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2007年12月1日(土)

嬉野でございます。

えぇ、本日の札幌。
曇ってますが、そんなに寒くないですねぇ。
気温も5℃くらいありますのよ奥さん。

実に祭日和です!

ということでね。
HTB前で開催しております、
「Onちゃんお誕生会」会場は、
えらい数の人でにぎわっております、はい。

先程、巨大バースデーケーキ入刀も終え、
百数十人分に切り分けたケーキをたった今配り終えて来ましたと、吉田みどりアナウンサーが息を切らせてデスク周りに戻ってまいりまして、「2時からOnちゃん紙芝居の読みがありますので、がんばります!」と、またまた会場へと元気に走り去って行きました。

ご来場のお客様の熱意にあてられて、
アナウンサーをはじめ、HTB職員一同燃えております。
ありがとうございます。
ありがとうございます。

入場は無料。
お閑な奥様、お嬢様、お坊ちゃん、お譲ちゃんいらっしゃい。
本日は4時までやってます。

ということでね、
HTBの黄色いマスコット「Onちゃん」も、もう10歳。
よく生き残ってこれたものであります!
ありがとうみなさん!
ありがとう安田顕!

Onちゃんバースデー「ありが10on祭」は、
明日も同様に11時から夕方4時まで開催でございます!
入場は無料!飲食は有料!
射的、輪投げと縁日ゲームも無料!
Onちゃんアニメも上映します!
Onちゃん紙芝居も、HTBアナウンサーが総出で皆様の御機嫌を伺いますでございますよ~!

わたしゃ、地味に仕事です。
じゃ、奥さん、また来週!


【数日前の日記です】
さてと。
12月1日(土)2日(日)にHTB社屋前の駐車場でやります、
Onの祭りがね、
ずいぶん楽しげなものになるみたいですのでね、お近くにお住まいの皆さんにはね、是非大勢さんでおいでいただきたいと思いましたのでね、お知らせしておきますよ。

いや、なんかしばらく前に店長がね、
12月1日、2日に、Onちゃん10周年を記念して駐車場でイベントやりますって言ってましたからね、フリマみたいなものでもやるのかと思ってましたら、けっこうな規模の小祭でね、縁日もやるんだそうですよ。

もちろん入場は無料でね、入り口で縁日券を配りますからね、それあれば、輪投げ、射的、ヨーヨー釣り、いろいろ遊べて景品もゲットできて空クジ無しだそうですよ。

店長、
「これから景品の買出しに行かなきゃならないんです」
なーんつって今日の夕方、忙しそうにしてましたけど、
どことなく楽しげでしたよ。
豪華景品もあり、半端物もありなんだそうですよ。

飲食カーも数台登場しましてね、特製カレーとかね、いろいろ美味しそうなものが食べられそうでありますよ。

もちろん飲食だけは有料ですので(他はみんな無料なのよ)お財布も忘れないでね奥さん。

HTBの女子アナも総出演でね、館内で物語の読み聞かせをしたりするそうです。つまり朗読ですよね。
アナウンサーの生声でお話聞くのって、きっと楽しいと思いますよ。アナウンサーも視聴者のみなさんと直に会えるということでね、みんなかなりな意気込みだそうですのでね、宜しくお願いいたしますね。

祭り好きの店長が、HTB全体を巻き込んで、どうやら、かなり充実したOnの感謝祭にする意気込みですのでね、土日に、まだ遠出の予定とか入っていないお家はね、ぜひ、ちゃんと厚着してね、ご家族連れで遊びに来てくださいな。

なんかね、楽しそうですよ。

Onちゃん10周年感謝祭!

「ありが10on祭(ありがとうおんまつり)」

12月1日(土)2日(日)の両日。
両日とも11時から16時まで。

場所は、南平岸のHTB社屋前の駐車場と館内玄関ホールまわりで開催いたします。

じゃ、また明日。






(12:28 嬉野)

まずはお知らせ。

来年制作を予定しているドラマの詳細、まずはその第一弾を「ウラ」に書きました。ご覧下さい。

さて12月3日月曜日。藤村めにござります。

長いこと風邪で倒れておりました。2年ぶりぐらいですね、床に伏せたのは。おかげでずいぶんと本を読みました。

村上龍先生の「半島を出よ」上下巻、重松清先生の「いとしのヒナゴン」上下巻、「カシオペアの丘で」上下巻、「カシオペア」なんつうのは、ガンに冒された40男のお話でございまして、横になって読んでおりますと、ますますおれ病状が悪化するんじゃないかと逆効果的な読書でありました。

録りだめてあったドラマも見ましたね。「医龍2」。おもしろいですね。実におもしろい。ただ、こちらもますます病状悪化に拍車をかけるような医療問題に鋭く、文字通りメスを入れまくりのドラマでありまして、多少頭がくらくらとしておりました。

そうそう、本といえばあれです、土曜日に発売された「onちゃんの本」。

これは、いいですよ。前半部分のね、子供だましのページはまぁ置いといて、後半部分にある嬉野先生が書いた「巷のonさん」というページ、これは、なんというか、胸に刺さるものがあります。

