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―2017年放送―

2017年09月12日
2016/11/25 (金)掲載 「糸」 鎌田洋子(かまだ・ようこ 64歳・主婦)=札幌市南区

2016/11/25 (金)掲載 「糸」 鎌田洋子(かまだ・ようこ 64歳・主婦)=札幌市南区

小春日和の日差しを手元に浴びながら、長じゅばんの袖を直していた。
裏返しにすると縫い目が2本あり、以前にも直した跡があった。

母が直してくれていたのだなあと思いながら、その少し上を縫い直す。
元の縫い目と、母が直した縫い目と、私が縫った新しい縫い目が平行に並んだ。

それを何げなく眺めていて、思わず息をのんでしまった。
3本ともまったく同じ糸だったのだ。

巻いてある糸を手に取ると、長い間、箱の中に入れたままの絹糸だった。
母もこの糸で縫ったのだ。

私は、たくさんの似たような色の中からこの糸を選び、
母と同じ所を縫っている。
手を動かしながら、36年前に母が亡くなった時のことを考えていた。

あの日、当時住んでいた群馬から、
幼い子ども2人を連れて札幌の病院に駆け付けた私に、母はこうつぶやいた。

「私、分かったわ。あなたは私の娘だ。そう思えば、それでいいんだよね」
それが、最期の言葉だった。

養女だった私は、母とは血のつながりが無かった。
そのことで、母はいつも自信がなかった。
ささいな出来事で、電話で泣かれることが一番つらかった。

もう少し長生きしてくれたなら、
こんな明るい日差しの中で母に裁縫を教わっていたかもしれない。

切れてしまった糸をまた結び直したようで、なぜだか涙が止まらない。〆