人が参加し、熱気に包まれました。
前田愛奈記者「道路はもう人で埋め尽くされています。楽しいですか!!」
きょうのニュースアーカイバーは、昭和、平成、令和といつの時代も道民が熱く盛り上がってきた「夏祭り」。HTBに残る映像とともに、時代を振り返ります。
HTBに残されていた最も古い「夏祭り」のニュース映像は、1969年の北海道神宮例祭「札幌まつり」でした。雨にもかかわらず、今と変わらず沿道には、神輿を一目見ようと多くの人が集まっています。中島公園にはのぼりが掲げられ、露店が立ち並んでいます。そして、なんと「ウマ」や「ゾウ」の姿も。「見世物小屋」が人気を集めていました。
1970年代では、子どもたちが金魚すくいに夢中になる現代と変わらない様子もあれば、お化け屋敷やサーカスにライオンまで。懐かしい映像が広がっていました。
1983年の札幌まつり。
Q「担いでいるときはどんな気分」
「気持ちいい」
Q「重くないの」
「重い」「スカッとします」
Q「上に乗った気分は?」
「毎年だけど大変だ疲れて並のものじゃないもん」
Q「楽しいって感じじゃないの」
「楽しいは楽しいよ、祭りで楽しくねぇバカいねぇもん」
威勢の良い掛け声とは対照に、切実な本音もこぼれます。
当時のアナウンサー
「午前9時、山車行列がスタートしました。北4条西13丁目です。今年も7基の山車を含む総勢500人あまりの行列が街中を練り歩きます」
Q「どうですかこの仕事」
「疲れます」
Q「どのくらいのお給料もらえるんですか」
「17時くらいまでで5000円くらいだと思います」
「もう手の皮とか偏っちゃって」
Q「もうやりたくない?」
「来年からは違う仕事をこれはクラブの強制バイトですから、来年からは違う仕事をやります」
そして、山車行列をよそに一風変わった熱気も。
当時のアナウンサー
「テレビ塔の下ではバカバカしい我慢大会が開かれています。これは東川町観光協会が主催しているもので、できるだけ長く氷の上に立っているというもので優勝チームには6万円が出ます」
さっぽろの夏祭りといえば、ビアガーデン。1959年に「納涼ガーデン」として始まり、いつしか北海道の短い夏を満喫する、欠かせない風物詩となりました。
夜の街を華やかに彩るのは「すすきの祭り」。1984年に、東京浅草から招いて行われた「花魁道中」は予想以上の人気を呼び、翌年からは恒例のメインイベントとなりました。
夏を盛り上げる祭りは札幌だけではありません。道南の夏を彩る「函館港まつり」。昭和初期に始まったこの祭りは、時代とともにパレードの規模を拡大。市民が参加する踊りが港町を明るく照らしてきました。
小樽の海への感謝を込めた「おたる潮まつり」。祭りのフィナーレを飾る壮大な花火が、見る人の笑顔を明るく写しだし、夜の街並みを鮮やかに彩ります。
空知の沼田町では、巨大な山車が激しく衝突。その迫力は圧巻の一言です。
参加者
「たのしい」「最高です。みんな待ちに待ってたのかな。これがないと夏は終わらないです」
「これがないと夏は終わらない」。その当たり前が奪われたのは、新型コロナが蔓延した2020年。各地で祭りが中止となる中、140年以上の歴史を持つ当別町の「とうべつ祭り」は感染対策をして開催しました。
「子供がマスクをしていない状態で泣いたときにギャーとか、これが危険なんじゃないか」
「獅子頭は出して、距離を取って噛む。そういう形にしよう」
感染対策のため露店の規模を縮小し、飲食スペースを作って食べ歩きを禁止に。距離を取るために人を減らし、神輿は担がずに台車で移動。獅子舞も距離を取って噛むふり。それでも子どもは大号泣。
どんな形であれ、祭りの火を絶やさない。地域の人たちの執念がありました。
我慢の時を経て、完全に元の熱気を取り戻した現在の夏祭り。道民が愛する「いつもの光景」が広がっています。時代が移り変わり、形が少しずつ変化しても、道民の「祭り」に対する思いは変わりません。



