「どうでしょう本」に掲載されていた「今日のonさん」というコーナー、覚えていらっしゃいますでしょうか。「onちゃんはひとり、赤ちょうちんで飲むのが好きだ」みたいな、「onちゃん」という一人称で語られる安田顕の半生。その、ちょっと哀愁漂うコーナーを、安田顕ではなくフツーの「ちまたの人」に置き換えて、彼ら、彼女らの半生を聞いた、一種のインタビュー集であります。

これが、いいんです。フツーの人々の言葉が胸に刺さるのであります。

いいものを書きました、嬉野先生。

さて我々、今週またこちらを留守にいたします。

いよいよドラマ作りが本格始動しております。

ではみなさん、どうぞ風邪にはお気をつけて。今年の風邪は長引きますぞ。

(19:03 藤村)

2007年12月10日(月)

嬉野です。
先週は、ほぼベッタリ出張でした。

奥さんね。
来年のドラマ。
藤村先生もウラに書いてますけど、
きっと面白いものになると思いますよ。

これまで「水曜どうでしょう」という番組を続けてきた、その成果の一端がこれで見えるかもしれない。

いや、何が成果で、なにがその一端なのかは分からんけど(笑)。
それに、思いは人それぞれだからね、きっと、

「どうでしょうは、どうでしょうだけやってて欲しいよ」

と思う人もいるでしょうしね。

でもね、ぼくらも人間だから、同じ場所に立ってばかりはいられない。やりたいことをね、やれる時が来たらやる。
今はね、その時期が来たような気がするんですよ奥さん。
12年目にして初めて。

「歓喜の歌」は、おかあさんコーラスのお話でもあるのでね、
ぼくらも去年の夏に、たくさんのコーラスチームのおかあさん方に会いました。

コーラスというものをね、間近で聞くのも初めてのことでした。

取材に行った先のおかあさんがたは、どなたもね、
自分たちの歌なんかまだまだなんですよ、
みたいなことを仰るのです。

ですがね、
これが、感動するんです。

ソプラノ寄りの声で歌われる合唱の歌声を聞いているうちに、
それを聞くぼくらの胸は激しく感動するのです。
不思議なものですね、人の声というものはね。

それにね、おかあさん方は、実によく働かれてるんです。
ヒマでコーラスをやっておられる方は一人もおられませんでした。
そのことにもぼくらは驚かされ、感心させられました。

おかあさん方はね、奥さん、
忙しい家事の合間を押し開けて、
週に一度、コーラスの練習に集まっておられるんです。

ぼくらが、ここでね。
昔から奥さん奥さんって言っているでしょう。
あれはね、昔から、主婦のみなさんに敬意を表していたからです。

主婦のみなさんは、毎日御主人に食べさせて、
子供がいれば、子供たちに食べさせて。

ぼくらはね、そもそも生き物ですから、
食べられるということこそが、何よりの幸福のはずなのです。

その食べさせるというね、役割を一身に担っているのが奥さんなのだと、ぼくなどは単純に考えるのです。

だから、奥さんたちは、
とても大切な人々なのだと思うのです。

栄養のバランスを考えて、
健康に好い物を心がけて、
少しでも安い場所に駆けつけて、
美味しい料理を作ってくれる。

仕事なんか、ちょっとくらい上手く行かなくても好いんです。
家に帰れば、美味しいご飯が待っている。
それを食べてね、明日からもう一度頑張ってみる。

ぼくら人間の目的はね、生きること。
そうでしょう奥さん。
それ以外に何があるのよ。
そして、生きることは、食べること。
ねぇ、奥さん。そうでしょう。

共働きなのに、それでも家事は奥さんがというお宅もあるでしょう。不公平よと、思われている奥さん方も多いでしょう。

まぁ、それぞれのお宅の御事情はね、それぞれになんですが。

でも、人生は食べる事だと思えばね。
家族に食わせる立場にいる主婦が一番頼りになると、
ぼくは思うのです。

ぼくらが、来年放送を目指してつくるドラマはね、
生きることは食べる事という、人生の目的をつかさどる、主婦という立場の人々が、織り成すドラマでもあるのです。

笑って泣かせて三倍楽しめます!
みたいな。
そんな懐かしくも嬉しい喜劇になると思うのです。

そういう上質のものを、
きっと藤村先生は作ってくれるだろうと、
ぼくは、思っているのです。

ドラマを見終わった後にね、
生きてて好かった、人生大変だけど、やっぱり愛しいじゃないかと、きっと思える。
そんな喜劇を作ってくれるだろうと、ぼくは思っています。

そのために、ぼくと四宮さん以下、HTBスタッフ一同、
これからもろもろの準備に邁進する手筈です。

どうぞ、お楽しみに。

ぼくらが作るもの全てが、大きな意味では「どうでしょう」なのだと、思っていただければと思います。

そうして、この困難な時代を、いつまでも、
一緒に生き抜いてまいりましょう。

それが、一生どうでしょうすることだと、
不肖嬉野、愚考するのでございます。

さてさて、藤村先生は、本日より「DVD第10弾編集」に特化していただかねばなりませんゆえ、年内、日記に登場される機会はないかもしれませんが、御了承ください。

ではまた明日。

解散!



