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この日も仕事帰り、夕食の介助(かいじょ)のために、夫の入院する病院に寄りました。
スプーンなどが入ったかごの中に、バターロールが1個あるのを見つけ、
「食べ残したの? 私が食べてもいい?」と、夫に断って食べ始めました。
すると夫は、小さな、か細い、でも私にハッキリ聞こえる声で
「残しておいたんだ」と言いました。
え、私のために、と、本当にびっくりしました。
夫は、若年性の進行性核上性麻痺(しんこうせい・かくじょうせい・まひ)
という病気で入院して、1年になります。
私は仕事と子育てをしながら、毎日、夫の病院に通っています。
年明けから、だんだん調子を落とした夫は、食べられる量が少なくなりました。
食欲が出るかと思い、病院に頼んで、入院前と同じ、朝はパン食にしてもらいました。
うれしいことに、先月ぐらいから調子を取り戻し、会話もいくらかできるようになり、
食べられるようになってきた直後のできごとでした。
その数日前、やはりパンが1個ありました。
袋にマジックで「あとでたべる」と看護師さんの字で書いてあったのですが、
もうすぐ夕食が出るので、夫に断り、私が食べました。
夫はきっと、それを見て、私はいつもおなかがすいていると考え、
朝食に2個出るパンのうちの1個を、取っておいてくれたのでしょう。
夫の気持ちがうれしくて素直に「ありがとう」と口にしました。
涙が出そうになるのをこらえ、満面の笑みで。
この夏、私たちきょうだいは、ユニークなお祝いをしてもらいました。
まもなく卒寿を迎える母の提案で、還暦を過ぎての七五三を祝ってもらったのです。
母89歳、私67歳、弟65歳、妹63歳。
母が言うには、自分が元気でいられるのは、子どもたちが近くにいて、
たくさんのパワーや楽しみ、喜びを与えてくれるからこそ。
お祝いは、母の喜びと感謝の気持ち、といいます。
母の家に集まり、私たち3人の記念撮影をして、
それから、和服を着ておしゃれをした母と、私たちの家族みんなで、
スナップ写真に納まりました。
今回撮った写真と、60年前のセピア色になった七五三の写真を見て、
私たち以上に母の思いは深いものがあったでしょう。
ひととき思い出話になりました。
母のおかげで私たちは、すてきな思い出となるプレゼントをもらうことができました。
この後、みんなで食事。
そして私たちからの感謝のお返しは、母の大好きなマージャン大会。
まだまだ子供や孫たちには負けないからすごい。
次のイベントは、お母さんの、卒寿のお祝いです。
一族みんなで楽しみながら計画を立て、喜んでもらえる会にしたく思っています。
天国のお父さんも是非参加してね。
お願い、お母さん。あなたを悲しませたくありません。
私たちよりお先に、お父さんの所へどうぞ。
おかあさん、ありがとう。
私の母は85歳。私と夫と3人暮らし。冬になって、少し認知症が進んだ気がする。
そんなある日のことだった。
「母さん、足湯だよ」。
私はいつものように、ちょっと熱めの湯をバケツにたっぷり入れて、
甘い香りのバラのせっけんも用意して、母をいすに座らせる。
細くなった足を両手で持って湯に浸し、ふわふわの泡で、
ふくらはぎから足の裏、指先へとゆっくりマッサージしていく。
上がり湯に取り換え、全てが終わるまでおよそ30分間、私はにわかエステティシャンになる。
足元から伝わる湯の温かさで母のほっぺはピンク色。
母は「ああ、なんて気持ちがいいんだろう。ありがとう、足まで洗ってもらってね」と
夢心地の様子だ。
見上げると、母は涙を拭っている。そして、私の肩に手を置いてこう言った、
「優しいお父さん、お母さんに育てられたんだね」
複雑な思いが込み上げてきた。
うつむいた私の目から大粒の涙があふれ、湯の中にポタポタと落ちて消えた。
冷え込んだ日などに幾度となく繰り返した足湯。
きょうの足湯も母はきっと明日には忘れるだろう。
それでも今、この一瞬をうれしいと思ってくれるだけで私は最高に幸せだ。
母さんありがとう。
私を育ててくれた優しい母親は、あなたですよ。
バケツのお湯を捨てながら、心の中でつぶやいた。