【覆面レスラー×老舗旅館】元プロレスラーが挑む障害者の「居場所」づくり 北海道三笠市
2026年10月21日 19:00 掲載
北海道三笠市で老舗旅館を引き継ぎ、ユニークな取り組みを進める男性がいます。“三足のわらじ”で目指すこととは?
天然水が自慢のお風呂に。野菜のうまみが溶け込んだ合鴨鍋が名物。1957年創業。三笠市の山間にたたずむ「湯の元温泉旅館」です。
杉浦一生さん
「おはようございます。」
杉浦一生さん(44)。7年前に旅館を引き継いだ4代目です。身長192cmの大きな体ですが、実は現役のプロレスラー!?
さらに、障害者の支援施設も運営しています。
「湯の元温泉旅館」の元々客室があった別館は、今、知的障害や精神疾患を抱える人たちが暮らすグループホームになっています。
旅館とグループホームを運営するのは、杉浦一生さん(44)。
杉浦一生さん
「最近は、一緒には食べないです。昔まだテーブルの隙間があった時は、一緒に食べていたが、(人が増えて)テーブルの隙間がなくなっちゃった」。
身長192cmの杉浦さん。実は異色の経歴の持ち主です。
大学を卒業後、全日本プロレスで「ブルート一生」として活躍。しかし、肩を壊し、25歳で現役を引退します。その後入社した警備会社での経験が、大きな転機となりました。
杉浦一生さん
「主に統合失調症と呼ばれる方々を説得して、病院に連れていくのが業務だったんです」。
始めは抵抗がありましたが、ある出来事をきっかけに気持ちが大きく変わりました。
杉浦一生さん
「(家の)中に入って死体を見た時に、薬の袋とかが散乱していて。後日、警察に推定死亡時刻など聞くと、僕らが入る前日の夜だったと聞いて、こうなる前に何かやれることはないのかなと」。
生きづらさを抱える人たちの“居場所”を作りたい。
2012年に、障害者のグループホームを設立。およそ7年で、東京や千葉など4カ所で運営していました。
杉浦一生さん
「今度は(障害者の)雇用を生みながら、一緒にみんなと住める場所がないのかなと探していたところ、ここが見つかったので引き継いだ」。
障害者が働ける場所も作りたいと考えていたところ、経営難で後継者を探していたこの旅館に出会い、引き継ぐことにしたのです。ここで暮らす入所者は、いま定員いっぱいの25人です。
杉浦さんがグループホームを開設したことで、近くに障害者が働けるアクセサリー作りの作業所もできました。
入所者の男性
「キャップ切ってる。」
杉浦一生さん
「すごいじゃん。」
入所者のトラブルへの対応も、杉浦さんの仕事です。
(電話で話す様子)
杉浦一生さん
「今回はどこにいるの?」
男性
「札幌市の中央区。友達のところ。」
杉浦一生さん
「友達のところにいるんだ。」
電話の相手は、数日前にグループホームを抜け出していなくなってしまった60代の男性。過去の交通事故で頭を強く打ち、記憶力や注意力に障害が残っています。
杉浦一生さん
「あした迎えに行くから札幌に。一回戻ってきて、しっかりと話し合いしてさ」。
旅館の経営とグループホームの運営。日々、目まぐるしく動く杉浦さんには、もう一つの顔があります。
「北海熊五郎~!」
サケのぬいぐるみを振り回し、リングに立つ「北海熊五郎」。道内各地で活動する北都プロレスの覆面レスラーです。圧倒的な強さで子どもからも人気ですが、正体は不明?
杉浦さんは、あくまでもマネージャーだと言い張ります。
杉浦一生さん
「(Q.疲れましたか?)はい、もう…。いや、僕は疲れてないです。マネージャーなので」。
会場で杉浦さんが売っていたのは、グループホームの入所者が手作りしたプリン。プロレスファンからも好評です。
杉浦一生さん
「ありがとうございます。ラスト1個です」。
プロレスファン
「いえーい!」
杉浦一生さん
「どんどん障害のある方たちが働ける環境があるんだということを、知ってもらえれば」。
グループホームを抜け出し、一時、行方不明になっていた男性。杉浦さんが札幌まで迎えに行き、無事、三笠に戻っていました。
杉浦一生さん
「勝手に出ていって、勝手に戻ってきてくれるならいいが、迎えに行かなきゃいけなくなるならもうやめてほしいです」。
入所者の男性
「そうですね。すみませんでした」。
三笠の山間に作った、障害がある人たちの居場所。杉浦さんが目指す未来は?
杉浦一生さん
「障害がある人たちの雇用を、たくさん生み出せる場所になればいいなというふうに思っています。今は福祉施設としてやっているが、国からお金をもらわずに彼らが普通に生きられる地域にしていきたいと、遠い未来に思い描いています」。


