(18:15 嬉野)

2007年12月11日(火)

嬉野です。

そういえば、この頃、世間で耳にしなくなった言葉に、
「守銭奴」「金の亡者」というのがありますな。

昔はよく殺し文句みたくして使ったもんですが、
この頃は、まったく使わない(笑)。
考えてみると不思議です(笑)。

まぁ確かに使っても意味がないかというか、使いどころがありすぎて使う必要を感じないというのかね、よくわかりませんが。
なんにしても特殊な人を指す表現じゃなくなったってことなんでしょうな、いまや。

あと、これに加えて、近年まったく使わない言葉に、「恥知らず」というのがありますな。

「恥知らず」。

使いませんなぁ、これも。
使ったらなんか自分に帰って来そうな気もしますしね(笑)。

このようにですねぇ、かつてよく使っていた言葉で、いつの間にか、近年、使わなくなってしまった言葉というのが、案外と、今の時代を牛耳っている性質を言い表しているのではと考えるのは早計でしょうか。

つまり、今の時代で、一番はばをきかせている性質は、
「金の亡者」で「恥知らず」ということになる。

そう思うとなんか可笑しい(笑)。

「なーんだ。そーか」と、ちょとだけ気持ちにゆとりが出る。

なんつって思ってるのは、オレだけかな?(笑)


本日の藤村先生情報!
先生は、スケジュールを一日巻いて編集作業に邁進されております。ご安心ください。

それでは、みなさま。
明日も元気に、この場所にお集まりくださいませ。

解散!




(16:24 嬉野)

2007年12月12日(水)

さあさあ、本日もやっぱり嬉野です。

えぇ今回、来年のドラマ制作のための取材で、ある方の紹介を受け、札幌と小樽とにある五つのコーラスチームのもとに足を運び練習風景を見学しました。今年の夏の日のことです。

ぼくらとしては、コーラスの歌声に親しむのも初めてのこことですから、その歌声を間近に聴くことも当然初めてのことでした。

長くコーラスに親しむ事の無かった者にはそれだけの理由があるわけで、つまりは、ただただ長くその魅力に気づく気がなかったの一事に尽きるわけです。

そんな人間が、練習場に響く女性コーラスの歌声に包まれて、いきなり感動を覚えました。

いきなり「感動しました」という言葉を発しては、あまりにも直接的で実も蓋も無く。
安易に受け取られるだけなのかもしれませんが、いまだ、それ以外に言葉は見つからず、ただただ、あっけないほど単純に胸を打たれたわけなのです。

顰蹙を覚悟で、大げさに時代掛った言い方をすれば、世間を舐めて我が物顔で生きてきた恥知らずな金貸しが、乙女の妙なる歌声に自らを恥じ入り改心したようなことだったのだろうと思います。

素朴な、人の声の持つ力というものを、ぼくらは久しく忘れていたのではないだろうかと、素直に思わされた瞬間でした。

合唱の歌声とその歌われる歌詞を噛み締めながら、自分自身が、身の丈に合った本来の自分を取り戻して行くようで、肩の荷が降りるような、ほっとして気持ちが洗われるような、なんだかそれは、長い長い寄り道をしていた中学生が、不意に我が家に帰り着いたような経験だったのです。

ふと気づけば、自分は懐かしい父母の家の前に立ち、辺りは既に日も薄く暮れなずみ。
久しぶりに見る我が家の窓には、暖かな明かりが灯り、台所の窓からは好い匂いがする。
玄関ドアを開け、「ただいま」と声をあげると、廊下の奥から母親と父親が待ちかねたように笑顔で迎えに出てくれる。

「どうした。ずいぶん遅かったじゃないか。さぁお上がり。ご飯が出来ているよ」。

時々ぼくは思います。
ほんとうにぼくらは、長い長い寄り道をしているのかもしれないと。
何がぼくら人間にとって幸せなのか。
そんなこと、本当は、もうみんな、分かっていることではないのか。

先週の東京出張の時、藤村先生と六本木で映画を見ました。
「続・三丁目の夕日」です。
それこそ笑って泣いて最後の最後まで楽しんだのですが。あの映画は、時代設定こそ昭和34年ですが、けして昔を懐かしむ映画ではないなと思いました。

だって、あの頃が手放しで好かったと言える時代なわけではけしてなく。
あの時代に、より好い時代をと望んで、ぼくらは今に至っているわけなのですから。

ただ少し、寄り道をしてしまっている。
それだけの事なのかもしれないと思うのです。

VFXが作り出す、映画の中の素朴な街並みの東京で、
鈴木オートの家族も、茶川さんの家族も夕日を見ながら明日を思います。

彼らがその視線の先に見た明るい未来を、やがてぼくらが作る。

そんな気にさせるのが、あの映画の魅力だったと勝手にぼくは思っています。
そうしてそれは、主婦のみなさんの合唱の歌声にも通じるような。
そんな気が、なんだかするのです。

