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―2017年放送―

2017年09月05日
2016/06/04 (土)掲載 「父とのデート」 広部美絵子(ひろべ・みえこ 52歳・主婦)=小樽市

2016/06/04 (土)掲載 「父とのデート」 広部美絵子(ひろべ・みえこ 52歳・主婦)=小樽市

時計台の裏に小さな喫茶店があった。
もう30年も前のことだ。

私は札幌駅前の銀行に勤めて2年目。
父が定年退職後、第2の職場に移り、近所のこの店を見つけたらしい。

当時私は、毎朝早い列車で小樽から通勤し、帰りも遅かった。
日曜は、母と料理やショッピングを楽しんだが、
父と出掛ける機会はなかった。

そんなある日、父とその店で待ち合わせをしたのだ。

前の夜、父は晩酌しながら、いつになく冗舌だった。
私に「ネクタイはどれがいい」と聞いた。
私は、親子なのに何でわざわざ外でコーヒーなんか、、、と気乗りせず、
ネクタイなど、どうでもよかった。

父は約束の時間より早く来ていた。
取って置きのネクタイと、パリッとした背広姿で。

口数少ない父との会話は途切れがちで、私は土曜の午後をつぶされて仏頂面。
それでも父はうれしそうだった。

私はつくづく駄目娘だった。
男親の寂しさも、若い上司の下で働く父の胸中も想像できなかった。
3年後、私は結婚で家を離れ、父はその十数年後に交通事故で亡くなった。
あの喫茶店も今はない。

先日、十三回忌で写真に話しかけた。
お父さん、ごめんなさい。
でも、たった一度のお父さんとのデートを、娘は一生忘れません。〆