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めぐみ横丁

2015年01月14日(水)

 

ご覧のブログ・めぐみ横丁で、去年2月からスタートした、 
「もらったお題=漢字1字」をテーマに
ゆる~く、断続的に、コラムを10回執筆する企画。

第8弾のお題を頂戴しに、報道フロアへ。


10.jpg坂本さん。お題をじっくりと考え中。


坂本さんは、イチオシ!ニュースの編集長です。
毎日お届けしているコーナー「今そこにある詐欺」の礎をつくりました。 

さて。 お題は、こちら。


20.jpg 一画一画、ゆっくり、力強く。


*           *           * 


「真」


  自宅のリビングにある本棚の前で、整然と並ぶ本の背表紙を眺める。
久々に手に取った。左手で本の重量感をたしかめ、ページをめくる。
音楽のピアニッシモからフォルテッシモに変化するかのごとく、
物語はじわりじわりとに盛り上がりを見せていき、
ページの進むスピードがどんどんあがっていく。 
何度読んでも、良いものは良い。
文章が、情景が、ずっしりと体の中に沁みて渡ってくる。  


  司馬遼太郎の歴史小説『燃えよ剣』である。
幕末に、京都の治安を守るため発足した新選組の
副長・土方歳三を描いた物語だ。 
30代半ばで生涯を閉じるまで、荒々しくも気高く生きた土方歳三は、 
長髪で涼しげな目をした人物として人気があり、
度々映像化され、あまたのイケメン俳優が演じている。 
『燃えよ剣』には、伏線で、恋い焦がれた女性・おゆきとの
恋物語も描かれていて、そのパートのセリフが頭に入っているくらい
何度も音読し、脳内で妄想を繰り返した。自分でも呆れるほどだ。 


  土方歳三への憧憬はとどまるところを知らない。 

これまで、書籍を読んで史実をたしかめ、
足跡を辿ろうと、京都や函館などあらゆる場所を旅してきた。 
現場に何度も行き、その蓄積によって、
土方歳三が生きた証、すなわち真実という名の実像が描けると思ったからだ。
それぞれの地に立つと、不思議と力が漲る。


  ある年の5月、彼の故郷である、東京・日野市に赴いた。
万願寺駅で下車し、一軒家が立ち並ぶ住宅街を歩くと、
風にたなびく「誠」の旗の向こうに、土方歳三資料館が見えてきた。
周囲の景観に溶け込むかのようにひっそりと佇んでいて、
10畳ほどの部屋には、自筆の手紙や、
稽古の時に用いられたとされる木刀などおよそ70点が、
ガラスケースの中に守られるようにして展示されている。

この資料館、オープンしているのは、月に2日間。12時~16時の4時間のみ。
 
ただでさえも開館日が限られているのに、
5月の命日に合わせて、数日間だけしか人目に触れない代物がある。
愛刀・和泉守兼定。土方が所有していた刃渡りおよそ70センチの刀である。 

『燃えよ剣』には、和泉守兼定について次のように記述されている。  
『実用一点ばりの鉄で、鞘は蠟色の黒漆。』
『刃文に転々と小豆粒ほどの小乱れがあり、
 地金が瞳を吸い込むように青く、間サメ肌がはげしく粟だっている。』

つまるところ、手にすることができる者が限られる大変貴重な品だったらしい。 
私が日野市に行ったのは、ちょうど愛刀の展示日であった。
嗚呼、何たるすばらしきタイミング・・・!


  資料館の入口では、歳三の胸像が威厳と風格を漂わせている。
深く深呼吸をし、門をくぐると、すぐ真正面に
10人ほど人がしゃがんで一点を集中しているのが見えた。

靴を脱ぎ、急ぐ気を静めながらゆっくりと歩を進める。
そこには、和泉守兼定が、鞘から抜かれた状態で、銀色に輝いていた。
ほぉぉぉ。心の中でため息が漏れる。  
瞳孔がこれ以上開かないのではと思うほどじっと見入っている人もいる。 
私も負けじと、ガラスケースが息で白く曇るくらい顔を近づけて、
様々な角度からじっと眺めた。百聞は一見に如かず。
これがかの和泉守兼定か。何たる存在感。 重厚感。その息遣い。
幾年もの時を経てこの場所に置かれた刀の柄の部分は、
何度も握ったためだろうか、少し毛羽立ち、黒っぽい色をしている。
およそ30分間、刀の前から離れることができなかった。
歴史という過去の産物が、急に立体的なものとして迫ってくる気がした。
土方歳三という人物が、これまでよりもくっきりと、確実に、真に迫ってきて、
時代は違えど、同じ日本の世を生きた生身のひとりの人間であると感じた。 


  『燃えよ剣』には、新選組が大切にしていたものとして、
「気組み」という言葉が何度も繰り返し登場する。
辞書『広辞苑』に、気組みとは、
「物事を実行しようとする際のこころのかまえ方。いきごみ。気合。」
と明記されている。
明日生きるか死ぬか分からない状況の中で、気高く生き抜き、
30代半ばの生涯を全うした、土方歳三。
どんな想いで生きていたのであろうか。頭の中で想像するだけで、身震いする。 

その気組みを、とりわけ大切にしていたであろう
土方歳三の最期の地とされている、函館の一本木関門には、
今も、鮮やかな花が手向けられている。
それぞれの心の中で、真の土方歳三が、今も生きていることを物語っている。

30.jpg

会社PCのマウスパッドは「和泉守兼定」


 
*           *           *  


お題をくれた坂本さん。
"詐欺の「詐」...いや、直接的すぎるか..." などと
10分以上悩み抜いて、真実の「真」をしたためてくれました。
真剣にお題に向き合ってくれて、本当にありがとうございました!


さて。次は、誰にお題を頂戴しに行こうかしら。

てくてくてくてく......  (続く)