さて、本日も藤村先生は、風邪も治って元気にDVDの編集作業に邁進中!
御心配なく。

そうそう。
「ヨーロッパ20ヵ国完全制覇の旅」が、お馴染み、インプレスTVで配信中です。
御覧になってみっかなとお思いの諸兄はどうぞ覗きに行ってみてください。

それでは、本日はこれまで。
また明日、お会いしましょうね。

解散。



(18:31 嬉野)

2007年12月14日(金)

本日もやっぱり嬉野です。

寂しさっていうのは、どこからくるんだろうって、
数日前の夜、ふと思ったんです。
我が家の居間でね。

ふと思う。
これはもう持病でね。
なんだか、どうでも好いようなことを、不意にうだうだ考えるんです。
「なんだなんだ」が、なんとなく始まっちゃうんですわ。

あの晩は、会社から戻るとうちの奥さんはもう寝てしまっていたんです。
そんに遅い時間でもなかったんですがね。

ぼくは、冷蔵庫からビールを出して、
一人、暗い居間に座って飲んでおりました。
居間の明かりはつけず、廊下の明かりをつけたままにして。
暗い居間には廊下の明かりがもれていました。

今、ぼくは、うちの奥さんと二人暮しでね。

昔は、もう一匹、犬がいたんだけど。
年を取って、死んでしましまいした。

うちの奥さんは旅好きの主婦でね。
雪が融けるとバイクに乗って旅に出る。
そして、そのまま一ヶ月くらい帰って来ない。
その間、旦那は一人暮らしで、亀や小鳥の世話をしてる(笑)。

ぼくは、あの人が旅に出て不在でも、寂しくなんかはないんです。
その間、この家で、一人で生活していても寂しくなんかはないんです。

でも、もしね。
あぁ、自分は、もう一人きりなんだって思って、
あの部屋に一人で暮らし始めたら、そしたら急に孤独を感じて、
たまらなく寂しいだろうなと不意に思ったんです。
薄暗い居間に座って、明かりに照らされた廊下を眺めながらね。

現実には、奥さんは、ぼくの直ぐ側で寝ているわけなんだけど、
寝室で寝ているから、見えないといえば見えない。
でも、見えなくても、そこに居るんだとぼくは信じている。
信じているから、奥さんのことはとくに考えない。
だから、もちろん、自分はひとりだとは思わない、
だから、どうしたって寂しいなんて思わない。

そうしてなんだか他のことを考えてる。
そう「寂しさ」について考えてる(笑)。
そのことに熱中してる。

いるといない。
いろんな意味で、どういう違いがぼくの頭の中で生じて、
ぼくは寂しさを感じたり感じなかったりするのだろうって、
ちょと考えたんだけど、まぁ、なんだかよくわからないままだった。

うちの犬が死んだ時。
奥さんは、毎日泣き通しでした。
多分、ぼくが死んでもあんなに泣きはしないだろうと思うくらいね。
それくらい泣いてました。
なにしろ結婚する前から飼っていた犬だったし、
あの人が実家を出て、一人暮らしを始めて、いろいろあって。
寂しい時に側でずっとあの人を慰めてくれていた犬だったから、
あの人にとっては特別だった。

あれは、ちょうど「どうでしょう祭」の年でね。
ぼくは、祭り前の準備でわりと忙しかったのかもしれない。
八月の終わりの頃でした。

このまま家にいると、いなくなった犬のことが思い出されるばかりで、
あの人の身が持たない。
だからと思ってぼくは奥さんを旅に出しました。

うちの奥さんは、旅に出る時は、いつも一人だったから。
旅先で一人でいることを彼女は孤独とは思わない。
そして、旅先に犬の姿は無くてあたり前の風景だったから。
だから、いないからといっても、旅先で犬の姿を探し、
いなくなってしまった犬を思い出し、その不在に泣く事もない。

そうね。
いないことに孤独を感じて、寂しさに泣く時、
ぼくらは、きっと思い出しているね。なくなったものを。

寂しいのは、あえて、思い出すからなのかもしれない。

思い出すということは、そこに無いものを求めるということ。
無いものを求めるということは、二度と修復不可能な欠落を強く見つめてしまうということにつながってしまう。

その行為が、ぼくらを寂しい孤独の底に追い落とすのかもしれない。

そうね。
多分そうなんだね。

強く思い出すから、不在がますます際立つ。だから寂しいんだね。
思い出すことばかりをするから、強くその不在を感じ続けてしまうんだね。

だったら、思い出すことなく、何かに熱中できていれば、
そう心掛ければ、寂しさも、和らぐのかもしれない。
それは、ひとつの対処法としてね。
乗り越えるための対処法としてなら有効なのかもしれない。
まぁ、思いつきです(笑)。

泣くという行為があるでしょう。
あれはね。
必ずしも悲しいから泣きたくなるのではないということを、
年配者のぼくは知っています。
悲しくなくたって、人は泣くんです。

ただまぁ、泣いているうちに悲しくはなるけれど。

泣くという行為。
あれは、ぼくら人に与えられた表現なのだと思います。
ぼくはね、ぼくは、そう思うんです。

うちの番組でね、もう5年も前のことだけど、
ベトナムをカブで縦断したことがあったけど、
あの時、ゴールのホーチミン市のホテルに到着して、
藤やんも大泉洋も、
好い年をした大人が、堪えきれずに泣いていました。

