今日までお待たせしてしまった視聴者のみなさんへ

藤村忠寿 | 2002. 7/25(THU) 00:13

2002年7月12日、我々は、「ひとつの旅」を終えました。

 この旅は、我々にとって、「重要な意味を持つ旅」となりました。

「水曜どうでしょう」は、この旅をもって、番組に一度、「ピリオドを打つ」ことに致し
ました。

番組開始から、6年もの長い間、本当に、ありがとうございました。
 
ただ、誤解しないで頂きたいのは、

これをもって、「水曜どうでしょう」に幕を下ろすわけではありません。   

 逆に、「ひとつの決断」をしたのです。
    
我々、どうでしょう班4人は、「一生どうでしょうします!」

そういう決断をしたのです。

全員がジジイになって、誰かが死ぬまで、「水曜どうでしょう」を続けていこう、と決意したのです。

そのために、今、「ひとつのピリオド」を打たせてください。

少しだけ、休ませてください。

そして、今後は、我々のわがままではありますが、一生続けられるようなペースで、「水曜どうでしょう」を作っていけたら、と思っています。

具体的には、現在のような、週一回という放送スタイルではなく、盆と正月くらいの「寅さんペース」かな、と考えています。

いづれにしても、現在は、最後の旅を終えたばかりで、「いつ、もう一度、みなさんとお会いできるのか」、ハッキリとしたことはわかりません。

でも、必ず、また4人で、旅に出たいと思っています。

 ・・・以上が、先だって行われた「記者発表」の席上、読み上げた正式発表です。

「どうでしょう」に、一度、ピリオドを打つ。

考えはじめたのは、もう1年以上前でしょうか。

そう、思うに至ったのは、先にあげた「一生続けていくための手段」として。

そして、さらに「大きな2つの要因」が、あります。

そのひとつは、ビデオ・DVDでの「永久保存版・どうでしょう全集」の完成。

「どうでしょう」という番組を、我々の納得のいく「完全なる形」で、残したい。

そのための時間が、必要になったのです。

我々は、二人でロケの準備をし、二人で編集をしています。

「番組をやりながら、ビデオを作る」ことはできません。

どちらも、片手間ではできないんです。

どこかで、「番組をやめて、ビデオを作る」という決断が必要です。

「もうそろそろじゃないか」、そういう気持ちになったのが、1年ほど前だったということです。

「ビデオ制作は、他の人に任せられないのか?」

できません。

ビデオは、放送された素材を、そのまま使うのではなく、イチから全て作り直すつもりです。

「ビデオを作ることより、どうでしょうを続けてもらうことの方が、重要だ」
「番組あっての、ビデオ販売じゃないか」

そういう疑問は、当然、社内からも出ていました。

しかしながら、私と嬉野君の中で、先にあげた「完全なる形で残したい」という欲求が、ゆるぎない強固なものになりました。

「どうでしょうビデオ・DVD全集」を作ります!作らせてください。

そして、もうひとつの要因。

「水曜どうでしょう」以外で、みなさんを楽しませることは、できないだろうか?

そういう欲求です。

2年前、半年間の休業期間中に、「四国R−14」というドラマを作りました。

作り終えて、いろんな反省がありました。正直、みなさんを「満足させる」には、ほど遠いものだったと、感じています。

だからこそ「もっと!」という欲求が、強く残っています。

ミスターは、「映画」という、とてつもなく大きなフィールドに、足を踏み入れました。

これは、すごいことです。

「よーし!おれらだってやりますよう!ミスター」

そう心の中でつぶやくと、なんだか、とてもうれしく、楽しい気分になりました。

今、「やってみたいこと」。

それは、「テレビ」「映像」の世界ではありません。

「芝居」です。

大泉さんはじめ、チームナックスのみなさんに感化された、と言ってもいいかもしれません。

自分に染み付いた「どうでしょう味」を駆使して、「映像」以外の手段で、お客様に楽しんでいただく。

大いに「笑って」いただく。

そう「笑って」・・・だから、あの、「芝居」という言い方は、ちょっと違うな。

えーと「喜劇!」・・・とも違うな。

まぁ「お笑いコント」・・・これが一番近い・・・かな。

やってみたいですなぁ。

思えば、私は、6年間の「どうでしょう」の中で、鈴井貴之という「異才」と出会い、大泉洋という「天才」と出会い、そして、嬉野雅道という「一生の伴侶」に出会ったような気がします。

