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―2014年放送―

2014年9月2日放送
2011年1月9日掲載  「足湯」  山内ひとみ(当時60歳・主婦)=芦別市

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私の母は85歳。私と夫と3人暮らし。冬になって、少し認知症が進んだ気がする。
そんなある日のことだった。
 「母さん、足湯だよ」。
私はいつものように、ちょっと熱めの湯をバケツにたっぷり入れて、
甘い香りのバラのせっけんも用意して、母をいすに座らせる。
 細くなった足を両手で持って湯に浸し、ふわふわの泡で、
ふくらはぎから足の裏、指先へとゆっくりマッサージしていく。
上がり湯に取り換え、全てが終わるまでおよそ30分間、私はにわかエステティシャンになる。
 足元から伝わる湯の温かさで母のほっぺはピンク色。
母は「ああ、なんて気持ちがいいんだろう。ありがとう、足まで洗ってもらってね」と
夢心地の様子だ。
 見上げると、母は涙を拭っている。そして、私の肩に手を置いてこう言った、
「優しいお父さん、お母さんに育てられたんだね」

複雑な思いが込み上げてきた。
うつむいた私の目から大粒の涙があふれ、湯の中にポタポタと落ちて消えた。
 冷え込んだ日などに幾度となく繰り返した足湯。
きょうの足湯も母はきっと明日には忘れるだろう。
それでも今、この一瞬をうれしいと思ってくれるだけで私は最高に幸せだ。
 母さんありがとう。
私を育ててくれた優しい母親は、あなたですよ。
 バケツのお湯を捨てながら、心の中でつぶやいた。