あれは悲しいから泣いていたんじゃないと、今ぼくは確信を持って思います。
あの時、あのふたりの胸の中から、なんだか訳のわからないものが堰を切って一時に溢れ出てきたはずなのよ。だから溢れ出た涙が止められなかった。

だからあの時、
なんで今、こんなに涙が出るのか。
その訳が一番分からず当惑していたのは、大泣きしていた当の本人だったとぼくは思う。

そんな時の涙はね、
堪えようとしても堪え切れるものではないのよ。

でも、その行為に、外から見守るぼくらも共感して、また泣いてしまうんです。
かれらの涙の真の意味は分からないままに。

そういうふうにね、
他人の境遇に強く共感することが、
ぼくら人には出来るということです。それが人の持つ能力というものです。

それは、けしてあの二人だけのことではなくて、
ぼくや、みんなの話です。

泣きたい時は、人それぞれにある。

人は、なぜ泣くのか。
それは多分。
胸の中に降り積もる想いの全てが、必ずしも伝達可能なものばかりではないから。
言葉や文章で伝達するには、それらはあまりにも複雑にすぎるから。
だからぼくらの胸の中には、行き場を無くした複雑な感情が、後から後から、幾つも幾つも山のように降り積もっていくのです。

心が弱っている時、
人は、訳も分からず涙が出ることがあります。

それは、その人の胸の中に、複雑な情緒が積もり、
いっぱいいっぱいになっている証拠です。
だから、ほんの些細な衝動に突き動かされても溢れてしまう。
だけど、その時の涙。それは表現だから、
人が持つ、何者かに与えられた表現行為なのだから、
そんな時は素直に、ただ泣けば好い。
そうして、胸の奥にたまった複雑なものを、どんどん表に出せば好い。

「泣いたら、少し、気持ちがスッキリした」

そんな言葉が出るのは、そうしたことが胸の中であったからだと思います。

人間は複雑なのですよ。
ぼくらは、そんな伝達不可能なほど複雑なものを抱えながら、
生きているのだと思います。

だから、どうしたって、辛い想いをするのですよね。

だから、他人には、出来る範囲で優しくしてあげるのが一番です。
だって、私だって優しくしていただきたいわけですから。
誰だってそうなのです。
傷ついたり、困り果てたり、疲れきったりした時にはね。

そんな時に、誰かが優しく手を差し伸べてくれるんだったら、
また立ち上がれる。
そしてまた、安心して生きていけるわけですからね。

どうしたって処理できない想いという複雑なものを抱えて、
人は生きていかねばならないんですよ。
けど、その複雑な想いを処理する能力を人は持っている。
それが泣くという行為。
そして人は、泣いている他人の境遇に共感する能力も持っている。

泣いて、泣いて。
そして誰かが、そのことに共感さえしてくれれば、
不思議に人は、複雑で苦しい想いをその時、処理できる。

それが、この地球で生きて行くための掛け替えのない術として、
きっと太古の昔、誰かが人に与えてくれた力なのではないかなぁと、
ぼくは、思うわけです。

いや、もちろんたんなる思いつきです(笑)。
与太話のたぐいです。どうぞ、お笑いください。
そしてお聞き流しを。

それでは、みなさん本日は金曜日。
また来週この場所で、お会いいたしましょう、ね。

解散。

そうそう、札幌の町は、もう雪景色ですよ。


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(17:57 嬉野)

2007年12月17日(月)

おや。
本日もやっぱ、オレかい?

もうあんたはいいよって言われそうだけどね。
しかたが、ないじゃないのよ(笑)。

札幌は雪ですが。
気温がわりあい高めなのか、
雪質がなんだか重いですね。

DVD編集は、藤村先生が熱心にやってます。
風邪も引かず、元気そうです。

子供たちは、もうすぐ冬休み。
お正月も近い。

うちの奥さん、
年が明けたら旅に出るそうです(笑)。

年が明けたらって思うとね、
ずいぶん先のことのように思うけど、
もう再来週のことなんだよね、
本当はさ。

なんとか無事に帰ってきますように。
いや、マジで。

じゃ、また明日。

嬉野でしたー!



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(17:09 嬉野)

2007年12月19日(水)

えぇ、嬉野です。

さっき、掲示板をパトロールしておりましたら、こんなご相談がありました。

「彼が仕事でミスをして、もの凄く凹んでいます。どうしたら彼を力づけられるでしょうか?やっぱりそっとしとくべきなんでしょうか?男心がわからんです」。

まったくです。
わたしも分からんですよ。

そういう時、
いったいどうすりゃ好いんでしょうな。

好きな彼だから、元気付けてあげたいのに、
言葉が届かないということがありますよ。

でもね、それはもう仕方がない。
だって、その時のあなたと彼では、
きっと見えている風景が違うから。

公園で男の子が泣いているとするでしょう。
転んでしまってね、どこかが痛いわけでもなさそうです。
だって、公園の隅の、ブランコに乗ってね、
大きくブランコをゆするわけでもなく、
ひっそりと、そこに座ってすすり泣いているから。