以前、嬉野君が、ボソッとこんなことを言いました。

「ぼくはね、藤村くん。キミにいろんなことを話し掛けるのが、ぼくの一生の仕事だと思ってるんだよ。」

言われた時は、「なに言ってんだ?このひと・・・」そう思っていました。

でも、少し経って、その言葉の重みに気づいた時に、涙が出ました。

彼は、ぼくが忙しそうに編集してる時に、決まっていろんな話をしてきます。

半分うわの空で聞きながらも、「なるほど」と思ったり、「いや、それは違うな」と反論してみたり。でも、そうすることで、確実に、ぼくの思考は、固まることなく、少しづつではあるけれど、動き続けることができているんだろうと思います。

「それが、ぼくの一生の仕事だ」

そんなことを言ってくれる人間に出会えた幸福。

私は、嬉野くんとの「共同作業」に、「強い可能性」を確信しています。

彼となら、今後も「なにかを生み出して」いけるような気がします。

今回の決断を、大泉さんに言ったのは、半年ほど前のことだったでしょうか。

「どうでしょうを、一度、やめようと思う。」

大泉さんは、なんとなく予想していたように、

「そうですか。」

そう言って、少し考えたあと、

「藤村さんたちも・・・他にやりたいこともあるでしょうしね・・・寂しいですけどね」

 そんなことを言いました。

寂しいことなど、ひとつもない。

これからも、ぼくらは、大泉さんと一緒に、いろんなことをやりたいと思っている。

「そうですか。それなら、やっぱりドラマがいいですね。ぼくが、カッコよく見えるやつ。もしくは、泣かせるやつ。」

「そうか・・・おれは、次回ドラマやるんなら、怪獣モノにしようと思ってるんだけど」

「怪獣モノ?なに言ってんのあんた。おれ、そんなもんには出ないよ。どーせ、おれが食われるんだろ。それ見てあんた、ゲラっゲラっ笑うんだろ」

「違いますよ。大泉さんは、怪獣ですよ」

「顔出ないじゃないのよ!」

「主役ですよ」

「うるさいよ」

今後も、いつまでも、「ぼくらは、ぼくら」なのです。

DVDには「特典」として、「出演陣」「D陣」による、副音声の解説付!

ビデオ第1弾として発売され、あっという間に完売してしまった「サイコロ1」のDVD版は、すでに「藤村・嬉野両ディレクターの副音声」を収録した試作品が、完成しています。

まぁ、「解説」と言ったって、我々が、DVDを見ながら、思い出話やら、編集の裏話やらを、とつとつとしゃべり続けるという、それほどたいした特典ではありませんが、画面上では、あんまりしゃべらない嬉野君の、味のあるお話が聞けて、それはそれでおもしろいんじゃないでしょうか。

今後は、「大泉・嬉野組の副音声」「鈴井・藤村組の副音声」など、いろんな副音声コンビが登場予定。

「放送」以外でも、みなさんに「どうでしょう」を楽しんでいただけるように、全力をあげます。

9月から制作体勢に入ります。発売時期など、未定ですが、たとえば、「毎月1タイトルづつ出して欲しい」とか「半年ごとに、まとめて出してほしい」「価格は、いくらぐらいが適当か」「パッケージは」「DVDの特典映像には、こんなものを入れてほしい」などなど、みなさんのご希望を、遠慮なく掲示板に投稿してください。

我々の当分の仕事は、これに全力を尽くすことになります。

さて、ということで、以上が、藤村くんからの皆さんに対するメッセージです。

そういうことになるんです。これからね。
今までやれなかったいろんなことに手を染めながら、
ぼくらは、一生、どうでしょうすることになるんですよ。きっとね。
だから、できればね、一人でも多くの人にこれからも付き合ってもらいたいんです。

本当の最終回を迎える日までね。

               








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