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―2014年放送―

2014年10月14日
2011/11/16 「かっぽう着 」 中田菊枝(81歳・無職)=札幌市白石区

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買い物を終え、スーパーから出て来た駐車場で、
私を待つかのように立ち止まっている人に気付いた。
70歳にもなろうかと思うほどの男性である。その顔に見覚えはない。

 歩き去ろうとした時、その男性から声をかけられた。
「着物はいいですね。懐かしくて。
私の母親がね、いつも着物を着ていたものだから、つい思い出してね」

 私はとっさに気の利いた言葉を返せず、
「ああ、かっぽう着ですか」と自分の普段着に目を落とした。

「いやー、かっぽう着ばかりでなく、今こうして着物を着る人はいないものね」
そして再び「母親がいつも着物を着ていたものだから」。
私は、「そうですか。昔のお母さんは、そうでしたよね」と答えた。
 短い時間だったけれどゆったりと交わした言葉だった。
「いやー、何ということもないのに、すみませんでしたね」
「いいえ、こちらこそありがとうございました。お気を付けて」と別れた。

せめて家までの道すがらは、お母さんと2人連れでありますように。
立ち去るその背中に、お母さんを恋い慕う老齢の男心を垣間見る思いがした。

 そうか。私を待っていたのではなく、はるかなお母さんに会っていたのだ。
私の普段着姿が、あの人の亡きお母さんをしのぶきっかけとなったのなら、
明日も身に付けるかっぽう着は、洗いざらしのきれいな物でありたいと思った。
ふと気が付くと、私もまた、遠い母と2人連れの家路であった。 〆