もう日もずいぶんと回ってね、
西に傾き始めた斜めの光が町にはさして、
その公園だけ取り残されたように静かでね、
そこに男の子がブランコに座って泣いている。

あなたは、気になるからその子の側に寄って行ってね。
言葉を掛ける。

「ぼく。どうしたの?」

その時、その子が、あなたを振り向いて、泣いてる理由を言ってくれればね、
きっとあなたは、その子を慰めてあげる事が出来る。

「家に帰ったけど、カギが掛ってて開かないの」
「そう。じゃぁお姉さんが、お母さんが帰ってくるまで遊んであげるよ」

でも、その子が、あなたの問いかけに何も答えてくれないのなら。
きっと、その子は、誰にも助けてなんかもらえないと思っているのだろうね。

その子の見ている風景が、今のあなたに見えない以上、
あなたの声は、その子には届かない。
その子だって、自分が見せられている風景を、
どう言葉にして告げればいいのか分からなければ、
手を差し伸べられたって、答えることは出来ない。

でも、なんとかして、その人の力になりたい。
その思いは尊いよね。
でも、どうすれば好いんだろう。

残念ながら、その答えは自分で探すしかない。

その人の気持ちを考えて、
少しでもその人の気持ちに立って、
考えるしかない。

それでも、的外れなことを言って、彼を怒らせるかもしれない。
「うるさいよ」と言われるかもしれない。
そのことで傷つくかも知れない。

自分も昔、公園のブランコに乗って、泣いていた経験があれば、
その時の心細さを振り返って、
その子の気持ちのほんの少しでも理解してあげる事が出来るかもしれない。

見えている風景が違う時。
言葉は、その人には届かない。
それは難しいとか、易しいとかではなく。

その人の凹んでいる事情が分かっていたってね、
その事情が、その人にどんな風景を見せているかなんて分からない。
いくら考えたって、
その人に何と言ってあげていいかなんて分からない。
でも、励ましたい。

だったら一緒にいつまでも悩むしかないね。
その人がもう一度元気になるまで、
心配するしかない。

辛抱強く、その人のことを心配しながら元気になるまで待つしかない。
いろんなおせっかいなことをしながら、
その人に疎まれながら、真剣に心配してあげ続けるしかない。

男心なんか分からない、なんて言って、
あきらめないで。

きっと、その彼も立ち上がろうと頑張っているはずだから。

仕事のミスで凹んでいるなら、そう遠くない将来、必ず元気になりますよ。

世の中には、言葉を掛けたくらいでは、
そして時間が少しばかり経過するくらいでは、
とうてい回復しない悩みもあるはずです。

そんな人には、掛けてあげる言葉なんか思いつかない。
それでも、なんとか力づけてあげたいと思う。

そういうものですよね。

いかん。
また偉そうなことを言ってる。

でも、人が見ている風景は、間違いなくそれぞれに違うんですよ。
とくに凹んだ時に見ている風景は、
その人にしか分からない。

だから、そばにいてあげるだけで、
すでに充分なような気がします。

藤村先生、本日もDVD編集中!

そう言えば、藤村先生の母上様から、おミカンをいただきました。
私信ながら、この場をかりまして御礼申し上げます。
おかあさん、ありがとうございます。

息子さんは、本日も業務に邁進されておりますよ。
ご安心くださいませ。

じゃ、解散

そうそう、私は明日から四宮Pと出張です。
藤村先生に余力がなければ、今週はこの日記で、
おしまいかな?




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(16:26 嬉野)

12月20日木曜日!

お久しぶりの藤村でございます。

そうかそうか、う先生と四宮Pは今日から出張か。さっき日記を読んで知ったばかり。それほど編集室にこもりきり。

そうかそうかおれひとりか。じゃじゃじゃじゃじゃぁ、書くか。

DVD第10弾の編集に日夜邁進中。現在「東京ウォーカー」最終夜のスーパー付けをしておるところ。明日には東京ウォーカーがすべて完成し、続いて「マレーシア・ジャングル探検」に着手。年明け1月中には、こちらも完成させるというスケジュールであります。

「東京ウォーカー」。

ロケは98年の2月。もう10年前ですな。10年前の東京を4人でただ歩いております。

編集しながら、「これは人生そのものだな」と思いましたですね。

ただ歩く。一応、目的地はあります。お台場やら六本木やら浅草やら。しかし、目的地まで行ったところで、なにがあるわけでもない。なにをするわけでもない。

出発する前はいろいろ言ってましたよ。「お台場で芸能人を見たい」「浅草で落語を聴きたい」。

しかし、結局そういうことはせずに、ただひたすら歩く。歩いて歩いて、歩いた挙句、けっきょく最後の目的地はお茶を濁して帰った。

それで終わり。

でも10年経った今、あの旅を思い出すとき、「無駄だった」とは思わない。「楽しかったな」と思う。「良い旅だった」と心から思う。

目的は何も達成していないのに。ラクだったわけでもないのに。遊んだわけでもないのに。


雨の多摩川堰堤で大泉洋がこう言います。

「こればっかりは、目的を再確認しちゃいけない」

雨の五反田駅前でミスターが言います。

「ひとりで考える時間があり過ぎる。いけないけない。勢いで行こう。考えちゃいけない」


目的を持つことは生きる上で重要であります。いい学校に入る、いい会社に就職する、いい人と結婚する、あれを買いたい、あそこへ行きたい。その目的のために悶々とし、うまくいかないと人生終わったような気持ちになる。


