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―2014年放送―

2014年11月4日
「時計」 長谷川美由紀(掲載当時48歳・教員)=深川市

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「長い間、電池が切れていたようですね」。時計店の店主の言葉に、私は思わず苦笑いをした。

 この時計を父に買ってもらったのは、もう30年以上も前だ。
色とりどりの文字盤の時計が並ぶ中で、
17歳の私には似つかわしくない、秒針のない黒の文字盤の時計を手に取った。
恐る恐る見た値段に胸がドキンとして、すぐケースに戻した。
しかし、また黒の時計に手が伸びては小さなため息をつく私に、父が言った。
「好きなものを選んでいいんだよ」。
母のちょっとびっくりした顔と、父の笑顔に伴われて、時計は私の腕に収まった。

 高校生活の2年間、汽車通学のお供をしてくれたその後、
秒針が必要な職業に就いてからは、特別な日に着ける「よそゆきの時計」として活躍した。
家が火事に見舞われた時も、その日が特別な日だったおかげで奇跡的に手元に残った。

大事にしたいと思っていたけれど、子育てしながら働く私に、特別な日はそう多くはない。
気がつけば引き出しの中で時を止めていることも多くなった。
 ある日、止まっている時計を見て、急に悲しくなった。
「約束する、大事にする」。17歳の私の声が聞こえたような気がしたからだ。
父との約束を守っていない自分が情けなかった。

電池を入れ替え動きだした時計は息を吹き返したように見えた。
この時計と一緒に仕事しよう。時計として働いてもらおう。
今の私に黒の時計はよく似合う。〆