「潔く責任を認めてほしい」観光船事故 優さんの父の願い 運航会社社長、起訴内容に「法律家に判断を」
2025年11月12日 18:59 掲載
真相が語られることがなく3年半の月日が過ぎた12日
依田アナウンサー)
「後部座席から桂田被告が降りてきました。事故から3年半が経って、ようやく初公判が始まります」。
ようやく始まった運航会社社長、桂田精一被告の初公判。
「観光船「KAZU I」が海面に引き揚げられようとしています。今、操舵室の部分が水から顔を出しました」。
あの日、なぜ出航したのか。そして、全容解明を願う乗客の家族たちは
優さんの父親)
「やっと始まったよと報告して、写真の中では生きてるでしょうから」
桂田精一被告)
「この度はお騒がせしまして大変申し訳ございませんでした」。
業務上過失致死の罪で起訴された運航会社社長の桂田被告。
12日、ようやく裁判が始まり一体何を語るのか。中継を交え緊急特集でお伝えします。
優さんの父親)
「悲しい気持ちは 全然変わらない 喪失感は逆に募る一方 普通にいた息子が、いなくなった喪失感」。
2度と悲惨な事故を起こしてほしくない。「なによりも 息子のためにも」と 父親は裁判に参加することを決めました。
誰にでも優しい性格だったという乗客の1人・優さん。あの日優さんは週末の休みを利用し千葉県から旅行で知床を訪れていました。
優さんは知床の大自然を楽しもうと観光船「KAZU I」に乗船しましたが沈没事故に巻き込まれ翌日、知床先端付近で発見されました。
優さんの父親)
「4月の 北海道なんて寒くて 海なんてとてつもなく冷たい あれだけ荒れた海で 冷たい中に入って恐怖と…(涙に声つまらせ)死ぬ間際まで無念だったと思いますよ」。
事故が起きた日は父親の誕生日でもありました。
優さんの母)
「『お父さんの趣味になるように 僕いろいろ考えて ドローンを用意したんだよ』(と言っていた)。主人は誕生日の お祝いメッセージも 息子の直筆メッセージも見られない状態でいるんです」。
「優の方が苦しいのかなと思ったら、生き続けないといけない。全てが明らかになって 終わるまで 死んじゃいけない。ただそれだけです」。
優さんの両親は「潔く責任を認めてほしい」相手がいます。
桂田精一社長)
(Q:桂田さん!桂田さん!家族に説明しないんですか?)「しますよ!」。
業務上過失致死の罪で起訴された運航会社「知床遊覧船」の社長 桂田精一被告(62)。事故後の会見以降、公の場で被害者家族への説明や謝罪はありません。
桂田被告は運航管理者と安全統括管理者でありながら悪天候が予想される中船長に運航の中止を指示しなかったことにより船を沈没させ乗客乗員を死亡させた罪に問われています。
あの日、なぜ出航したのか。事故4日後の会見で桂田被告はこう説明していました。
桂田精一被告)
「(斜里町)ウトロでは風と波も強くなかったので海が荒れるようであれば引き返す条件付き運航であること豊田船長と打ち合わせ、当時の出航を決定しました」。
しかし当時、斜里町には強風・波浪注意報が発表されていました。こうした中での出航を誰が判断したのかについてはー
桂田精一被告)
(Q:行けるかいけないかの判断は豊田船長に任せていた?)「基本的に船の、どの会社も最終的には船長判断です」。
沈没に至る過程について国の運輸安全委員会は最終報告書で船前方のハッチのふたがしっかりと閉まらず海水が入り込んだことが原因と指摘しています。また運輸安全委員会は桂田被告について船に関する知識がないにも関わらず「KAZU I」の運航管理者と安全統括管理者に就いていたと指摘しています。
桂田精一被告)
(Q:先ほどから船長に押し付けているんじゃないか?)「責任を押し付けているということではなくて頼りすぎていたということ」。
事故から3年半以上が経ち、ようやく始まった初公判。
依田アナウンサー)
「後部座席から桂田被告が降りてきました。陸上にいた桂田被告の責任が問われる異例の裁判となります」。
傍聴に来た人)
「本当のことが聞きたい。真実を話してほしいと思っている」。
傍聴に来た人)
「長引いたがきょうからスタートということでぜひ聞いてみたいな」。
「赤の他人でさえも本当に心苦しく思うので被害にあわれた方とかご家族の気持ちを考えると本当に痛みます」。
午前10時すぎからの裁判では真相究明を望む乗客家族も参加しました。桂田被告は起訴内容について間違いがないか裁判長に問われると
桂田精一被告)
「当日の朝、カズワンの出航に関して船長から荒れる前に引き返すと言われそれなら大丈夫だろうと思い出航しました。しかし事故は起きました。私にはこの内容が法律に反するか分かりませんので、法律家に判断していただきます。経営者として事故を防げなかったことをお詫び申し上げます。私ができることは誠実に説明することです」。
裁判の最大の争点は桂田被告が事故を予測できたかという予見可能性の有無です。
検察側は冒頭陳述で「強風注意報や波浪注意報が発表され船が沈没する恐れがあったことを予見できた」と主張。一方で弁護側は「船の沈没は甲板部のハッチのふたが開いてしまう機能不全で生じたもので機能不全がなければ当時の気象の状況でも航行を継続できた」などとして無罪を主張しました。
裁判に参加した優さんの父親からは
優さんの父親)
(Q:桂田被告に対する思いは変わった?)
「今までと同じです。業務上過失致死罪の(最大の懲役)5年、執行猶予なしですよ、当然。5年くらい潔く入って来いと思ってます」。
午後4時半ごろに終了した12日の裁判。真相究明を願う家族の闘いはまだ始まったばかりです。
優さんの父親)
「(息子は)自分の命が奪われその裁きを受けてる人間を「本当に潔く、潔く責任を認めてくれ」と願っていると思います」。



