「こればっかりは、目的を再確認しちゃいけない」

「ひとりで考える時間があり過ぎる。いけないけない。勢いで行こう。考えちゃいけない」


こういうことは、人生においても重要だと思うのであります。

目的は達成していないけれど、その道中で、グチを言いながら、わき道にそれながら、たまに美味いものを食い、良い景色を眺め、雨に打たれて、夜またゴネる。

でも振り返ると、それを「無駄だった」とは決して思わない。「良い旅だった」と思う。

結局、あの旅の「目的」というのは、「どこへ行くか」ではなく、「歩くことそのもの」であったような気がします。

どこへ行くか、ではなく、目的は歩くことそのもの。


人生の目的、生きる目的なんていうのも、案外、つらいつらいと言いながら暮らし、グチをこぼし、たまに美味いものを食い、良い景色を眺め、夜飲みながらゴネる、「そのこと自体が目的」なんじゃないかと思ったりもするのであります。

ささ、多少の人生訓をたれましたよ。

明日も編集であります。

がんばってまいりましょう。


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(19:58 藤村)

2007年12月26日(水)

さても皆様方、ご健勝でござりましょうか。
本日のお仕事も順調でござりましたでしょうか!
久しく御無沙汰をしておりました、
城代家老の嬉野でござる。

本日、登城の太鼓を打ち鳴らしまして、
ここにお集まりいただきましたのは他でもござりませぬ。

ただ今、普請奉行の藤村某(なにがし)が、
一人、お蔵にこもりまして、
日夜、こつこつと切った貼ったをしておりますところの、
DVD第10弾、

「東京ウォーカー」
「マレーシアジャングル探検」

の二本立て。

これが、めでたく年も明けたる、
2008年は、1月15日(火)より、
ローソン屋敷のロッピーさん!
および、HTBグッズ取扱店さんで、
やっとこ予約開始の運びとなり申す!

今回も、おまけは、
特製オリジナルポストカード10枚入り!

2003年、年明けより始まりましたる、
水曜どうでしょうDVDシリーズも、
ようよう、まる5年が経過したことにあい成り申す。

まる5年かけて。
まる5年かけて、ようやく番組の、
1年半分をDVD化し終えました。

残すところ、あと4年半分!

いったい、いつの日に、
シリーズは完成するのござろうか。
皆様方も我等も、共に年を取るばかりでござる。

しかれども、いつまでたっても、
映像の中の大鈴両人は、老けることなく、
この後も、あの頃の年頃のままでござるよ。

いづれにしても、皆様方と我等。
もう長い長いお付き合いとなり申したなぁ。

日頃のご愛顧に感謝でござる。

さぁさぁ!どうぞ、我こそはと思われます方々は、
見事ローソン屋敷へ討ち入られませぇー!

どんどんどん!

ということでね奥さん。

藤村先生の編集は、まだ終わっちゃいませんですし、
予約日を迎えましても、まだ終わっていないでしょうが、
すでに列車は走り出してしまったわけでございます。

はたして、藤やんの編集は締め切りに間に合うのでしょうか!
マジで社を上げて不安の日々でござります!

それでは本日はこれまで。

解散!



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(18:54 嬉野)

2007年12月27日(木)

さて。
ほどなく2007年も暮れますね、みなさん。

去り行く年を見送り、また来る年を迎えて、
私ももう48年になります。

そんなあたり前の繰り返しを、あたり前のようにね、
伴に見送り、伴に迎えてきた人たちも、幾人かは鬼籍に入り、
それでも年は行き、年は来たり。

なんかそんなことを思うと切ないですがね。

そんでもね、こういう年齢になると、
そういうことも多くなるから、
そういう風にも思いがちになるのよ、お若い人よ。
あまり年配者をお笑いなさるな。いずれ誰もが通る道。

ほんでも、あぁ、なんだろう。
この時期になると考える。

年の瀬にはやはり、そうとは気づかず、
ぼくらはやはり、何かを静かに見送っているよね。
終わっていく何かを。

それはやっぱり死んでいった者を見送るのに
似ているのじゃないだろうか。
そうして、過ぎ去ってしまう何かに、
しかたがないと決別をして、
また新しく生まれ来る年を晴れやかに
迎え入れているんじゃなかろうか、とね。

誰が考えたんだろう一年って。
誰が考えたんだろう新しい年を迎えるって。
一年ごとに区切りをつけて、
年の瀬が近づくたびに、今年はこんな年だったなって考えて、
来年はどんな年になるだろうって考えて、

目に見える季節の変化の少ない南の国にだって、
南極の昭和基地にだって、人が住む以上、
そこにはやっぱり一年がある。

だから年の瀬があり、新年がくる。

でも、時間なんて、ぼくらがイメージしなければ、
本来どこにもありはしないものだから、

「あぁ、今年も終わるなぁ」なんて言葉は所詮イメージの世界の話だよ。

でも、一年が終わり、また新しい年が来るって思えるから、
ぼくらは抱えてきたものを清算できる、

一年がなければ、きっと無限の中で途方に暮れる。
そんな気がします。

年の瀬に、なんの理由もなく、
借金いっさい棒引きにしてもらってるから、
また来年、一から、新規まき直しできるって、
なんだか、勝手にイメージできているような気がするのですよ。

だから、ぼくらは、腐らずに生きていける。
そうじゃなかろうか。

さてさて、年末年始の地味企画として、
お正月休みの間中、当ホームページのお寺の四季4年分をね、
過去に遡って、同ポジで、一挙に見れるという、
ほとんど意味のない趣向をご用意いたしましたので、
お閑な時には是非どうぞ。クリック!クリック!

あ、パソコンだけの趣向なので、携帯からは見れませんのよ。

ではみなさま、今年もまことにありがとうございました。
また来るべき2008年も変わらずお付き合いのほどをお願いいたします。
いつの間にか、皆さん方とは、もうもう、長い長いお付き合いになりました。

さりとて、皆さん方に、
何をしてさしあげられるわけでもございませんが、
どうぞご健勝で、とにかく生きていってくださいませ(笑)。

人生の目的は多分生きることですと、いつか日記に書きました。
だから食べることがいちばん大事なことになる。

人生で大事なことは、それですよ。

だから、あなたのためにご飯を作ってくれる人がいるのなら、
多分その人がいちばん偉い(笑)。
自分で作っているのなら、勿論あなたがいちばん偉い(笑)。

それでは、嬉野の日記は、今年はこれにて終了!
また来年。お会いいたしましょう。

どうぞ好いお年をお迎えくださいませ。


【お知らせ】

<年末年始の正面玄関ホール>
12月29日(土)~08年1月3日(木)まで閉鎖でございます。
08年1月4日(金)~通常どおりとなりまする。

【宣伝】
DVD第10弾、
「東京ウォーカー」
「マレーシアジャングル探検」の二本立て。
2008年は、1月15日(火)より、
ローソン屋敷のロッピーさん!
および、HTBグッズ取扱店さんで、
やっとこ予約開始の運びとなり申す!

特製オリジナルポストカード10枚入り!

どうぞ!我こそはと思われます方々は、
見事ローソン屋敷へ討ち入られませぇー!

どんどんどん!


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(18:05 嬉野)

12月28日金曜日。藤村でございます。

2007年の、今日が仕事納めでございます。

今日は昼から会議室にこもり、四宮、嬉野両プロデューサーとともにドラマの脚本打ち合わせをしておりました。

立川志の輔さんの落語「歓喜の歌」を原作としたドラマ。

来年の前半は、この制作に全力を投入することとなります。

その前に、次回DVD第10弾「東京ウォーカー/マレーシア・ジャングル探検」の完成でありますな。


98年の年明けから春にかけて作られたこの2作品。

「マレーシア」からは放送時間も11時台に格上げとなり、どうでしょうはいよいよ初期段階を抜け、中期へと入っていった、そんな時期であります。

実際、編集していても安心できると言いますか、作業がはかどるんです。迷うところがない。単純におもしろいんです。

「単純におもしろい」

これが一番ですな。余計なことをぐだぐだ考えるなと。


今年、どうでしょうの新作は作りませんでした。

「なぜ?」と言われて、特にはっきりとした理由はありません。

「大泉さんも忙しいでしょうから」とよく言われますが、忙しくてもこちらが言えばスケジュールを空けて待っててくれますから、これも理由ではありません。

4人が4人とも、

「まぁ、そのうち・・・」ぐらいの気持ちのまま、「気がつけば今年が終わった」というのが本当のところでありましょう。

つまり「なんも考えてない」。

「おい!やる気ねぇのか!」と言われれば、4人が4人とも「バカ言うな!」と怒るでありましょう。

やる気はあります。ただ、なんも考えてない。


4人で、東京をカメラひとつ持って、ただ歩いて、それを番組にした時から10年。

マレーシアのジャングルで、テレビの存在を忘れて本気でトラの恐怖におびえたあの夜から10年。

10年です。その間にいろんな経験をしました。


これからも「単純におもしろい」ものを作るために、私は「常に初陣」でありたいと思っています。

そのために我々は、「あえて!な~んも考えていないのだ」ということを、強く主張しておきたい。


我々は、ゆっくりゆっくりと、どうでしょうの道を、歩んでおります。


みなさん、今年もありがとう。

来年も、大きな笑い声が聞こえる日が多いといいですな。


じゃ、2007年!水曜どうでしょう、解散!



【お知らせ】

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12月29日(土)~08年1月3日(木)まで閉鎖でございます。
08年1月4日(金)~通常どおりとなりまする。

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(19:19 藤村)

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